第2ー16話 暴力による支配

 黄金の玉座が優雅に置かれ、文官と呼ばれる秦国の政治を担当する、現代の大臣のような存在が何十人も本来ならこの場で議論する。そんな崇高な広間で、鳴り響くのは、激しい剣戟の音だ。

 互いの意見が合わないと悟った虎白と嬴政は、かつて旅をしていた時から行ってきた、一騎打ちによって解決しようとしている。


「結局は暴力で解決するしかないな」

「俺達の場合、これが一番手っ取り早い」

「だが、この暴力を北へ向けようとしているのだぞ!?」

「既に始まっている暴力の連鎖に、話し合いなんてあるわけがねえだろ!」


 嬴政は、凄まじい速さで繰り出される刀を見事に受け流しながら、考えていた。自分が秦国を建国した時も、暴力によって敵対勢力を全て滅ぼした。そして自分が統治している間は、平和だっただろう。だが、時代が変われば、たちまち暴力が始まる。

 虎白が行おうとしている暴力は、平和な未来が訪れるのだろうか。遺恨を残して、次なる暴力を生むのではないか。

 そう、心の中で考えている嬴政は、刀を受け流して宝剣を繰り出そうとした。だが次の瞬間、嬴政の視界に飛び込んだのは、輝くほど澄んだ目をしている虎白の顔だった。


「何気を抜いてんだ嬴政よ!」

「し、しまった!」


 勝負は一瞬であった。虎白の澄んだ瞳に驚いた僅かな間に刀が懐へ飛び込んできた。そして足払いを受け、倒れ込むと、刀の刃先が目の前にあった。

 得意げに笑う虎白は、なおも澄んだ瞳をしている。起き上がった嬴政は、乱れた着物を整えると、言葉を発した。


「何を子供のように澄んだ目をしているんだ」

「お前と戦うと頭痛も起きずに、昔を思い出せた。 昔はこうやって頻繁にやり合っていたな」

「いつもお前に負けて、仕方なく意見を飲んでいたがな......今回のようにな」


 不満げな表情をしながらも、嬴政は虎白の希望に従って、北へ秦軍を派遣することを決定した。

 満足したかのように虎白が立ち去っていく後ろ姿を見ている。


「暴力による統治は、敵対勢力を全て粉砕する必要がある......果たしてツンドラだけで終わると思っているのかあいつは......いや、あいつはわかった上で、戦おうとしているんだな......その昔あいつは言っていた。 『戦争のない天上界を創ると』な......」


 秦国を離れ、虎白はそんな途方もない夢を果たそうとしている。



 時は少し戻り、虎白と嬴政が今にも一騎打ちを始めそうになっている頃だ。暗い夜空が、微かに明るくなり、月の神アルテミスの仕事が終わり、太陽神アポロンが仕事を始めようとしている。

 竹子は、未だ実のならない恋に葛藤していた。


「うーん......神族に恋をしてもいいのかな......で、でもあの日の言葉が忘れられないよ......」


 霊界での戦闘で、今にも怨霊に殺されるのではないかという修羅場。悔しさを残しつつも、想いを寄せていた虎白と共に殺されるのなら本望だと。全てを覚悟しようとした時、虎白の口から「愛している」なんて言葉が飛び出した。

 その瞬間、竹子はこの死地を何が何でも脱して改めてこの言葉を聞きたいと心底思った。


「あれは死地だったからで、思ってもないことを言ったのかな......いつも忙しく動いているから本当の言葉を聞けないよ......」


 そんな乙女心を抱いている竹子は、登る朝日を眺めてため息をつくと、立派に建造された城の天守閣から、白陸の小さな町並みを見下ろした。その刹那、異変に気がついた。


「た、竹子様ー!」

「どうなさいましたか!?」

「み、未確認の軍勢が! 秦国ではありません! 犬の半獣族の軍勢です!」

「ま、まさか!?」


 白陸の住民を案内する際に、虎白が何やら犬の半獣族の美女と揉めていたことを思い出した。

 そして竹子が感じた嫌な予感は、直ぐに現実のものとなった。


「皇女様を拉致している卑劣な者共! 集落に等しいこの小さな国を滅ぼされたくなければ、大人しく皇女様を渡せ! 交渉の余地はないぞ愚者共が!」


 天守閣にいても聞こえてくる男の怒号は、メルキータ皇女を連れ戻しに来たようだ。そして虎白が不在の今、竹子が白陸の最高責任者というわけだ。

 慌てて着物を羽織ると、転げ落ちるように天守閣を下った。そして飛び出すほどの勢いで、城門まで行くと、メルキータと同じ種族の犬の半獣族が凄まじい剣幕をしている。


「な、何か?」

「何かだと? 皇女様を返せと聞こえなかったのか? 下等な人間には聞こえないようだな」

「下等ですか......ではお聞きしますが、皇女様が行方を暗ました理由は見当がついているのですか?」


 竹子の問いを聞くやいなや、犬の半従族は白くて綺麗な頬に向かって強烈な平手打ちをした。

 軽々と吹き飛んだ竹子は、背後に立っていたとんがり帽子改め、白陸兵に受け止められた。麗しい唇から血を流す竹子は、白陸兵に会釈をすると、刀に手を当てた。


「なんだ? 皇女様を渡さず、我らツンドラと戦争でもするのか? このちっぽけな集落だけで?」

「た、竹子様......こ、ここは大人しくメルキータとやらを引き渡した方が......」


 白陸兵が怯えながら言った。しかし竹子は、静かに首を振ると刀を抜いた。

 これを見たツンドラの将軍は、小さく笑みを浮かべると、今にも大軍を白陸へ流れ込ませようとしている。


「そうか皇女様は大人しく返さないということだな。 いいだろうツンドラ軍の恐ろしさを知るといい。 突撃だ!」


 竹子は刀を構え、白陸兵も慌てて銃口を向けた。

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