第2ー15話 これが俺らの流儀

 メルキータは故郷のツンドラ帝国で起きている、異常なまでの圧政を事細かに虎白に話した。

 泣きながら話し続ける皇女は、嗚咽おえつを催しても話しを中断することはなかった。悲鳴にすら聞こえる彼女の話しを、腕を組んで静かに聞いている虎白は、既に頭の中では決まっていた。

 助けてやるって言っても、俺にはまだ軍隊なんて数の戦力はない。かと言って交渉なんて聞き入れるような相手なのか。それに何を交渉材料にするんだよ。


「愛する民の一日の労働時間なんて十六時間を平気で超えている! それどころか、反発すれば直ぐに兄上の兵士に捕まってしまうんだ! 皆が私に助けを求めてきた......だが私に力がないばかりに、こうして外部の協力を求めるしか......」


 メルキータの兄は、何が目的でそこまで圧政をするのだろう。虎白は、どのようにメルキータを助けようかと考えていた。

 やがて話しを終えたメルキータは、何度も咳き込んで、その場に座り込んでしまった。隣で話しを聞いていた友奈は、彼女の背中をさすりながら言葉を発した。


「た、助けてあげられないかな......」

「狐の神族だから半獣族に寛大か......恐ろしく確証のねえ希望にすがってここまで来たのか。 そんなこと言われたら期待を裏切るわけにいかねえよな」

「じゃあ!?」

「だが生憎、俺には軍隊もいねえし、交渉する材料もねえ。 親友に話してみるから、お前らも竹子に言って住居に案内してもらえ」


 そう言って虎白は、夜だと言うのに白陸を飛び出した。馬で駆けていく虎白を見届けた二人は、竹子に何度も頭を下げて新居へと案内された。



 数時間後。

 秦国の宮殿へと入っていく虎白は、嬴政えいせいと面会している。


「そうかツンドラ帝国か......」

「曖昧な記憶なんだが、どこかで聞いたことがある」

「まあそうだろう。 それより、記憶のないお前にはまずこれを見てもらおうか」


 嬴政が、傍らの配下にうなずくと、巨大な地図が床に広げられた。大広間を埋め尽くすほど、巨大な地図には秦国以外の国家が記されている。天上界の世界地図というわけだ。

 長く立派な髭を触りながら、嬴政が指さしたのは秦国の横に水滴ほどの大きさで描かれている白陸だ。


「小せえ......」

「当たり前だろう。 建国したての国だからな。 それよりいいか? 俺達が暮らしているのは、天王の治める王都から見て南側だ」

「それでツンドラは?」

「ここより遥か北。 王都を越えて北側領土と呼ばれる地域だ」


 それは一体何千キロ離れているのか。ツンドラ帝国は、虎白が思っているよりも遥かに遠い国だった。

 天上界は巨大な円で例えると、四つの地域に分けられている。一つが天王の治める王都が円の中心にある。そして虎白と嬴政は南。メルキータのツンドラは北。さらに西と東にも数多くの国家が、ひしめき合っていたのだ。


「まさかこんなにデカいとは......」

「俺の秦国は、南側領土で二番目に大きい国家だ。 見てみろ。 北のツンドラは、秦国の倍もの国土がある」


 まるで体格が、一回りも上の相手と喧嘩をするようなものだ。ツンドラとの戦争なんて、馬鹿げたことを止めろと諭すように話す嬴政は、虎白の顔を鋭い眼差しで見た。


「まともにやり合えば勝てないのはわかった。 だがどんな時でも逆転の策ってのはあるもんだ」

「ふっ昔のお前に戻ってきたようだな」


 地図を見つめる虎白は、強大なツンドラの隣にある小国の存在に気がついた。嬴政の顔を見ると、彼は口角を上げている。


「さすがだな。 ツンドラと戦うなら、このスタシア王国という小さな国を味方につける必要がある」

「周辺の国はデカいのにスタシアって国は小さいな」

「周辺の国はツンドラと同盟を結んでいるが、スタシアだけは一向に同盟を結ばない」


 スタシアという国の名前を聞いた時、虎白を頭痛が襲った。頭を抑えて、白髪をむしり取るほど拳に力を入れている。

 嬴政が背中をさすると、大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻した。


「テッド戦役だ......北の超大国スタシアは、冥府との戦争の主力として世界から期待されていた......」

「思い出したか。 その通りだ。 そして冥府に敗北したスタシアは、王を失い、一気に衰退してツンドラが力をつけた」

「昔はツンドラが小さく、スタシアが大きかったな」


 思い出した記憶の断片に、スタシアの王がぼんやりと蘇っている。彼は、見ず知らずの虎白や嬴政を自分の配下に加えて、冥府と戦った。

 兵士は王の背中に憧れ、王の声は兵士を勇気づけた。そんな気高きスタシアの王は、冥府の将軍に討ち取られた。それから二十四年が経過した今も、スタシアはツンドラと戦っているというわけだ。


「先代の王が討ち死にしてしばらくは、崩壊していたが、最近になって王の孫が即位したんだ」

「じゃあ彼らに協力でもすれば、ツンドラと戦えるかな?」


 嬴政は、うなずくことはなかった。そこまでしてツンドラと戦いたい理由は。皇女が助けを求めてきたと言えど、言ってしまえば他人の揉め事だ。

 自ら危険を承知で、北側領土へ行く必要があるのだろうかと嬴政は考えている。


「わかってるよ。 お前が言いたいことは。 行く必要はある。 俺を頼っているからな」

「だが兵士はいないから俺と秦軍にも同行しろと?」

「............」


 二人の間に沈黙が流れた。同時に酒を飲み干すと、静かに立ち上がった。嬴政は右へ虎白は左へ歩き、互いに一定の距離を保っている。


「俺は反対だ」

「俺はスタシアにも協力したい」

「意見が合わない時の俺達のやり方は」

『勝った方が決める!』


 宝剣と刀が激しくぶつかった。

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