第2ー17話 万人を魅了する才

 十二使徒にして戦神の魔呂の案内で迷いの森を歩いている虎白は険しい表情で言葉数も少なかった。



背中に自身の身長ほどある長刀を背負っている戦神が小さな体で受け止めている苦しみはいかほどなのか。



 実の姉に手駒として扱われて成果が悪ければ殴られている日々。



虎白はふと愛する竹子と優子姉妹を思い浮かべていた。




「世界には様々な姉妹がいるんだな。 血が繋がっているからって円満ってわけじゃねえのか・・・」




 不気味なまでに静観していた木々が歓迎でもしているかの様に風と共にさらさらと音を奏でている。



 目の前を歩いている小さな背中をぼんやりと見ていると、聞き慣れた話し声が聞こえてきた。



「虎白様ー!!」と悲鳴にも聞こえる中性的な声が響くと、突き通る声や爽やかな声もそれに続いた。



 笑みを浮かべた虎白が自身の居場所を示す様に返すと木々をなぎ倒すほどの勢いで莉久が飛び出してきたが魔呂の存在に気がつくと、持っていた刀を躊躇なく振り抜いた。



しかし戦神は予見していたかの様に上半身をのけ反らして避けた。




「ま、待て莉久!!」

「虎白様・・・何故殺さないのですか!?」




 目の前で主が斬られた莉久の怒りは凄まじく、今にも襲いかかりそうだ。



両手を広げて落ち着かせる主は近づいていくと毛先がオレンジ色の可愛らしい頭をなでると「大丈夫だから」と抱きしめた。



 抱かれている時の莉久の表情は乙女そのものだが、自身は男だと主張している。



緊迫していた空気の中で主と家臣の再会を喜ぶ竹子は穏やかな視線を戦神へ向けていた。



表情こそ穏やかだが、白くて滑らかな手は刀に触れている。




「みんな聞け。 魔呂は味方になったんだ。 俺を斬った事は気にするな。 おかげで二人で話せたんだ」




 長刀で背中を斬られる痛みとはどれほどなのか。



だが虎白はそんな事は気にもせずに魔呂を天上界に連れて帰るという前代未聞の大事件を起こそうとしている。



話を聞いた一同は開いた口が塞がらないというやつだ。



呆気に取られる一同の中で最初に声を発したのは竹子と優子姉妹。



 顔を見合わせた美人姉妹はくすくすと笑い始めると「虎白らしいね」と変わらず穏やかな面持ちだ。




「虎白がそう決めたならいいよ」

「ま、待ってくれよーさすがにまずいだろ・・・」




 そう爽やかな声を強張らせて言葉を発したのは後々剥奪となる事が濃厚な六番隊天使長だ。



無断で冥府に向かったという重罪を抱える東国一の美女は困惑している。



 自身の独断行動がために、ただでさえ虎白は大天使ミカエルから何を言われるのかと案じていたというのに冥府の十二使徒まで連れ帰れば、天上界追放すらあり得るのではと考えていた。



 強張った美しい顔が徐々に青ざめていく様を見ている虎白は「人の命を救って何が悪い?」と平然と話すではないか。




「気にするなって。 俺はお前が兵団追放になれば副官も含めて養うつもりだ。 魔呂だって同じ事だよ。 俺は国を作るからお前も来るんだぞ魔呂」




 変わらず平然と話しては黒目がくりくりと可愛らしい後に剥奪となるであろう十二使徒の黒髪をなでている。



だが全ての責任は虎白に降りかかるというのに状況を理解していないのか呑気な様子だ。



 自らの行動によって虎白を危険に晒している事を改めて理解した甲斐は黙り込むと下を向いている。



すると莉久が肩に手を置くと「昔からこうなのだよ」と主の考え方について話を始めた。




「虎白様がその昔旅に出た時は僕と嬴政しかいなかったのに。 道中で出会う者を旅に加えるものだから人数が増えてね」




 来る者を拒まない主の姿勢が好きでたまらない莉久はまるで恋人の話でもしているかの様に嬉しそうに話している。



虎白と出会った者はどういうわけか皆が心底惚れていくのだ。



それに性別はない。



秦国の皇帝にして伝説と語られる嬴政ですら行動を共にするほどだ。



 甲斐が振り返ると片思いをしている竹子とその妹も虎白の平然としている顔を見ては微笑んでいる。



そして今となっては敵である魔呂ですら惹かれてしまったというわけだ。



 細身だがどこかたくましく、一見すると冷酷にも見える狐目が笑った時の可愛らしさは母性本能をくすぐる。



何よりも胸が締めつけられるのは近くに来て頭をなでて見つめたかと思えば隣で何やら遠くを見ている時の眼差しだ。



 この男は自身には見えないものが見えていて、そこへ連れて行ってくれるのではないかと思わせるほど魅力的な目をするのだ。



既に甲斐の副官である夜叉子ですらこの男に興味を持ち始めている。




「どうでもいい事悩んでねえで行くぞ甲斐。 俺らの目的は変わらねえ。 鈴姫の救出に魔呂が加わっただけだ」




 そう話すとこれもまた可愛らしい尻尾をふりふりと左右に振って歩いていく。



後ろ姿を見ている甲斐は悶えるほどに豊満な胸を押さえている。



「もう好きだよあんたっ!!」と声を上げて歩き始める甲斐の表情は枷から外れたかの様に清々しかった。



 こうして再会を果たした一同は魔呂の案内で迷いの森を進んでいくと、何やらとてつもない喧騒が聞こえ始めたではないか。



足早に森を抜けた一同が目にしたのは目を疑う様な光景であった。




「おお、これはすげえことになってんな。 嬴政がいるぞ間違いなく」




 長い付き合いでわかるのであろう、騒ぎの現場には必ず嬴政がいるものだと話している。



どこか嬉しそうにもなまくら刀を抜いた虎白は「じゃあ俺らも行くか」と話すと、大激戦が繰り広げられている収容所へ乗り込んだ。



 解放された捕虜達はもはや嬴政指揮下の天上軍となり、応援に駆けつけた冥府軍までも壊滅させる勢いだ。



大勢の人々に守られる中で宝剣を振り回して皆を鼓舞している嬴政はやがて天上軍を動かし始めた。




「増援も片付けたぞ!! 皆の者この悍ましい収容所を突破して我らの国へ帰るぞ!! これはその第一歩だ!! 進めー!!!!」




 嬴政が自慢の宝剣で冥府兵を斬り捨て、最初に収容所の門を出ると皆はそれに続いた。



士気という概念が崩壊している彼らの異常なまでの活力は故郷である天上界に帰るという消えていた希望が始皇帝の宝剣の様に再び輝き始めたからだ。



 秦軍といっても過言ではないほど忠実に嬴政の背中に続く天上軍を見ている虎白は親友との再会を果たした。




「お前達はどこで油を売っていたんだ!?」

「相変わらずやるな」

「どうって事はない。 彼らの思いが共通なだけだ」




 冥府軍にとって想定外であった天上界の哀れな捕虜達が天上軍になった事は一大事件であった。



何よりもその中に嬴政がいた事と虫の王が女王蟻に餌を運ぶ兵隊蟻の様に殺した冥府兵の武器を捕虜達に渡している事でここまでの大事件になったのだ。



 そして今、冥府潜入一行は再会を果たして当初の人数を大幅に上回る軍勢を引き連れて帰路につこうとしているのだった。

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