第4ー3話 見たくない顔
白陸本国へ帰る道中も、虎白は口数が少なかった。隣で歩いている、莉久には原因がわかっている。二柱は、特に会話をせずに帰ってきた。
やがて天上議会での話しを、将軍達にするために夕飯の時を待った。竹子が振る舞う手料理を食べるのが、皆の日課である。
食卓を囲み、夜叉子や笹子が会話をしている。やがて、席に着いた虎白は静かに食事を始めた。
「ねえどうだったの議会は?」
「あ、ああ。 まあな......」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもねえよ......今日も美味い飯を作ってくれてありがとうな竹子」
食事を終えると、足早に部屋へ戻った。明らかに様子のおかしい虎白を心配した竹子が、追いかけようとした。すると、莉久が腕を掴んで首を左右に振ったのだ。
「今晩は待て。 虎白様も色々とお考えになりたいはずだ」
「何があったのか話してよお......」
「いや、僕の口からは言えない。 すまぬ......しかしどうしたって虎白様は決断しなくてはならない。 必ずお前達にも話すから、待っているんだ」
竹子を連れていけない。理由は予言で言われたから。そんなことを竹子が素直に聞くはずもない。
太陽神アポロンの予言では、竹子と名指しされたわけではないのだ。だが、虎白にとっては、警戒するに越したことはないというわけだ。
今晩は、誰も虎白の元を訪れなかった。
そして翌朝になると、竹子は朝食の支度を済ませて虎白を待った。いつも誰よりも早く起きて、米を炊き、食材の仕込みをしている。
食事が終われば、白陸の仕事を行い、夜になれば、夕食を準備する。竹子が食事を用意しないのは、昼食のみで、昼時はそれぞれが適当に済ませている。
そこまで竹子が、皆のために献身的なのも、愛する虎白のためであり、虎白が仲間として迎えた者は竹子にとってもかけがえのない仲間というわけだ。
「おお、竹子か。 早いな」
「おはよお虎白......」
あくびをしながら畳に座り込んだ。皆が食卓を囲む長机に、頬杖をしながら何かを考えている様子だ。
竹子は向かい合って座っている。上品に正座をして、虎白が口を開くのを静かに待っている。
「あのな竹子......もし冥府軍が襲来した時は、民衆の避難に務めてくれ」
「虎白達は?」
「俺達は、戦場に行く」
「じゃあ私も......」
「ダメだ。 お前は来るな......俺の言う事を聞いてくれ頼む......」
竹子は思った。あの日、私を抱きかかえてくれた時に、虎白と離れるのが何よりも怖いって言ったのに。どうして離すのかな。みんなが戦場に行くのに、私だけ民衆と共に帰りを待つの。
「ど、どうしてよ......私は役に立たないの?」
「............」
「あの日の言葉を覚えている?」
「忘れるもんかよ」
「それでも?」
「ああ。 もう決めたことだ......お前は戦場に来るな。 笹子も残っても構わねえ。 姉妹で民衆を避難させろ」
詳しいことは何も話してくれない。竹子は、これ以上何を尋ねても、納得できる答えは返してくれないだろうと思った。
しかしどうしても、納得できないのだ。一蓮托生だと思っている竹子には、どんなことよりも、虎白に置いていかれることが怖い。
「嫌だよ......」
「ああ? 誰が民衆を守る?」
「そのために、メルキータ女帝やウランヌ将軍に......」
「いいから俺の言う事を聞け」
「じゃあもし、戦場で虎白の身に何かあったら? 私は後悔するよ......一緒にいられなかったからって」
虎白は、ツンドラからの帰り道で言った。竹子と共に逃げれば、後に死んでいく者達を見て自分達が逃げたからだと後悔すると。
今、虎白が言っている言葉は、まさにそれであり、竹子は戦場に行けなければ必ず後悔すると思ったのだ。
「予言だ」
「え?」
「予言で妹が悲しむと出た。 お前の身に何かあって笹子が泣くかもしれねえだろ......」
「予言は私って言ったの?」
「いや言ってねえ......だが、両手に武器を持つ者とも言っていた」
ここまで予言されて、虎白は竹子を連れて行こうとは思えなかった。しかし竹子は、名指しされていない以上は納得できない。
下を向いている虎白の顔を両手で掴むと、顔を上げた。
「置いていかないで......お願い......離れたくないよお......」
竹子は泣いている。虎白はこの表情が見たくないから、戦っているはずだ。しかし竹子はいつも泣いてしまうのだ。理由は、虎白に置いていかれるから。それだけはどうしても嫌なのだ。
「わかったよもう泣かないでくれって......お前の泣き顔は見たくねえよ。 なんでそんな切ない顔するんだよ」
「だって......」
「いいか竹子、戦場では俺から絶対に離れるな。 竹子の白陸第一軍は、莉久に指揮してもらおう」
強大になった白陸軍は、竹子の第一軍団から夜叉子の第三軍団まで存在している。
今回は、莉久と交代して竹子は虎白の本軍に入ることになった。泣いている竹子の頭を優しく撫でた。虎白は、覚悟を決めたようだ。姉妹共に悲しませないと。
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