第3ー5話 惨劇が残した世界の傷跡

 腰に差している名刀を嬉しそうに眺めらながら歩いている虎白はゼウスの治めるオリュンポスを出ると向かった先は竹子達が待つ場所ではなかった。



平原を歩きながら刀を鞘から抜いてみるとやはり虹色に光り輝く。



 このとてつもない刀をいつ誰が作って自身の腰に差されたのかまるで思い出せない虎白は頭を何度か刀で軽く叩くと先を急いだ。



すると巨大な関門が視界に入ると姿を狐に変えて更に急いで向かった。



やがて関門を守る兵士が虎白に気がつくと拝手をしている。



「陛下に御用ですか?」

「ああ、ちょっと嬴政に会わせてくれ」



 秦国の帝都である咸陽に辿り着くと衛兵達に案内されて親友が待つ謁見の間へ向かった。



やがて扉が開かれると、黄金の玉座に座る始皇帝が頬杖をついている。



「おお」と少しだけ口角を上げると数段ほどの階段を優雅に下って近づいてきた。



 互いに力強く握手をすると釈放された事を祝いながらも突然の逮捕を今になって思い出すと滑稽に感じて顔を見合わせて笑った。




「ありゃ驚いたな」

「まったくだ。 今日はどうした?」

「嬴政、ちょっと力を貸してくれ」




 そして虎白は無二の親友にツンドラ帝国からの宣戦布告について話した。



黒くて長い髭をなでる様に触りながら傍らの衛兵に「おい」と一言声を発すると何やら運んできたではないか。



謁見の間の広い床に広げられた何かは巨大な天上界の地図だった。



 嬴政が指差す先は秦国から遥か北に位置するツンドラ帝国だったが、その国土の広さに虎白は目を見開いている。




「なんだこの広さはよ!!」

「テッド戦役以来、急速に領土を広げたのだ。 それはスタシア王国の衰退が原因だ」




 二十四年間も天上界を留守にしていた虎白とは異なり、あの惨劇の戦いから秦国を率いてきた嬴政は世界情勢に詳しかった。



ツンドラ帝国が北側領土の覇者と言っても過言ではない。



 そして地図から見てもわかるほど肩身を狭くしている「スタシア王国」という国を虎白は知っていた。



テッド戦役が勃発した時、彼らはスタシア王国軍の隊列の中にいたのだ。



 それはただの偶然だったのだが、スタシア国王であるヒーデン・フォン・ヒステリカは彷徨っていた虎白達を快く迎え入れた。



本来なら放浪者である彼らを捕まえて追い出す所をヒーデンは味方として受け入れたのだ。



 また、ヒーデンは民を愛する政策を行う統治方針から信頼ある国王でありながら自身は剣聖と呼ばれるほどの剣の使い手でもあった。



そんな絶対的君主と印象的な赤い髪の毛から人々は彼を「赤き王」と呼んだ。



 だが皮肉な事に赤き王は虎白達の直ぐ近くで当時の十二使徒候補生と言われていた魔呂に討ち取られたのだ。



ヒーデンを失ったスタシアはテッド戦役で敗走して以来、ツンドラに領土を奪われ続けていた。



 それから二十四年の月日が流れて今はヒーデンの孫が衰退したスタシアをなんとか治めているという状況だ。



ヒーデンの息子はツンドラとの模擬戦闘の数日後に不審死を遂げた。



王子の不審死でさらに衰退したスタシアは孫の即位の頃には滅亡寸前であったのだ。



 深刻な北側情勢の説明を終えた嬴政は酒と料理を運ばせてくると親友との夜を楽しんだ。




「このスタシアを味方につければいいのだ」

「ヒーデンさんには世話になったしな」

「孫は劣勢の状況でも勇敢に戦っているぞ」




 嬴政と虎白は中華料理を美味そうに頬張りながら酒をぐいっと喉を鳴らしながら飲んでいる。



楽しげに食事をしているが、会話の内容は決して愉快なものではなかった。



 ツンドラによる宣戦布告も下手をすればメルキータとニキータをあえて亡命させて南側領土へ侵攻する口実作りなのかもしれない。



そう最初に危惧したのは始皇帝だ。




「わざわざ亡命するなら建国中の国へ逃げなくてもいいはずだ」

「確かにな。 ミカエル兵団に逃げればよかったんだよ」




 今回のツンドラ問題で最大の謎はメルキータとニキータがどういった理由で虎白の元へ来たのかだ。



亡命を画策した者達がミカエル兵団に頼らなかった事も不可解だ。



絶品の中華料理を食し終えた二人は酒を手に持ちながら夜空を見るために城内にある中庭へ出ると晩酌を始めた。



 天上界から見える星々はどこへ繋がっているのだろうと胸を躍らせながらも愉快ではない話しを続ける。




「それで戦力が足りないから俺の元へ来たんだろ?」

「助けてくれ。 俺の戦力だけじゃどうしよもできない」

「当たり前だ。 五十万人は連れて行くぞ」




 南側領土の超大国である秦国軍の兵力は四百万とも五百万名とも言われている。



五十万程度は造作もないといった表情で晩酌を楽しむ始皇帝の隣で深々と頭を下げている虎白を見て酒を吹き出すほど笑い始めた。



「お前ってやつは」と声を上げて笑う史上初の皇帝は盃を置くと、大きく深呼吸をした。




「お前は良いやつだ。 誰かのために危険な事ができる。 ツンドラの皇女が助けを求めてくれば助けてしまうのだな」




 伝説の始皇帝はそんな虎白が好きだった。



今回の大事件にせよ、前回の大事件にせよ虎白は悪くないのだ。



だがいつだってこの男は自身の細い背中で全てを背負おうとする。



 嬴政は女の様に細い背中を力強く叩くと、肩を組んで夜空を見上げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る