OP2[獣]
血の獣、コーマ−①
* * *
急転直下。
リ・インカーネーションの導きによって私の意識は別の肉体へと移り変わる。
こんにちは世界。
私は”わたし”となって再生。
まあ、本当の自分なんて、なんでもいいけど。
わたしは目を覚ました。
視界は麻袋で塞がれていて暗く、何もみえない。
身体を起こすと、頭がごつんと何かにぶつかった。
指で触ると、どうやらガラスか何かの壁みたいだった。
勢いよく腕でそのガラスを跳ね除けると、どうやらそれはガラス製の蓋のようなものだったらしく、どこかへ飛んでいって、割れた音がした。
ひどく大きな音だった。
わたしは麻袋を自分の頭から取り去る。
慣れ親しんだかつてのわたしの根城……ロキソプロフェン城の中に、わたしは寝かされていた。
「……ホルマリーナ?」
誰もいない部屋の中で、わたしはそっと呟く。
……返事はない。
それでようやく、わたしは理解した。
「……そう、殺されたんだね」
ホルマリーナは死んだ。
だからこそ、わたしが目覚めたのだろう。
わたしのもう一人の”私”である彼女。その死に立ち会えないことが少し悲しい。
でも、これはわたしが決めたことだ。
わたしの聖臓(オルガン)……心臓の〈マイ・フェア・レディ〉は自身の別人格を具現化し、意識をシフトさせて自在に操る力を持つ。
おかげで意識を失った”わたし”はこうして城の中に寝かされていた。
白雪姫みたいにわざわざガラスケースに覆ってくれたのは、ウォルスリーだろうか。
……いい趣味とは言えないけど。
「あの男の子を探さなきゃ……」
寝台から降りたわたしは、はだしのまま城の中を彷徨うことにした。
ホルマリーナが異世界から連れてきた少年。
あの男の子こそ、デルレイを殺す光になり得る存在。
城の二階からなにやら物音がして騒がしい。
彼はそこにいるのだろうか?
階段の手すりに手をかけたとき、わたしは自分の左腕に血液でなにか文字が書かれていることに気がついた。
筆跡は自分のもの。おそらく、ホルマリーナが書いたものだろう。
”空間をも切断する”
そこに、そう書いてあった。
血液の文字は”自動筆記”としてわたしたちの肉体をリンクする。
ホルマリーナが死の直前に書いたものだとしたら、これは何らかのメッセージに違いない。
意識は戻っても、ホルマリーナの記憶までもが戻るわけではない。
まったく、この力の煩わしいところだね。
わたしは城の二階へと上がっていった。
二階廊下まで出ると、そこはまるで戦場のようにあちこち家具が散らばり、切り傷がつき、しまいには壁に大きな穴があいていた。
その穴を覗き込む。
「ハア……ハア……」
口元を真っ赤にした少年が、右手にドクドクと脈打つ”心臓”を握って立っていた。
足元にはこの城の住人であるリバティと、それから見知らぬ青年が並んで倒れている。
少年は息を荒くしながら、手に持っていた心臓を切り裂かれた自分の腹の中に、ぐぐ、と押し込んだ。
その瞬間、青白い輝きとともに、少年の中に収められた心臓が大きく脈を放つ。
じろり。
少年と目があった。
わたしはその目を知っていた。
少年は左手に食事用のテーブルナイフを握っていた。
それはひどく血で汚れていて、あの心臓はそのナイフで抉ったんじゃないかと想像できた。
少年は怯えていた。
「俺……オレ……ああっ……!」
少年はそのまま、部屋の窓を突き破って外に飛び出した。
身体にガラス片が突き刺さるのもかまわず、彼はそのまま空中に飛び降りようとする。
「待って」
わたしの声をきいた少年が、一瞬動きを止める。
聞き覚えでもあっただろうか。
「わたしは白亜。あなたの名前は?」
少年が振り向く。
その背には、いつしか薄紫色の透明の羽根が生えていた。
いや、あれは羽根ではないか。
言い換えるとそう、まるで、大きくて綺麗な、処刑用の鎌。
少年の織りなす、六本の鎌だ。
「オレは、”コーマ”」
少年はゆっくりとそう答えた。
「意味は”昏睡”だってさ……」
「そう」
「元の世界でも、この世界でもオレは誰かに死んでくれって思われてる。殺されそうになる。本当にオレを殺したのは”俺”なのにさ……君はどうなの?」
少年がゆらりと背後の鎌に手をかける。
これは……”質問”だろうか?
それとも、”脅し”?
わたしは何も答えなかった。
「白亜……彼を逃がしちゃ……だめ」
床に倒れていたリバティが、わたしの姿に気づいて苦しそうにうめく。
わたしは頷く。
「わかってる」
その様子に、少年は逆上した。
「”わかってる”だってェ!? あははは! やっぱりお前たちはオレを捕まえて殺す気だったんじゃないか! 優しい言葉で油断させておいて! そいつも、あの爺さんも、あのホルマリーナとかいう女の人も!」
「……」
「誰が味方で、誰が敵かなんてどうでもいいんだよ! オレはただ、帰りたいだけなんだ。そこに倒れている男の人が言っていた。内臓を六個集めれば、元の世界に帰れるんだろ?」
少年の背後の鎌が、いっせいに私に向かって刃を向ける。
「もう誰も信用なんてするもんか」
そう言って、少年はわたしへ向かって鎌を振りかざした。
六本もの鎌がまるで意思を持つように少年の背中から伸びて、わたしの全身を斬りつける。
その瞬間、わたしは身体を動かせなくなった。
「”スピードを殺す”……ヒャハハッ! 本当にオレにもできたよ! すげえなこれ!」
少年がナイフを握ってわたしに近づいてくる。
口元を血に染めて。
その姿はすでに人ではなく、ただの獣にしか見えなかった。
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