第2ー8話 女山賊の任侠道

そして夜になり、笹子を寝かしつけた虎白と竹子は、狭い寝室で向かい合っている。


「笹子には悪いことをしたな」

「でも仕方ないよ......危ないことだったもん」

「俺は悩んでいるよ。 笹子に危ない思いはさせたくねえ」

「でも笹子は絶対に嫌がるよ」


 新納が命よりも優先した笹子の幸せ。託された虎白は、危険なことに笹子を連れて行くことが、果たして幸せになるのだろうかと。

 だが笹子は、置いていかれることによって、自分だけ除外されていると感じている。これから建国をする大事な時間を、自分だけ仲間外れのように。


「笹子は十分に強い。 あの時は、鬼なんて相手にしたからだ......記憶が戻った今。 俺はあの霊界での死闘を生き延びたのを、奇跡だと思っている」

「そうだね......笹子は、自分の弱さを呪い、自責の念に苦しんでいる......本当に可哀想に......」


 あの霊界での戦闘は、どうすることもできなかった。決して笹子の責任ではないのだ。それでも自分を責めている笹子のためを思えば、危ないことに連れて行くべきではない。

 寝返りを打って虎白の腕を掴んでいる笹子は、ムニャムニャと寝言を言っているが、何度も新納の名前を口にして、謝っている。


「見てられねえな......」

「笹子がこれ以上、悲しまないように私達も強くならないとね」

「そのためには、強力な国家を作ることだ。 山賊なんぞに邪魔されてたまるか。 明日もう一度、行くぞ」


 その晩は、川の字になって笹子を真ん中にして眠った。



 一夜明け、三人は刀を手にして、再び森へと入った。


「いいか笹子。 相手には、半獣族とか言って知能を持った喋る獣がいる」

「へえ凄いねえ」

「かなり凶暴だから気をつけろよ?」

「うんわかった!」


 そして歩くこと数分。昨日、襲われた場所へと戻った三人は、警戒しながら進んだ。

 しかし今日は襲って来ないではないか。夜叉子の口ぶりでは、命の保証すらできない様子だった。襲って来ないことが、逆に不思議に感じている虎白と竹子は、不気味さを感じながら、さらに進んだ。


「ん? なんか臭うな」

「私にはわからないなあ」

「これは血か? もうすぐ山頂に着くぞ。 夜叉子達は、何をしているんだ」


 血の臭いを辿りながら、山頂へと進むと、山小屋が並んでいる。血の臭いがさらに増し、人間の竹子達にもわかるほど強まった。

 山小屋へ近づき、静かに刀で扉を開いた。


「こ、これは!?」


 山小屋の中から強烈な死臭がした。中には、重傷を負った多くの人間が、横たわっているではないか。

 三人はその光景に言葉を失っている。


「来るなって言ったはずだよ?」

「や、夜叉子!? これはなんだ!?」

「見ての通り怪我人さ。 あんたらには関係ないよ。 消えな」


 怪我人の多くが、人間だ。半獣族ばかりの山賊衆にしては、不可解だ。


「こいつら何処から連れてきたんだ?」

「そこら中さ。 連中はね。 死んでも誰にも悲しまれないような奴らばっかりさ」

「どういうことだ?」

「天上界の国同士の争いで、家族を失った者や、元犯罪者で更生したけど、被害者に恨まれて襲われた奴。 みんな心に闇を抱えた連中ばかりさ」


 夜叉子は、丸太に腰掛けると、煙管を吸い始めた。彼女の顔は、どこか悲しそうでもあった。吸った煙を、大きく吐き出すと、空を眺めた。


「残酷だよね。 人間ってさ、一度歩んだら後戻りできないもんだよ。 連中の身に起きたことは、時間を戻せない限り、どうすることもできない」

「だからお前は、こいつらにやり直す時間を与えようと?」

「どうせ嫌われもんさ。 だったら山賊にでもなって、私が面倒見てやろうと思ってね。 略奪に出るのも、人の痛みを知らない連中から奪ってるのさ」


 これが女山賊の目的だった。戦争難民や、未来を失った元犯罪者。既に行き場を失い、誰からも期待されなくなった者達に未来を与えていた。

 現に狩人の夜叉と呼ばれる、凶暴な山賊衆が略奪に現れるのは、決まって強大な軍隊の基地などであった。か弱き民への略奪は、一度もなかった。


「まあこれも何かの縁だね。 酒の一杯ぐらいはご馳走してあげるから、飲んだら消えな」

「待てよ。 じゃあお前は、そのために天上界の極悪人になってんのか?」

「ふっ。 極悪人ねえ。 それは視点を変えれば、どっちが極悪人なんだろうね」


 弱者を無視している者は、極悪人ではないのか。自分の生活だけ安定して、良い暮らしができれば、善人なのか。

 夜叉子にとってその考え方が、何よりも嫌悪することだった。


「力がついたら、力のない者に寄り添ってあげるのが仁義ってもんだよね。 力を弱者に振るうのは、善人でも何でもないさ」


 その時、虎白は気付かされた。天上界の法に従っているだけでは、彼らのような最底辺の弱者を見ることもできなかった。

 それではまるで、人間に封印されている時に見た、どこぞの誰かのようになるところだったのだ。


「なあ竹子」

「うん?」

「夜叉子に家族になってもらえねえかな?」

「ええ!?」


 紛れもなく、夜叉子には、虎白の見えていない世界が見えている。大陸の全てを白く、平和な世界にするには、夜叉子の力が絶対に必要だと思ったのだ。

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