第4ー4話 天上界を越えて

 虎白は、誰もいない部屋で考えていた。


「いつ冥府軍が来るかもわからない......俺はそんなに竹子に寂しい思いをさせていたか......」


 思えば、竹子はいつも悲しそうな顔をしている。二人きりで、ゆっくりしたことはなかったのかもしれない。虎白は、机をぼんやりと見つめながら、独り言を呟いている。


「そうだ......たまには出かけるか」


 虎白は思い立った。同時に、虎白には行ってみたい場所もあったのだ。そこは、国主でも簡単に行ける場所ではない。アテナから許可を貰っている虎白には行ける場所だが、許可のない者が勝手に行くことが許されない場所だった。

 部屋を出た虎白は、竹子が仕事をしている地域へと馬を走らせた。



 竹子は笹子と共に、増強された白陸軍の訓練を行っていた。


「おーい竹子!」

「あら虎白? どうかしたの?」

「ちょっと付き合ってくれよ。 俺の馬の後ろに乗れ」

「ええ!? でも訓練が......」


 あまりに突然のことに、驚きを隠せずにいた。困惑している姉を見た笹子は、クスクスと笑いながら背中を軽く押した。


「構いませんよ姉上。 行ってきてくださいよ......虎白と二人きりですよお? しかも馬を二人乗りなんていいですねえ!」

「ちょ、ちょっと止めてよ恥ずかしいから!」

「何を言っているんですかあ? もしかしたら、この後もーっと恥ずかしいことをするのかもしれませんよお?」

「止めてったら! そ、そんなんじゃないから! き、きっと仕事のことよ!」


 ケラケラと笑う笹子に、押し出された。馬上から手を出している虎白に、掴まると後ろに乗った。

 体が密着している竹子は、絶えず赤面している。その表情を見て、笹子はさらに笑った。


「よし、ちゃんと掴まれよ? 少し走るぞ」

「え、う、うん」


 腕を回して虎白の胴体にしがみついている。細いが、筋肉のある肉体が直に感じられる。顔を背中につけ、馬が走るたびに上下に揺れる感触がなんとも落ち着く。着物からは、驚くほど良い香りがして、いつまでも密着していたくなる。

 馬を走らせる虎白が、時より竹子が落馬しないか心配して振り返る顔が、格好良くてならなかった。


「なあ竹子。 俺達の暮らしている天上界の外を見たことがあるか? というより聞いたことがあるか?」

「ええ、ないよお......そう言えば、冥府軍ってどこから来るのかな......」

「今日はそんなこといいんだ。 仕事じゃねえぞ?」


 色々と期待してしまう。だが、確かに天上界の外とは何があるのだろうか。

 馬を走らせること、一時間あまりが経過した。その時、竹子の視界に飛び込んできたのは、目を疑うような光景だった。


「どうだあれ」

「え、な、なにこれ......」

「天上門だ! てっぺんが見えないぐらいデカいだろ!? 今から天上門を越えて、外の世界を見に行くぞ!」


 一体誰が作ったのだろうか。竹子の視界に広がっているのは、信じられないほど巨大な門だ。一番上は、雲を突き抜けている。肉眼では、見えないほど天高くそびえ立っている。

 やがて馬は、天上門へと架かる長い橋へと入った。これもまた、橋と言っても端から端までどれほどの長さがあるのだろう。横の長さとて、同時に何万人も広がれるほどだ。

 颯爽と馬を走らせる虎白は、白髪を風になびかせ、まだ見ぬ世界を竹子に見せようとしている。


「本来は、天上門を抜けることは許されない。 言いたくねえが、この先に冥府があるんだ」

「ええ!? それって危ないよね......」

「ところが、そんなことねえんだ! もうすぐ天上門を抜けるから、見せてやるよ! 俺達が見ている天上界なんて、まだ小さい世界なんだぜ?」


 天上界とて、地球よりも遥かに大きな世界だ。しかし虎白の言うもっと広い世界とは、何を言っているのだろうか。

 やがて天上門が、真上に来ると、その異様な大きさに息を呑んだ。世界の全てを見下ろしているかのような圧迫感があり、世界の真実を全て知っているかのような神秘的な雰囲気を放っている。

 門へ入ると、景色は暗くなった。あまりの大きさに、太陽の光が差し込まないのだ。暗闇の中を数分走ると、徐々に明るくなってきた。


「もう抜けるぞ!」

「う、うん!」


 門を抜けた。一気に差し込める光が、眩しくて竹子は目をつぶっている。次第に、目が慣れてくると、視界に広がっている光景に言葉を失った。

 そこには、世界があった。緑豊かな大地、青く美しい海や川。そびえ立つ山々が、何一つ汚されることなく共存している。

 人間も半獣族も神族すらもいない、誰もいない自然という彼らだけの世界だ。


「す、凄い!」

「見ろ、争いも何もない世界だ! 平和だろ? これこそ戦争のない世界だ!」

「本当に平和だよ......誰もいないの?」

「ああ、今この世界に存在しているのは、俺とお前だけだ」


 ここは天上界と冥府を繋ぐ、何もない世界。誰がどのようにして、この世界を創ったのか、天王ゼウスですら知らないと言われている。

 天上界と冥府を自然で、引き離すことで、長年戦いは起きなかったとされている。万が一に、冥府軍が天上界侵攻を行うなら、この美しい世界を渡って来なくてはならない。


「世界は広いんだ竹子! いつか争いをなくせば、この場所ほど穏やかな世界が必ず来るんだよ! 今日だけは、この世界は俺達のものだ! ゆっくり景色を眺めてから、帰るぞ!」


 虎白の瞳は、子供のように輝いていた。竹子は、そんな純粋な目をして平和を語る虎白が愛おしくて、自分にも向けてほしいと心底思った。

 今日だけは、何も考えず二人でこの世界を満喫するのだ。

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