第2ー5話 白き大陸と山賊

 秦国から少し離れた平原にて、虎白による国家が誕生しようとしている。既に平原には、嬴政から送り出された大量の人員が、控えている。


「陛下の命令により、お手伝い致します」


 赤いマントを羽織る、秦国の将軍が、右拳を左手で覆う仕草をしている。これは、秦国の礼節を尽くす作法で「拝手はいしゅ」と言う。

 将軍に挨拶を済ませた虎白は、早速動き始めた。国家として最初に建てなくてはならないのは、虎白達が暮らし、国防の司令塔ともなる「本城」だ。


「城攻めとは、攻め手が十倍の戦力がなくては落とせないと言われている。 それだけ効率良く、敵を撃退できる城にする」

「ご意見致します鞍馬殿。 我ら秦国は、城壁で街全体を囲む『総構え』という手法を用いています」


 総構えとは、民家、田畑、市場、そして軍事施設の全てを城壁で囲むという巨大な要塞だ。

 嬴政の治める秦国では、こうした総構えの城が基本だ。


「わかった。 じゃあ総構えで城を作ることにする。 ただ、細かい国の作りは、俺達の好きにさせてくれ」


 こうして作業は始まった。虎白と竹子は、秦国の作業員と共に資材を運びながら、会話をしている。


「国の名前はどうするの?」

「そうだなあ......」

「虎白は白い狐だし、白って文字を入れるのは?」

「白か......陸地が白......白とは、汚れなき色であって、身の潔白だなんて言うしな」


 虎白は、人間の中に封印されている時に、何度も見てきた。国を統べるはずの、お偉方による不正や、汚職。

 果たして、それが国を正しく、豊かな方向へと導けるのだろうか。公平な選挙とは、名ばかりで結局は、根回しを多くしたものが勝つ。どす黒く染まった統治の犠牲者は、下から順に払われていく。


「黒く染まれば、国は衰退する......俺達が、白い政治を行い続けなければならない。 そしていつの日か。 この天上界の陸地を全て純白の政治で守るんだ」

「名付けて白陸しらおかね!」

「ああ、白陸だ」


 かつて親友の嬴政も暴君と言われ、忌み嫌われた。しかし彼は、秦国に敵対する勢力から民を守るために、防御設備を固めようとした。

 だがしかし嬴政の考えは、か弱き民からすれば、終わりのない重労働。作業中に命を落とした者は数知れなかった。だからといって作業を止めてしまえば、敵勢力からの侵略は終わらない。


「大変なのはこれからだ。 まだ民はいねえが、これから移り住んでくるだろう。 彼らが住みやすく、彼らの安全を守るのが俺達の仕事ってわけだ。 自分の欲求や身の保身に走ってる暇なんてねえぞ」


 小さく話して、遠くの景色を見ている虎白の眼差しは、まるで誰かに語りかけているかのようだった。

 隣で見ている竹子は、嬉しそうに微笑み、同時に赤面した。遠くを見ている眼差しは勇ましく、弱者に寄り添う強者のようだからだ。この眼差しを自分に向けてほしいと心の中で叫んだ竹子は、着物を汚しながら、作業に戻った。


「鞍馬殿。 少しお話があります」

「どうした? 問題か?」

「ええ。 作業に関しては、何も問題ありません。 ですが......」


 強張った表情をする秦国の将軍は、言葉を詰まらせている。やがて、虎白を作業台にまで連れて行くと、広げられている地図を指さした。


「ここの森林がわかりますか?」

「随分と広い森だな」

「ええ、そして森を進むと、山があります。 我ら秦軍も演習で使っていたのですが......」


 使っていたという過去形を疑問に感じた虎白は、首をかしげている。将軍は、大きなため息をつくと、秦国が抱える問題を語り始めた。


「実はですね......あの森には最近住み着いた山賊がいるのです......」

「山賊か。 資材でも奪いに来たか。 討伐軍は出してないのか?」

「そ、それが......何度も出しているのですが、その度に撃退されていて......」


 その言葉に虎白は、耳を疑った。秦国は、強大で、兵士の質も他の弱小国とは比べ物にならない。

 人類史上で初めて帝国を作り上げた秦国ともあろうものが、山賊程度に苦戦するはずもない。それがどうしたことか。驚きを隠せない虎白は、黙り込むと、作業している竹子の小さい背中を見ている。


「俺達が行ってこようか。 連中は資材を奪いに来るだろうしな。 世話になっている秦国の問題を解決できるなら、任せてくれ」

「本当ですか!? そ、それは陛下もお喜びになるかと」


 この場にいても、資材を運ぶ程度の手伝いしかできない。だが、山賊退治なら虎白にとってさほど難しい仕事ではなかったのだ。

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