第3ー12話 無性の愛と無情の闇

 ノバ皇帝は、虎白達が引き上げる切り札として、自分の実の母を人質にしたのだ。

 これに怒りと動揺を隠しきれないメルキータは、無防備な状態のまま、近づいた。


「馬鹿野郎下がれ!」


 弓矢がメルキータの綺麗な顔をかすめた。頬から流れる血を手で拭いた彼女は、我に返ったように兄の名を叫んだ。


「近づくな妹よ。 貴様らが撤退すれば、母上は死なずに済むぞ」


 こうしている今も竹子と笹子は、強大な敵と戦っている。虎白は、そんな健気な美人姉妹の笑顔を思い浮かべた。同時に、眼の前にいる狂気の皇帝をどのようにして、止めるべきなのかと思案した。


「てめえは何がしてえんだ? 属国や自国の民を圧迫してまで国力を上げている。 何を急いでいるんだ?」

「貴様らのような侵略者が来た時に備えてだ」

「いいや。 お前を動かしているのは、それだけじゃねえはずだ」

「黙れ! 侵略者に何がわかる!? 近づくな!」


 まるで取り付く島もない。ノバ皇帝は、興奮して瞳孔が開ききっている。騒然となる一室で、虎白は千載一遇の好機を静かに待った。

 ノバが気を逸らした一瞬のうちに母が、その場から脱してくれれば、莉久と共に一撃で斬り捨てられる。どうにかして、狂気の皇帝の注意を逸らすことはできないか。


「構わないの! 私ごと斬りなさい!」

「黙れこのアマが!」


 メルキータの母が叫ぶと、ノバは剣の持ち手の部分で母の細い腹部を強打した。表情を歪めて、膝をつきそうになっている母を強引に立たせているノバの瞳は、正気を失ったかのようだ。


「貴様ら近づくな。 おいガード、こいつらが近づかないように俺の前へ出ろ」


 ノバは背後にあるガラスを剣で叩き割ると、中庭へと出た。そこには、既に配備されていたノバガードがいるではないか。

 彼らは、破壊された窓から入ってきて、虎白達へ武器を向けている。


「くそ......」

「虎白様......ここは僕にお任せを......きっとノバはまだ逃げようとします。 連中は引き受けますので、ノバを追いかけてください」

「はあ......仕方ないね。 私も付き合うよ」


 莉久が提案すると、夜叉子が賛成した。次々に入ってくるノバガードの人数は、既に十人ほどになっている。

 アルデン王は、最後の八名の近衛兵も、莉久と夜叉子に預けることにした。


「虎白殿。 行きましょう......ノバを逃がせば、ツンドラの全軍が集結してしまう......そうなれば、我々の敗北です」

「属国のウランヌ達は捕まって吊るし首だな......メルキータもお袋さんも助からねえな」

「待て兄上! 皇帝としての誇りはないのか!? 母上はいつだって兄上の味方をしていたじゃないか!」


 メルキータが走り始めた瞬間、ノバガードが一斉に襲いかかってきた。そして莉久がノバガードを一刀で斬り捨て、夜叉子らもそれに続いた。

 この僅かな隙に、虎白とアルデン王が道を開きメルキータが窓から飛び出した。ノバを追いかけるのは、虎白とアルデン王とメルキータ皇女のみ。

 莉久と夜叉子と八名のスタシア王立近衛兵は、最後のノバガードと戦った。



 中庭を走るノバ皇帝は、母の髪の毛を引っ張りながら逃げている。絶叫するメルキータと静かに考える虎白とアルデン王。

 やがて中庭に転がっている花壇の瓦礫を拾った虎白は、ノバの後頭部へ投げた。見事に命中すると、母と共にその場へ倒れ込んだ。


「もう逃げられねえぞ! アルデンお袋さんを引っ張れ!」

「触るなカス共が!」


 アルデン王が、母の細い腕を掴もうとした瞬間、ノバ皇帝はその細い腕を切り落としたのだ。

 大量の血が流れる母は、痛みのあまり、意識が朦朧もうろうとしているが、ノバは気にもせずに髪の毛を引っ張っている。


「近づいたら次はないぞ」

「お前いい加減にしろ! 親不孝にもほどがある!」

「貴様らが侵略してきたから全ては狂ったんだ!」


 血を流す母は、この修羅場の中、メルキータの顔を見て優しく微笑んだのだ。

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