デスパレヰシオン-②
俺の瞳に触れていた蛾灯の指が、ぴたりと動きを止める。
眼球。それが欲しいんだろう。
俺は目を閉じたまま、いずれゆっくりと抉られる感触がやってくるのをじっと待つことにした。
「……怖くないですか?」
「……」
「君も可哀想ですね……でも安心しなさい。君にもいずれ、この”世界”に慣れるときが来ますから」
ぐぐ、と蛾灯の指に力が入る。
痛みがないなら、もう何も怖くはない。
俺の身体はすでにカラッポになってしまった。今更、両目を失ったって恐れることなんて……
そう思った時だった。
部屋の壁が爆破でもされたんじゃないかと思う音がしたかと思ったら、俺の顔にぬるっとした生暖かい液体がかかる感触があった。
蛾灯の指が止まる。
……何だ?
俺はゆっくりと目蓋をあける。
すると目の前に、何本もの剣やら槍が突き刺さった蛾灯悠一郎の身体があった。
口から血を吹き出し、俺の顔を目を見開いてみつめている。
「おや、おや……」
蛾灯悠一郎が血を吐き出し、俺の顔にそれがかかる。
彼はゆっくりと立ち上がると、動体に背中から何本も武器を突き刺したまま、自分の背後へと振り返った。
「……僕の寝室で何やってんの?」
聞き覚えのない声がした。
少年のような、少女のような。
昔、小学校でいちばん声の綺麗な子が合唱のソロパートを任されていたことがあったが、声の感じはその子によく似ていた。
「あー! ベッドが血だらけ……というかまず、あんた誰?」
「……蛾灯、悠一郎と申します」
蛾灯がコートの下から透明な鎌を取り出す。
ゆらりと自分の目の前でそれを回すと、蛾灯はそのままもう一方の腕で己に刺さった武器をずるずると引き抜いた。
「素敵なご挨拶をどうも。ちょっと、感動してしまいました」
「膵臓・腎臓・胃には不意打ちで必ず食らわせるって決めてるから。あんたがまだ聖臓(オルガン)を使えているってことは、あんたの弱点は目玉か肺か心臓になるわけだ」
「そんな推察をせずとも、私の聖臓(オルガン)はココですよ」
武器を全て抜き取った蛾灯は、血塗れになった指先で己の胸をトン、と叩いた。
「心臓です。さあ、狙ってみてください」
「教えてくれてありがとう。じゃあそうするね」
無感情に答える少年の声。
俺は首だけをぐぐ、と持ち上げて蛾灯が立っている場所より奥にいる声の主をみようと試みた。
なんとか視界が動かせる。
石造りの壁が破壊された穴の奥に、帽子をかぶった金色の髪の男の子が立っている。
誰だろう。
あの壁を破壊したのはあの子がやったんだろうか?
そのときふと、俺は自分の腹部が赤く染まっているのに目を向けてしまった。
腹の中心部に、縦にまっすぐ伸びた赤い筋。
蛾灯が切り裂いた跡だ。
気のせいか、おなかの部分がぺっこりと沈んでいる気がする。
気のせいじゃない。俺の内臓は、ほとんどあの男に抜き取られてしまっているんだ。
(く、そ……)
言いようのないショックが全身を襲った。
自分の身体の一部を奪われる。それは例えられないくらいのひどい喪失感だった。
自然と涙が流れる。
このうえ、蛾灯は俺の眼球まで奪おうというのか?
(ふざけんな……)
声が出ない。
身体も動かせない。
蛾灯は確か、もう二度と、という言葉を口にしたような気がする。
それが本当なら、俺の身体はもしかして、もう……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます