第3ー11話 平等ではない種族

 天上界にある広大な平原は領土と領土を分けるための境界線という役割もあった。



ゼウスが治める王都オリュンポスに背を向けて北側領土へと続く平原を見つめている虎白以下五十万名もの有志は迫りくるツンドラの大軍勢に対峙している。



 轟音と共に殺到するハスキーの軍隊は小高い丘を越えて逃げていった秦軍を猛追しているが、不自然な布の存在に気がついた頃には手遅れであった。



 先頭を走る兵士が気がついて叫んだが、後方から流れ込んでくる仲間に押し飛ばされた。



一斉に布とは知らずに走り続けたツンドラ兵は足場がなくなり宙に浮いた感覚を覚えたが、それが最後の意識であった。



 串刺しになっている前列のツンドラ兵に驚愕する後方の者達は慌てて足を止めて惨劇を目の当たりにしている。



仲間が無惨な姿になっている事に絶句している彼らは天を仰いだ。



すると天空から降り注いでいるのは矢の雨だった。



 僅か数分にして何百もの兵士が倒れたが、矢の雨は止まる事なく降り続けている。




「怯むな!! 味方の死体を踏み越えて進めー!!」




 そう指揮官が叫ぶと戦慄せし兵士達は仲間の無惨な亡骸を踏み越えて小高い丘を越えていった。



やがて丘の頂上まで辿り着くと更に矢が下から湧き出る様に飛来した。



 突然の事態に困惑と苛立ちを抑えきれない指揮官はどれだけの部下が戦場に倒れようとも前進させた。



秦軍の弓兵隊が横一列に並んで矢を放ち続けているが、ツンドラの大軍は強引に乱戦に持ち込もうとした時だ。



 丘を越えて平地へと下ったツンドラ兵を見た秦軍の陣形の中から高々と上がった黄色い旗が何かを合図している。



すると弓兵隊は足早に秦軍の中へと消えていった。



 永遠にも続くかと思われた矢の雨が止んだツンドラ軍が怒りを爆発させたかの様に自慢の脚力で走り始めた。




「騎兵!! 今だ突撃!!」




 始皇帝が低い声を轟かせると秦軍の騎馬隊が正面からツンドラ軍へと突き進んだのだ。



強引に走り続けて矢の雨を受けていたツンドラ兵は突如として流れに逆らう様に進んでくる騎馬隊を前になすすべもなく蹴散らされている。



 戦況を見ている嬴政は口角を上げて満足げな様子だ。



だがその時。



先頭を突き進む騎馬隊長が吹き飛んだではないか。




「我らツンドラは国力もそうだが。 強力なのは生まれながらにして屈強な種族だという事だ」




 半獣族は人間よりも遥かに力が強いのだ。



動物特有の発達した筋力は馬上から襲いかかる秦軍兵士の槍を掴んで空中へ騎手ごと投げ飛ばしてしまう事も造作もないというわけだ。



一瞬にして突撃が止まった戦場ではツンドラ軍による反撃が始まった。



 巧妙に仕掛けた罠と戦術で翻弄したかに思えたが結果としてはハスキーという獰猛な種族である彼らを怒らせたにすぎない。



青くて美しい目を充血させている指揮官は遠吠えの様に響き渡る声を戦場に轟かせた。




「ここからは乱戦だ!! 種族の違いを見せてやれっ!!」




 指揮官がそう叫んだ刹那の事だ。



五十万の秦軍を上回るツンドラの大軍が一斉に空に向かって遠吠えをした。



異様な光景に覇気を失う秦軍は甲高い声を天空に向かって吠えている彼らを凝視している。



 そして次の瞬間、遠吠えは一斉に止んで静寂と共に凄まじい殺気を放ち始めたのだ。



やがてゆっくりと歩き始めた凶暴な種族に人間達は盾を構えて隙間から槍を向けた。




「ツンドラ帝国は天上界でも最強だああ!! 突撃ー!!!!」




 一度聞けば夢にまで出てきそうなほど凶暴な唸り声と共に秦軍の兵士の盾を掴むと空へ投げ飛ばした。



驚いた兵士は隣の仲間の盾に隠れようとしたが、顔を持ち上げられると軽々と投げ飛ばされたではないか。



 飛ばされた兵士は後方にいる秦軍の盾兵に顔をぶつけて鈍い音と共に絶命した。



圧倒的なまでに種族の差がある秦軍とツンドラ軍では異常なまでの静寂が保たれている。



 獲物を狩るために息を潜めているかの様なツンドラ兵の静かなる怒りと種族の差に絶句する秦軍によって保たれる静寂の中で風を切る甲高い音が聞こえてきた。



しゅるしゅると高速で何かが回転しているかの様な音が近づいてくると、ツンドラの指揮官が目を凝らしている。



 だが次の瞬間だ。



指揮官は真っ二つに裂けて倒れたのだ。




「種族の差だとお? じゃあ神族は更に上ってわけだな」




 二刀流を自在に操っては冷静にも冷酷にも見える表情で顔を上げたのは虎白だ。



突然の出来事に驚いた両軍の視線は一柱の神族へと向けられている。



すると神族は人間へ向けて語りかけた。




「怯むんじゃねえ!! 皇帝を守るんだろうが!! 誰かを想って戦えるのが人間の強さなんだよ。 自信持って戦え!! お前らには始皇帝がついてんだぞ!!」




 そう叫ぶと秦軍の視線は神族から始皇帝へと移った。



腕を組んで表情一つ変える事のない嬴政は将兵を見つめている。



将兵が前を見ると虎白は、ばさばさとツンドラ兵を倒し始めたのだ。



虎白に続くように魔呂と鵜乱も戦いに身を投じている。



すると始皇帝こと嬴政は光り輝く宝剣を手に三人へと続いたのだ。




「陛下を守れー!!!!」




 始皇帝を死なせまいと彼らは果敢にも半獣族の軍隊へと挑んだのだった。

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