第3ー10話 手を出すべきではない相手


 メルキータの声は民から民へと響き渡り、次々に支城を抜け出して平原へと走り去っていく。



虎白と魔呂と鵜乱は自慢の武力を武器にツンドラ兵を圧倒している。



魔呂の長刀がツンドラ兵の肉を引き裂き、血の様に赤く染まっている瞳から見せる笑みは恐怖そのものだ。



 鳥人鵜乱は襲いかかる兵士を左手に装着している盾で叩き飛ばすと、右手に持つ剣で突き刺す。



たったの三人を相手にツンドラ兵は散々苦戦した挙げ句、城に籠もるとノバが率いる本軍の到着を今か今かと指を加えて待つだけだった。



 そして平原へ飛び出したツンドラのか弱き民は眼前に広がる「秦」という見慣れない旗が地平線を埋め尽くすほど風に揺られている光景を目の当たりにしていた。



だが皇女メルキータは臆する事なく民を導きながら秦軍の大軍へと消えていった。



 見慣れぬ異国の軍隊に動揺する民達も愛する皇女様の後に続いていくと秦軍の兵士達が食事を手渡して笑顔で出迎えたのだ。



 異国の解放軍に囲まれるか弱き民達数千は一同に安堵の表情を浮かばせると皇女メルキータは高らかに声を上げた。




「今日を持ってツンドラを毒している恐怖による統治を終わらせる!! 我らツンドラは誇り高く、互いを思い合うのだ!! 隣人を疑い、粛清へと導く醜き政策は私が終わらせる!! 秦軍に感謝!! 始皇帝と鞍馬虎白に感謝するのだ!!」




 皇女の声が響き渡ると、秦軍へ向けて民達が一斉に抱きついてきたではないか。



これがツンドラの挨拶なのだ。



 抱きついては頬を何度か舌で舐める犬の半獣族特有の挨拶の作法に困惑しながらも優しい笑みを浮かべる秦軍の将兵は皇帝である嬴政同様にこの国の解放を目指した。



 それからしばらくすると、虎白ら三人が悠々と戻ってくると背後には既にツンドラ軍が迫っていた。



金色の旗にハスキーが吠えている旗印はメルキータの兄であるノバ・プレチェンスカの旗だ。



 かの旗が風になびけば民は怯え、敵国とて容易に手出しはできなかった。



だがそれも北側領土での話であり南側領土の嬴政や虎白には大した問題でもない。



黄金の旗を冷ややかな目で見ている親友は再会を祝して固く握手をすると、反撃の支度を始めた。



 何よりも大事なのはこの局地戦なのだ。



もしここで秦軍が大敗すればツンドラの暴政は加速して、メルキータが連れてきたか弱き民達は反逆罪で処刑されるのは明白。



虎白と嬴政は眼前に迫るハスキーの軍隊に対していかなる戦術を用いて勝利するのか。



 陽動作戦の大役をこなしたメルキータは空気の抜けた風船の様に疲れ果てた表情で妹のニキータの膝枕に倒れた。




「よくやった。 後は俺らに任せろ」

「い、いや・・・私も共に戦う・・・」

「相手は同胞であり、最後は兄だぞ。 お前は本当に兄を殺せるのか?」




 そう問いかけた虎白だが、隣で沈黙を保っている魔呂の事を思うと胸が張り裂けそうな気分となった。



実の姉と一度は殺し合い、最後は魔呂への愛を見せた姉達は壮絶な最後を迎えた。



 どうして血を分けた兄妹、姉妹で殺し合うのかと眉間にしわを寄せている虎白に対して静かにメルキータはうなずいた。




「兄上かもしれないが、民を生きたまま殺せる暴君な事に変わりはない。 私は兄を殺す覚悟を持ってわざわざ南側領土のあなた方に助けを求めてきたんです」




 その言葉を聞いた虎白は親友と顔を見合わせると互いにうなずいた。



すると親友達は開戦に向けて隊列を組む秦軍の先頭へと出ていった。



嬴政の周囲には武勇に秀でた将軍達が赤いマントを風になびかせている。



虎白の左右には戦神と戦士長。



 両軍で睨み合う中で隣に立つ嬴政に虎白が「作戦は?」と小さい声で話しかけると始皇帝は口角を微かに上げている。




「お前達が暴れている間にこちらも準備をした。 この場所には空堀を掘ってな。 竹槍が無数に隠してあるぞ」




 そう自慢気に話している嬴政が顎をくいっと前方へ振った先には近くで見ると不自然に見える布が敷かれていた。



布の下は竹槍地獄というわけだ。



感心した様にうなずいている虎白は「じゃあ俺からも」と口を開いた。




「ツンドラはその国力が故に自信に満ち溢れている。 実際に俺らよりツンドラ軍の方が数が多く見える。 ここは連中の自信を利用しようぜ」




 そう不敵な笑みを浮かべて話している虎白をよそに、ツンドラ軍が血に飢えた猛獣と化したハスキーの軍隊を前進させる笛の音が戦場に響いた。



凄まじい足音を響かせる大軍は一見しても大軍だったが、更に両翼に別れたではないか。



 部隊が左右に分離したというのに先頭を進むツンドラ軍の兵力は減った様には見えなかった。



嬴政が虎白の不敵な笑みを見ると狐の神族はなんとツンドラ軍に背を向けているではないか。




「本陣の旗を倒すんだ。 ツンドラ軍に怯えて逃げ出した様に見せればあの不自然な布にも気がつかねえさ。 少し下がって後方にある小高い丘に弓兵を配置すれば竹槍地獄に弓の雨を降らせられる」




 そう話した親友の顔を見る伝説の皇帝は高笑いをしている。



「相変わらずお前らしい」と手段を選ばない虎白の戦いに対して誇りを持たない考え方に笑っているのだ。



 本陣の旗とはまさにそこに大軍の最高指揮官である嬴政がいるという旗だというのにそれを倒せと話す虎白の考え方は誇りや意地を貫く者には難しい事だ。



そして眼前から迫るハスキーの大軍は圧倒的統治力という誇りを反乱という屈辱で踏みにじられ、報復という意地のために血眼となって兵士を進ませている。



極めつけは超大国ツンドラという王者の風格すら出しているという自信だ。



 虎白の作戦を聞いた嬴政は笑みを浮かべたまま、傍らの将軍にうなずいた。




「百歩後退しろ!! 陛下・・・鞍馬様の作戦ですが・・・旗を倒す事だけは我らにはできません・・・陛下への忠義の証があの旗なのです」





 秦軍の将兵にとって本陣でなびく赤と黒と金色に輝く旗こそ忠誠の象徴であり、旗の価値は皇帝にも匹敵するのだ。



将兵にその旗を倒す事は困難を極めるというわけだ。



 将軍の話しを聞いた嬴政は静かにうなずくと本陣の旗を自ら蹴り倒した。




「旗はただの目印だ!! 俺はここにいるぞ我が将兵よ!!」




 本陣の旗は勢いよく倒れた。



ツンドラ軍はその大兵を武器にしている。



南側領土の連中はツンドラの強大さを知らないのだと倒れる旗を見て指揮官は笑みを浮かべて兵士の尻を叩いて歩速を速めさせている。



 今頃秦軍の連中は恐れおののき、皇帝の声すら無視して逃げ出しているのだろうとツンドラの指揮官は笑っていた。



 だが伝説の皇帝にして始皇帝である嬴政の声は秦軍の将兵に響き渡り、獰猛な猛獣を狩る狩人の様に静かなる闘志を燃やして待ち構えているのだった。

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