第4ー13話 能ある美女は爪を隠す

 まさに一進一退。



そんな言葉が似合う天上軍と冥府軍の精鋭不死隊による戦闘を白陸軍の本陣で静かに見ている夜叉子は着物の中に着ている薄手の鎧をまとっている。



 帯に差している扇子を取り出すとぱたぱたと仰ぎ始めた。



その様子を隣で見ている鳥人族の戦士長こと鵜乱は落ち着いた様子の夜叉子が不自然にも思えた。




「どうしたのですの? 味方は戦っていますわよ」

「知ってるよ。 虎白は私に任せるって言ったんだよ」




 喧騒と悲鳴が響く戦場をただ見ているだけという事が気に入らない鵜乱は動かないなら甲斐と魔呂の様に自身も乱戦へ向かいたいと話している。



 だが依然として表情の一つすら変えない夜叉子に対して苛立っている鵜乱は羽を広げると部下の戦士を率いて飛び立とうとしていた。



すると夜叉子が小さい声を発して呼び止めると、冷たい視線を向けているのだ。




「勝手に動くんじゃないよ」

「私は虎白に賭けてみるとは言いましたけれど、口数の少ないあなたに賭けるとは言ってませんわ」

「酷い言い方だね。 傷つくよ。 これでも口数多く話しているつもりだけど」





 何を考えているのかわからない鵜乱は淡々と話す夜叉子という女の素性をまだわかっていなかった。



 苛立っている戦士長の隣でこれもまた口数少なく顔のほとんどを隠しているお初は腰に差しているくないを今にも投げつけるのではないかという気配を出している。



緊迫した空気が続く中で夜叉子の扇子がとんっと音を立てた。



 細くて長い太ももに扇子を当て、帯に収めた寡黙な女は立ち上がると鵜乱の鷲の目を見ている。




「そろそろだね。 長らく待たせて悪かったよ鵜乱。 じゃあ虎白達の援護に加わって」




 そう言い放つ夜叉子の白い顔はなおも冷静である。



だが鵜乱には彼女は何も考えていない様にも見えていた。



当初の作戦ではこの本陣に残っている鵜乱と夜叉子とお初で迂回して冥府軍の側面を奇襲するという話であった。



 それをどうした事か夜叉子は鵜乱を虎白の援護に向かわせようとしているのだ。



不信感をあらわにした鷲の戦士は鋭い瞳をぎらつかせて口調を強めた。




「作戦すらも忘れたんですの? いい加減にしてくださいな」

「いや、覚えているよ。 その上であんたには虎白の援護に向かってほしいの。 今から五百もの鳥人が戦いに加われば戦況は有利になるよ」




 背中まである長い黒髪を風になびかせている夜叉子の言葉に鵜乱は不満げな態度を全面に見せたまま、配下の戦士を引き連れて空中へ飛び立った。



 すると夜叉子は本陣に残っている二百名あまりの白陸兵を率いてお初と共に迂回を始めたのだ。



空中でその様子を見ている鵜乱は更に不快感をあらわにしていた。




「あらそう。 新参の私は必要ないという事ですの。 いいですわよ。 乱戦の方が戦士らしく戦えますもの」




 そんな事を上空で言われているとは知らずに夜叉子は何食わぬ表情のまま、僅かな白陸兵を連れて戦場右にある巨大な森の中へと消えていった。



 森の中を静かに進んでいる夜叉子とお初以下二百名もの兵士達は物音一つ立てずに吐息すらも殺している。



 この戦いを左右する大切な奇襲は千載一遇の好機に行う事が勝利へと繋がるというわけだ。



しかし森の中を進む夜叉子は小さくため息をついた。



 するとお初が静かに近づいてくると頭巾と口布の隙間から見せる可愛らしいぱっちりとした瞳を微笑ませていた。




「傷ついたのか?」

「まあね・・・私なりに勝てる様に機会を待っていたつもりだったけどね」

「僕が言うのも説得力ないがお前は愛想が悪すぎるんだ」




 過去の惨劇から人に上手く心を開けない夜叉子は時に冷酷な女とも思われがちだ。



そんな彼女を隣で見ている忍者の瞳は、哀れんだ目をしている。



 無言のまま、側面攻撃へと移動している間にお初は悲しき黒髪の乙女との日々を思い出していた。



 これは虎白らに出会うよりも前に彼女自身がその手で、かつての夫を殺害した時のことだ。



冥府軍に属していた夫は、既にかつての優しさや正気はなく、夜叉子の美しい顔を見ても気がつかない様子であった。



 やむなく夫を殺害した夜叉子は、当時所属していたミカエル兵団の一室で我を失ったかの様に泣いていた。



自身の髪の毛を引きちぎるほどの勢いで、頭を抱えている彼女の哀れな姿を見ていた夜叉子に近づくと背中をさすっている。



