血の獣、コーマ−②

「ねえ、君のすごい内臓は、どこにあるの?」


 ナイフの先端を舐めながら、少年が尋ねる。


「……心臓よ」


 ここ、と言ってわたしは胸を指差した。


「なんだ、同じ心臓かあ」

「ねえコーマ君、わたしはあなたと戦いたくないよ」

「戦う? なに言ってるの? オレのこの力に敵う奴なんているわけないじゃないか。 こんな魔法みたいな力、元の世界ではアニメでしかみたことなかったよ」


 わたしは部屋の床に少年の内臓が瓶詰めされて転がっていることに気がついた。

 ああ、なるほど。

 この子は自分の内臓を抜き出されて殺されそうになっていたところ、どうやったかは知らないけれど、他人の聖臓(オルガン)を奪って、自分の心臓と置き換えたのだ。


 よりによって、その聖臓(オルガン)は上等なものだったらしい。

 わたしが身体を動かせないのも、少年が力を使えているのもそのせい。

 おそらくは、心臓の持ち主はいまこの部屋に倒れているあの青年のもので……、彼はコーマを襲いにきたデルレイの配下なのだろう。


「……かわいそうに。聖臓(オルガン)に魅入られたんだね」

「え……?」

「直ぐに拒絶反応(HVG)が起きるよ。もっとも、もうはじまっているのかも」


 コーマの肉体ががくがくと震え始める。

 それから頭痛でもするのか、彼は頭を抱えて床に転がった。

 わたしはそれをみつめる。


「なん……なんだよ、コレッ!?」

「君が聖臓(オルガン)に拒絶されているんだ」

「たすけて、お願い、たすけ……ウボォェッ!!」


 少年は口からせりあげてきた赤黒い塊を嘔吐した。

 その瞬間、少年の背後にあった鎌の羽根は消える。

 赤黒い血の塊はまるでバターを溶かすように床に染みをつくり、その中心からはドクドクと脈を打つ心臓が現れた。


 コーマは気絶した。

 それと同時に、わたしの身体も硬直から開放される。

 わたしはその心臓を拾うべく、手を伸ばした。


「あーら、残念。その心臓に手をつけちゃあダメよぉ〜〜〜↑↑」


 背後から聞き覚えのない声がきこえる。

 振り向く間も無く、わたしの背中には何かの先端が当てがわれていた。それが武器であることは考えるまでもない。

 声がするのと同時に、部屋の内部には大勢の甲冑頭の兵士が続々と乗り込んできたからだ。


「やだガトウちゃん、負けちゃってるじゃなぁ〜い!! アナタほどのいい男が負けるなんて何があったのォ!? 聖臓(オルガン)まで抜き取られちゃって……」


 わたしの視界に映った、その声の主。

 犬の頭をした筋骨隆々の大男だ。手には銀色の巨大ストローみたいなものを持って、クネクネと身体をよじりながら喋っている。

 おそらくは、この城を襲撃した連中だろう。


「ああでも、手術(オペ)は終わってるのねぇ。全身、生臓(オルガン)の所有者(ドナー)……その内臓は全てアタシ達のモノって訳よね!」


「……君は誰だい?」


 唐突な温度差の変化に気疲れしそうになりながらも、わたしはその犬頭に話しかけた。

 並んだ牙に、したたるヨダレと長い舌。

 獣と呼称するにふさわしい見た目の男(?)だ。


「シ・ト・ラ・メ・ン・デ! やだもう!一日に二回も名乗らせないでよ!! あんたたちがわざわざ運んでくれた内臓の受取人、美のカリスマ、”シトラメンデ卿”よぉ!!!」


「ああ、そう……」


 それじゃあ”敵”だね。

 わたしは目の前に倒れている三人の男たちへ両手を伸ばすと、それぞれに付着した”血液”を集めて浮遊させ、部屋の上空に真っ赤なエイを泳がせた。


「あら……」

「わたしは白亜。”白亜・ロキソプロフェンデ・ヴェン・ネフローゼ”。この城の主なんです」


 ふよふよと気持ちよさそうに泳ぐエイを見つめる集団と、犬頭のシトラメンデ。

 しばらくした後に、シトラメンデは何かに気がついたようにはっとした。

 

「主? ってことはデルちゃんと同じね? って事はぁ……アンタがこの中で一番良い”内臓”を持ってるってコト?」

「だったらどうする?」


 わたしが微笑む。

 シトラメンデは犬の顔でぐにゃりと笑うと、やけにドスのきいた声でわたしに言った。


「ブッコロス」


 イ・イ・イ・イ・イ……

 シトラメンデの身体が大きくしなる。銀の巨大ストローに力がこめられてゆき、ミシミシと音を立てるのがきこえてくる。


「イイイイイイイイイ”イゾワールの突き”ィィィィイイイイイイ!!!!!!!!」


 空間が歪みそうなくらいの高速で放たれるシトラメンデの一撃が、わたしへ向けられる。

 相手の動きを見てから防御することは不可能だろう。

 そう考えていたわたしはあらかじめ、周囲の血液で作った魚で自分の身を守っていた。


「楯鱗(プラコイド)」


 ギャリン! という音とともに、わたしの前に現れた血液のエイがシトラメンデによる刺突攻撃を受け流す。

 シトラメンデの巨大ストローの槍はそのまま城の壁を貫通し、まるで大砲でも放たれたかのように城壁におおきな穴をぶちあけた。


 がらがらと瓦礫が部屋の天井から降ってくる。

 なんという破壊力だろう。

 彼の仲間である甲冑頭たちも、その瓦礫にのまれて倒れてゆく。

 こいつ、私の家でもあるこの城をよくも破壊してくれる。


「もう一撃イクわヨォォォオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」

 

 シトラメンデがストローを引き寄せる。

 さっきのアレをもう一回? 勘弁してほしいな、まったく。

 

 でもそれは、わたしの想定通りの展開だった。

 周囲が取り乱し、慌てふためく隙を狙い、わたしは倒れているシトラメンデの仲間……その青年の口元に血で作られた小魚を泳がせることに成功していた。

 その背後では、身体が動くようになったリバティが瓶詰めされた少年の内臓を拾いあつめるのがみえる。

 ……今だ。


「”マイ・フェア・レディ”」


 わたしの発する言葉と同時に、”私”の意識は青年へとうつりかわった。

 ”わたし”は気絶し、倒れていた青年はむくりと起き上がって倒れる”白亜”の身体を抱きとめる。

 ……スローモーション。

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