第4ー5話 神族と征服王
城の最上階にある寝室で目を覚ますと朝日が美しく差し込めている。
天上界という壮大な世界の空気を存分に吸い込んで城下町の民を見下ろす。
建国されたばかりの白陸帝国の様子を満足げに見ている虎白は自身が起き上がった布団の中で気持ちよさそうに眠っている竹子の愛おしい寝顔を見て微笑むと一足先に部屋から出ていった。
「富国強兵ってやつだな。 民を守るためには強力な軍隊と治安維持部隊が必要だからな」
商業、農業が緩やかに動き始めた白陸には未だに正規軍がいない。
友奈とメルキータが立ち上げた宮衛党が最大兵力を有しているという状況だが、彼女らは白陸軍というわけではなかった。
城内の廊下を歩いては見張りの兵士達に挨拶をしている新たなる皇帝は正規軍の設立に着手した。
冥府軍襲来時に迎撃に出る遠征部隊と国内に残って民の安全を守る治安維持部隊が必要不可欠というわけだ。
すると廊下の向かいから楽しげに話している友奈とメルキータが歩いてきたではないか。
友奈の表情は明るさを取り戻している。
その事に安堵した様子の虎白は彼女らに朝の挨拶をすると爽やかに返した。
「朝早いねえ」
「やる事がたくさんあってな。 正規軍の編成と遠征部隊、治安維持部隊の準備があってよ」
「それは宮衛党にも同じ事言えるね?」
友奈がそうメルキータに話すと、こくこくとうなずいている。
宮衛党は虎白の管轄下ではないにせよ、同じ白陸国内に本拠地を置いている彼女らは言えば運命共同体というわけだ。
白陸帝国と虎白の崩壊は直結して宮衛党の崩壊に繋がるという事を認識している二人は皇帝陛下と共に問題の対処へと着手する事となった。
互いの兵士達を用意するためにその場で別れた虎白と友奈達は廊下を歩いていった。
やがて城の外へ出た虎白は武士の様な鎧兜やとんがり帽子など様々な外見の兵士を見ては統一感のない兵士達を見ていた。
「やっぱり軍装は統一しねえとなあ。 嬴政の秦軍だってそうだもんな」
そうこれからの事を思い浮かべている虎白が城門へと差し掛かり、衛兵達と漫談していると馬蹄の音が轟音を響かせて接近している事に気がついた。
監視塔の上からとんがり帽子が「見慣れぬ騎兵多数」と声を裏返らせながら発すると城内で漫談していた兵士達が笑顔を一変させて武器を手にした。
眉間にしわを寄せている虎白は衛兵達の静止を無視して城門を開けると、平然と騎兵の前へと歩いていった。
皇帝陛下の奇行に動揺しつつも兵士達は虎白の両脇を固めて騎兵を睨みつけている。
やがて騎兵達が虎白の前で止まると、馬上から睨み殺すほどの剣幕で見下ろしている征服王の姿があった。
「誰だお前?」
「貴様が鞍馬か?」
「ああ?」
馬上から無礼じゃねえかと心の中で言いかけた虎白は征服王を見上げている。
変わらず我の方が立場が上なのだと目で訴えている征服王は馬上から不敵な笑みを浮かべると統一感のない白陸兵を見て高笑いを始めたのだ。
征服王に付き従う騎兵達も大王に習って爆笑している。
「神族などと戯言を言うやつが国を作ったから見に来たが、これは民兵の集まりか?」
「知ってるか? 時には民兵でも精鋭部隊を倒せるって事をよ」
アレクサンドロス大王の挑発に冷静に返した虎白は征服王に負けぬほど不敵な笑みを浮かべていた。
傍らの衛兵にうなずくと、城内にある
ひゅうっと甲高い音と共に天空へ舞い上がった狼煙がゆらゆらと綿毛の様に落下しているが、征服王は変わらず見下した表情をしていた。
だがその優越感とやらも次第に聞こえてきた馬蹄の音を聞くと曇り始めた。
「まあお前が誰か知らねえが、準備はいつだってできてるさ」
愚将は精鋭を弱兵に変え良将は弱兵を精鋭に変えるのだ。
統一感のない民兵風情と揶揄されようとも準備と警戒を怠らない虎白の前ではアレクサンドロス大王の精鋭部隊であっても窮地に陥るというわけだ。
馬蹄が響く背後に視線を向けた征服王は彼らを取り囲む様に武器を構えている甲斐と配下の騎馬隊を目にしたのだ。
白い肌に黒くて長い髪の毛を風に吹かせては長槍を手に馬上で高笑いで返した甲斐は今にも大王の騎兵に食らいつきそうな雰囲気すら放っている。
してやられたと言わんばかりに表情を歪ませるアレクサンドロス大王が不敵に笑う虎白の方を見返すと城門の左右に連なる城壁の上からエンフィールド銃を構えたとんがり帽子が無数に照準を騎兵に合わせているではないか。
「民兵がなんだって!? てめえ誰だよ?」
「くっ!? やるな鞍馬とやら。 我はアレクサンドロス大王。 人々は我を征服王と呼ぶ」
「そうかよ。 今の状況でもお前は征服王でいられるか?」
そう強気に返す虎白だが、この備えは決してアレクサンドロス大王に備えていたわけではない。
メルキータのツンドラ軍でノバ派の残党が姿を暗ましていた事を警戒しての防備であったのだ。
しかし結果としてこの備えが征服王を追い込んだ形になった。
囲まれているアレクサンドロス大王は遂に馬から降りると、虎白の前にまで歩いてきた。
白陸兵は緊迫する空気の中でいつでも攻撃できるといった強張った表情で様子を伺っている。
そして至近距離で睨み合う両雄は不気味な沈黙を保った。
先に沈黙を破ったのは征服王だ。
「我はお前達の南側領土の最高責任者だ」
「ああ、昨日の宴で話していたやつってのはお前だったのか。 確かに嬴政の言う通り気が合うとは思えねえ」
「何を言おうが勝手だがお前は我の支配下にある事を忘れるな」
唾でも吐き捨てるかの様に言い放つと馬に乗って帰路へつこうとしている。
馬首を反転させて配下のアレクサンダー達を率いて進もうとしたが、立ちはだかったのは甲斐だ。
道を開ける事なく長槍を手にしたまま、馬上で凄まじい視線を向けていた。
「甲斐、いいよ。 どいてやれ」
「あたいらの事ナメてると痛い目見るよ?」
「ふっ・・・はーっはっはっは!! 威勢の良い連中ばかりで感心したぞ。 また来るぞ」
高笑いをしながら偉そうに帰っていくアレクサンドロス大王の背中を食い破りそうなほど力強い眼力で見つめる甲斐は征服王の姿が見えなくなるまで視線を浴びせ続けた。
一方で虎白はさほど興味もなかったのか、あくびをしながら愛する竹子の朝食を食べるために城へと入っていった。
これが神族と征服王の奇妙な出会いとなったのだった。
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