第3ー19話 第六感の完全会得


 誰かのために生きるという事は簡単な事なのだろうか。



生命は産まれながらに自身を愛している。



それは決しておかしな事ではないはずだ。



自身を愛しているから故に悩み苦しみ逃げたくもなる。



では忠義とは何がそうさせるのだろうか。



 愛している自身の命よりも誰かのために犠牲になる事をいとわないその覚悟は何がきっかけに生まれてくるのか。



虎白とアルデンに刃を向けられているノバガードは何を思い、この劣勢である状況下でも眉一つ動かさずにいられるのだろう。



 すっと刀を構えた虎白が再び斬りかかっても動じる事すらなく盾で受け止めると、鋭い剣を振り抜いた。



白くて女にも見える頬を僅かに斬った冷徹な剣先に白い血液が付着する。



 すかさずアルデンが聖剣を振りかざしても、ノバガードは盾で弾き返しては間髪を入れず盾でこれもまた美しい美男子の顔面を殴打したではないか。




「つ、強いな・・・」

「皇帝を守る兵士とはこんなものです。 我々も覚悟を決めないとなりませんね」




 狭い地下道では広さを利用して数の暴力で圧倒する事も困難だ。



虎白とアルデンは両側から同時に攻撃を仕掛ける事ができずに交代で武器を振るった。



すぐ隣では戦神と戦士長も同じ状況だ。



 ノバガードは自身らの強さを理解した上でこの狭い地下道に二頭で肩を寄せる様に立っていたのか。



再び虎白が二刀流を振るって挑んだが、忠実なる衛兵は盾で簡単に防ぐと膝下に蹴りを入れて体勢を崩した虎白の顔面に強力な盾の一撃を食らわせた。



 脳内で響き渡る衝撃音が駆け巡る中で微かに感じ取れた感覚は世界の時の流れが遅くなっているという錯覚の様な状態だ。



 自身の体が倒れ込んで冷たい地面に後頭部をぶつけるまでの一瞬の時間が数分にすら感じるこの不思議な感覚は誰もが一度は経験した事のある出来事のはずだ。



 それこそが第六感なのだ。



虎白は薄れゆく意識の中で体験する奇妙な出来事の中で体が倒れる前に地面に手をついて立ち上がったではないか。



 すると時の流れは正常となり、眼前ではアルデン王が懸命にノバガードと戦っている。



狭いこの地下道では配下の騎士五十名も何もできずに王の勝利を信じる他なかった。



 一方で立ち上がった虎白は第六感という天上界で伝わる奇妙な技の完全会得を目前としていた。




「今の激痛で思い出した気がする。 かつて俺が自在に操っていた第六感って技を。 突然転んだりする時に感じるあの感覚を永続的に保てるんだよな」




 アルデン王の奮戦を見ている虎白は静かに目をつぶると傑物達が口々に話していた奇妙なる技を口にした。



 己の精神を統一して支配できる者にだけ扱えるこの技を解き放った虎白は周囲の万物の音が消え、世界の動きが遅くなっている。



そして盾で弾き飛ばされたアルデン王が吹き飛ぶよりも前に体を避けさせたではないか。



 まるでアルデン王が飛ばされる未来を予知でもしていたかの様に避けた虎白はノバガードへ近づいていくと、刀を振り下ろした。




「莉久が言っていた刀と自分の魂を一つにする。 第六感で通じ合う俺と刀はどんな鋼鉄すらも斬り裂ける」




 そして第六感を維持したまま、ノバガードの鋼鉄の盾に刀の刃先をのめり込ませるといとも簡単に盾が二つに裂けていくではないか。



これにはさすがの精鋭なる衛兵も驚いた様子だ。



しかしかの精鋭は盾が斬り裂けて握っていた腕から出血しているにも関わらず、右手の剣を虎白へと突き立てた。



 だがこれすらも予知していたかの様に交わしてみせると二刀流の刀を二本とも前へ突き立ててノバガードの心臓へと突き刺した。



鎧を貫いて差し込まれる名刀の刃が背中から突き抜けると、忠義ある衛兵は真っ赤な血を口から吐いて白目を向いた。



 やがて両膝から崩れ落ちると静かに倒れて絶命したのだ。




「これが第六感か」

「あははーやっと思い出したの? 記憶喪失さん」




 ふと隣を見るとノバガードを長刀に突き刺して絶命している忠義の精鋭に顔を近づけて笑っている魔呂がいた。



この戦神は既に第六感を完全に会得しているのだ。



何食わぬ顔で衛兵を払い捨てると、梯子に手をかけた。




「使用には気をつけなさいよ。 頻繁に使えばその分神通力を消耗するんだから」




 そう言うと梯子をかんかんと音を立てて登り始めた。



やがて地上へと上がると、既にそこには大勢のノバガードが隊列をなしているではないか。



虎白らも地上へと上がるとその光景に驚いていた。



 第六感を会得したから倒せたものの、使用に注意しろとの魔呂からの忠告を聞くなれば眼前に立ち並ぶノバガードの数はあまりに多い。



 そして赤い鎧兜に身を包んでいるノバガードの背後で腕を組んで立っている男が偉そうにも見下した表情で一行を睨んでいる。



メルキータ皇女が一行の中から湧き出る様に飛び出すと絶叫した。




「兄上ー!!!! もう止めてください!!!!」

「ダメだ・・・ガード、全員殺せ」




 彼こそノバ・プレチェンスカである。



ノバ皇帝の一声で殺到するノバガード達はメルキータ皇女すら殺害せんと冷徹な刃を向けていた。



刀を構えた虎白の肩を掴んだのは赤き王であるアルデン王だ。



 彼の眼差しは冷静でありながら瞳の奥には炎の様に燃えたぎる熱いものが光り輝いている。




「虎白殿と魔呂達は行ってください。 ノバを倒せばガードも投降するでしょう。 彼らの相手は我らスタシア王国が請け負います!!」




 そう話すと勇敢なる赤き王は真っ先にノバガードへと飛び込んだ。



彼が剣聖である事はその勇猛さと卓越した剣技からそう呼ばれているのだ。



地下道とは異なり、広いこの地上ではアルデンの剣技は冴え渡っている。



 ひらひらと紙の様に舞いながらも鋭い聖剣を叩き込むアルデン王の姿はまさにかつてテッド戦役で虎白が目の当たりにした先々代ヒーデン王のそれであった。




「スタシア軍に任せよう。 魔呂、鵜乱。 行くぞ!!」

「鞍馬殿!! わ、私も行くよ!! 妹と母上がいるから・・・」

「ああ、妹とお母上も救出しような。 こうなればノバを倒すしかねえ。 覚悟はいいな?」




 虎白からの問いに力強くうなずいた皇女の眼差しは既に実の兄との思い出を捨てて決別したという表情であった。



こうしてノバグラードの戦いの最終局面へと一行は踏み込んだのだった。





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