第3ー18話 もう一つの戦い

 今回の一件は、世界中に知られる大事件となった。無名の小国が、超大国を倒して戦力を吸収した。東西南北の国主達は、衝撃の知らせを耳にしたのだ。

 虎白達が戦っている間も、国主から送られた偵察隊が、報告に走り続けていた。この大事件で、北側領土の勢力図は大きく変わり、スタシア王国との今後を考えなくてはならないというわけだ。

 しかし、この大事件の顛末てんまつをどこの誰よりも気にしている者がいた。


「アテナ様......」

「鞍馬はどうしている?」

「ええ、先程少数精鋭の部隊を率いて、宮殿への突入を開始しました」


 これは、南側領土の統治者である軍神アテナによる戦いだ。虎白を助けて、北へ送り出した。そして、北側領土の統治者は、アテナの腹違いの弟にして、戦争と破滅を司る武の化身アレスだ。

 聡明なアテナとは違い、アレスは短気で考えることは、とにかく苦手なのだ。しかし一度戦えば、無敵と言えるほど強い。そんなアレスの弱点は、アフロディーテという愛と美を司る女神だ。

 彼女と愛人関係にあるアレスは、アテナの招待で南側領土へと訪れていた。


「相変わらず姉上の育てるオリーブは美しいなあ。 人間共は、オイルにして料理に使うとか」

「え、ええまあね。 それよりアレス向こうへ行ってはどう? あそこに咲いている花は、私を象徴する青い花よ。 アフロディーテに見せてあげなさい」


 呑気にくつろいでいるアレスは、自分の治める北側領土が大変なことになっているとは知らない。彼は頭が悪いのだ。偵察隊なんて回りくどい部隊を、彼は持っていない。

 比べてアテナは、自分の偵察隊から随時報告を受けている。


「秦軍を率いたのに少数精鋭で突入か。 鞍馬は戦力を温存して、吸収するつもりだな。 それは後に冥府軍と戦うためということね」


 誰もが困惑した虎白の作戦を、彼女は報告だけで理解した。戦術の女神アテナは、虎白の見事な戦術を知り微笑んだ。

 同時に、呑気に花を見て愛人と戯れている弟が、怒り狂う時が近いのも察した。


「私だけでアレスを止めることはできない......鞍馬達が北側領土を出ることさえできれば、アレスも出だしはできないはず。 お父様に仲裁してもらえる」


 本来なら東西南北の統治者への領土への侵入は許されない。しかしアレスが認知していない場合、話しは別だ。そして領土外に出ての追跡は、天王ゼウスによって止められる。

 アテナはここまで計算して、頭の悪い弟を南側領土にまで連れてきていた。あとは、気づかれないように虎白らとすれ違いで、北へ帰らせるだけだ。


「おーい姉上! 見事な花ですねえ! ほれアフロディーテよお前に良く似合う」

「喜んでもらえてよかったわあ」

「そうだ姉上! 鞍馬のガキが戻ってきたと聞きますが?」

「!?」


 アテナは思った。いつも驚かせてくるわ。お父様から聞いただけでしょうが、元から知っていたような口ぶり。弟は、頭が悪いのだから、鞍馬の行動まで知っているはずがない。深く考えてしまうのは、私の悪い癖なのかも。

 賢きアテナは、自分の頭の回転を軸に物事を考えてしまう。ひょっとしてアレスは、全て知っていて復讐として南側領土を荒らしに来たのかも。そう、考えてしまうのだ。


「久しぶりにあのガキをぶちのめして泣かしてやるか! 昔はよく泣かしてやったもんだ! おーい鞍馬出てこい! 遊んでやるぞ!」


 ここはアテナの別荘だ。そんな所に虎白がいるはずもない。しかしアレスは、自分がいるからこの場に虎白もいると思っている。

 いつもアテナは、アレスのふとした言動に驚くが、二言目に安堵する。アレスは何も考えていないのだ。


「鞍馬は忙しいのよ。 それにあなたのことは嫌いに決まっているでしょう? 戦ってもあなたに勝てないのだから......」

「はーっはっはっは! その通りだ姉上! 俺は無敵で、誰もが憧れる美しい顔も持っている! 女のような鞍馬のガキじゃ俺には勝てないな! そのまま隠れていて構わんぞ鞍馬!」


 馬鹿で安心した。アテナがそう思って、小さくため息をついた。すると物陰から、アテナの偵察隊が囁いた。


「アレス様はお気づきになっていませんね?」

「静かに要件を言うんだ」

「ツンドラ帝国のノバ皇帝が、鞍馬に討ち取られました。 間もなく南へ戻ってきます」


 アテナの大仕事の時間が来たのだ。アレスを北側領土へ帰らせる時だ。決して虎白達に遭遇させず、すれ違うように帰らせる。

 北側領土へ帰れば、ツンドラ帝国がなくなっているわけだが、代わりにスタシア王国が巨大化している。そしてスタシアのアルデン王が、上手く話しをすれば大事にならない。

 アレスという戦争と破滅を司る神は、戦争を合法化しているのだ。同じ北側領土のツンドラとスタシアによる戦争なら、何も問題がないというわけだ。本来、いるはずのない虎白と秦軍さえ見つからなければ。


「さあアレス。 東側領土のアポロンにでも会ってから帰りましょう。 送っていくわよ」

「そうしますか姉上! さあ行きましょうか」


 真っ直ぐ北側領土へ送り返せば、寄り道でもして虎白達に遭遇するかもしれない。賢い虎白なら、アレス程度、口先だけで上手くやり過ごせる。だが、アレスは元から虎白を、良い遊び相手として、いじめていたのだ。

 それを考慮すると、理由もなく襲いかかってくる可能性があることから、遠回りをして、兄弟のアポロンという太陽神が治める東側領土へ行くことにしたのだ。

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