第3ー4話 その男の大器
あの目は本当に殺す者の目をしていた。ウランヌ女王はそう感じていた。窓を開ければ広がっているはずの景色は、秦軍で埋め尽くされていたのだ。
そして自分の口で言ってしまった「味方する」という発言が、大きな間違いだったのではないだろうかと、不安になっている。
「じょ、女王......我らは本当に秦軍の側につくのですか? ツンドラから報復されますよ......」
怯える文官は、声を震えさせながら言った。周囲では、ウランヌの勝手な決め事に怒りを覚える周辺国の国主達がいる。
「何が秦軍の側につくだ! お前らはいいだろうが、俺の国はツンドラから近いんだぞ!」
「私の国だってそうです! ツンドラの報復を受けるのは私達です!」
ウランヌは黙っている。絶えず続く国主からの罵声を聞いている彼女は、ある決断をした。
玉座から立ち上がると、周辺国の国主の顔を見た。
「私のユーラ公国は秦軍の味方につく。 皆は、それぞれの判断で動いてくれ。 鞍馬殿が言っていたように、私達はただツンドラに怯える寄り合いなのだから。 皆の国家の運命を決めるのは、私ではない」
そう、口では言ったものの、虎白が行おうとしているのは寄り合いの崩壊だ。秦軍に味方せず、ツンドラの味方になると主張する者らを、これから殺して行かなくてはならないというわけだ。
虎白はきっとそこまで予測して、このような大胆な行動に出たのだと。
「では俺はツンドラにお前の裏切りを伝えてくるぞウランヌ」
「私も! ツンドラは怖いけど......怖いからこそ裏切れない......」
罵声を吐き散らかした国主達は、部屋から出てそれぞれの国へ戻っていった。静まり返った議会の部屋で、自分の決断が正解だったのかと考えている。
ツンドラの支配は凄まじい。食料も武器も、毎月献上しなくてはならない。おかげで、国民の生活は切迫して苦しんでいる。
だが、万が一に敵国が攻め込んできた場合は、ツンドラ軍が守ってくれる。彼らの支配を受け入れれば、生活は苦しいが死ぬことはない。
「一生ツンドラの言いなりで終わるのも良しかな......秦軍についても主が秦国に変わるだけなのではないか......」
考え込むウランヌは、浮かない表情をしている。雪豹という少数の半獣族による国家は、あまりに規模が小さかった。独立しようにも頭数が足りないというわけだ。
歪んだ表情で下を向いていると、扉の向こうから喧騒が聞こえてきた。やがて喧騒は近づき、扉が蹴破られた。
「邪魔すんぜ? 話し合いは終わったか?」
「く、鞍馬殿!?」
「お前の軍隊を出せ」
「え、ええ?」
「味方するんだろ? 早く出せよ。 それと秦軍は既に、お前の国に並行するように布陣しているからな」
既に陣地を築かれた。ウランヌにもはや悩んでいる時間はなかった。結局そうだったか。雇い主が秦国に変わっただけか。きっとツンドラとの戦闘が始まった時には、一番先頭で戦うのだろう。
ウランヌは力のない返事をして、ユーラ軍の召集を始めた。
数時間後。
武装したユーラ軍が、城から出てくると、秦軍が待っていた。大軍の先頭で腕を組んでいる虎白は、静かに視線を送っている。
これが新しい支配者の視線か。随分と冷酷なものだな。そう心の中で呟いて、秦軍の先頭へと進もうとした。
「何やってんだお前?」
「え? だ、だから最前列に行こうかと......」
「最後尾に行けよ。 俺達はここからさらにツンドラへ進む」
ウランヌは虎白の言っている意味が理解できなかった。最後尾と言ったのか。そうか、最後尾ということは、ツンドラに敗れた際に囮として残される役目か。捨て駒の属国らしい役目だ。
「さあ行くぞ。 嬴政、何があってもユーラ公国の兵士を死なせるな」
「言われなくてもわかっている。 だが、ユーラが背後を攻撃してきたら終わりだがな」
「あのウランヌって女王はそんなことする女じゃねえよ。 それが知りたくてわざわざ捕まりに行ったんだからよ」
そこで目を疑う光景を見た。改めて秦国の属国になったと思っていた。しかし秦軍は、ユーラ軍の前に出ると彼らを守るように前進を始めたのだ。
言葉を失う、ウランヌは唖然としている。馬上で振り返った虎白は、小さく微笑んだ。
「お前の勇気ある行動に感謝するぜ。 決して後悔はさせねえ......この戦いが終わった後は、独立するなり好きにしろ」
そう言って虎白は、秦軍と共に進んでいった。
この衝撃的な振る舞いを知った周辺国は、秦軍が到着すると直ぐに味方になったのだ。そして全ての国が、秦軍の後方へと送られたのだった。
虎白は、一兵も死なせることなく属国を切り崩して見せた。残すは、ツンドラ本国の大軍だけだ。
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