「あ、あれでいい・・・殺してあげないと、彼は永遠にあのままだったから・・・」

「心中察する・・・今は安め」



 忍者であるお初には、気の利いた言葉を発することはできなかった。



しかし同情の念だけは真実であり、悲しみと世界への怒りを滲ませている彼女に寄り添い続けた。



 長い年月をかけて、立ち直った夜叉子であったが彼女は以前とは異なり、心が夫を殺した日から凍りついてしまったかの様に感情を表に出さなくなっていた。



それでもお初は「友」として側に居続けた。



 やがて鞍馬虎白という傑物と出会った彼女らは、無謀な冥府潜入での死闘を経験した。



かの激闘では数多くの生命が、あっけなくも儚く散っていった。



 犠牲の果てに天上界へと生還した者らは生きている事に喜び、歓喜していた。



しかしその安堵の笑顔の裏では、帰らぬ者となった英雄達の遺族が絶望の淵に立っていた。



 虫の王である蛾苦の妻の鈴を始めとする遺族らの悲しみは、生還した者らの雄叫びにかき消されつつあった。



 夜叉子とお初は、帰還中に追った負傷に顔を歪めていたが手当てをする事なく足早にどこかへ向かう相棒の背中を忍者は追った。



そこは広大な花畑であった。



 夜叉子の首筋から流れ出る血の匂いと、花々の香りが不自然に絡み合う花畑の中で黒髪をなびかせながら摘んでいるのは紫色の花だ。



「夜叉子、手当てをしないと。 花を摘んでいる場合ではないだろ」

「君を忘れない。 そんな花言葉があるんだよ・・・愛する者が消えてしまう痛みは、私達の傷の比じゃないよ」




 シオンと呼ばれる紫色の綺麗な花を大量に摘んだ彼女は、鈴姫を始めとする全ての治せぬ痛みに悶える者らに送った。



彼女が手当てを始めたのはその後であった。



 危うく出血多量で死ぬ所であったというのに、彼女が胸を痛めているのは遺族らに対してだった。



お初は、夜叉子の深い優しさを知っている。



 言葉を発するのはお互いに得意ではないが、いつの日か鵜乱達もわかってくれるだろう。



そう心の中で思いながら側面攻撃へと向かう夜叉子の背中をさすった。




「僕は理解しているつもりだ。 お前の優しさも強さもね」

「嬉しいね。 虎白はまだ深く知っていない私に任せたって言ってくれたんだよ。 期待に答えないとね」




 凍っているかの様に冷たく動かない夜叉子の瞳とは裏腹に言動では皆の期待に答えたいと話している。



 過去の惨劇をかき消す事はできないが、彼女は鞍馬虎白という男に期待され自身も期待していた。



新しい自分になれる様にと。



 そうお初と話しながら静かなる森を進んでいると、前方の茂みから顔を覗かせる不気味な存在がいるではないか。




「待たせたね」

「お頭、準備できていますよ。 お初様、ごきげんよう」




 次々と茂みから姿を表せて夜叉子を「お頭」と呼ぶ者達の外見はとても品の良い者とは言えなかった。



無精髭を生やす者や顔に傷がある者で溢れる荒くれ者と言った所だ。



 しかしお初は平然とかの者達の挨拶にうなずくと困惑する白陸兵を気にもせずに森を進んだ。



すると虎のアニマノイドである女が茂みから飛び出すと夜叉子の白くて綺麗な頬を何度も舐めている。




「ああ、お頭ー!!」

「待たせたねタイロン」




 虎が二足歩行で歩いているという珍しい光景に更に困惑する白陸兵であったが、彼女らこそ夜叉子が隠し持っている私兵である。



私兵とは国家に所属する兵士ではなく個人に仕える兵士の事だ。



 山賊出身の夜叉子はミカエル兵団に在籍している時から、この私兵を密かに運用しては団長の甲斐を助けてきた。



平然とした様子で虎のアニマノイドである、タイロンをなでると微かに口角を上げてみせた。




「さて、狩りの時間だね。 あんたら敵は死なない部隊とか言っているらしいよ。 本当なのか確かめてきな」




 物静かで会話が苦手な夜叉子である事は事実。



だが彼女には二面性というものがあったのだ。



会話が苦手で人に心を開けない夜叉子と、過去に心を開いた者達と共に行動する狩人である夜叉子だ。



 私兵しへいである山賊衆と合流した狩人は、森の外で戦っている不死隊の側面に狙いを定めたのだった。




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