デスパレヰシオン-①
「私の同僚に聞いた話ですが、この世界にやってくる者は、元の世界で自ら命を絶った者なんだそうですよ。コーマ君、あなたもそうなのだとしたら……フフ……いえ、すみません。私はね、この世界は誰かが作った”地獄”だと思っているんですよ。私たち、人の形を有した何かが"人間らしさ"を求めて互いの内臓を求めて殺し合う……なんとも滑稽で、なんとも素敵な世界だとは思いませんか?」
右の肺。
べりべりと、俺の胸から剥ぎ取られる感覚。
そうだ、俺は飛び降りたんだ。
どこかの屋上から、頭から真っ逆さまに……。
何のため?
「左の肺」
べりべり。残るはなんだっけ。眼球?
”即死”という状態を作りたくて、俺はわざわざ高いところから落下することを選んだ。
何のために?
そういえば、俺はこの世界に来る前に、妹の病室にいたんだっけ。
それがどうして、飛び降り自殺なんてしているんだ?
「さあ、コーマ君……最後は〈眼球〉です」
覚悟はいいですか……?
暗闇の中で、蛾灯悠一郎の声が聞こえて、両方の目蓋に彼の指が触れる感覚があった。
覚悟……そうか。
思い出した。
俺はあのとき、ベッドで眠る妹の隣で覚悟をしたんだ。
幼い頃から皆に愛されていた妹は、一日中父さんと母さんがつきっきりで看病をしていた。
でも、妹の病気は難病で、治療には全身の臓器を移植する手術をしなければならなかったんだ。
俺たち家族は提供者(ドナー)を探していた。
でも、そんなに都合良く複数の臓器を提供できる場所はどこにもなかった。
当然だ。
人ひとりをまるごと作り替えるくらい、妹に必要な臓器の数は多かった。
たとえ交換したって、妹が歩けるまで回復する見込みも100%ではなかった。
誰もが諦めていた。
そんなとき、母さんが暗闇の中で、俺に向かって呟いた。
”お前が代わりになればよかった”
泣きながら、そう言ったんだ。
俺は、自分が何を言われているのか、よくわからなかった。
わからないなりに、それでも理解しようとしてしまった。
俺は外科医の先生に直接会いに行って、「俺の内臓を使えば、妹を助けられますか?」と聞いてみた。
先生ははじめ戸惑っていたが、「可能ではあるけど、そうしたら君が死んでしまうよ」と冗談まじりに答えてくれた。
念のため、他の先生たちにも聞いてみたが、答えはみんな一緒だった。
俺は病室に戻ると、ベッドで眠る妹の顔を眺めた。
ただ眠っているようで、着々と死に近づいているその横顔をみて、俺は覚悟を決めた。
”俺が代わりになればいい”
なんてことはない俺の人生より、皆に愛される妹の人生が後に続けば、そのほうがいい。
きっと、そのほうがみんな幸せになれる。
心のどこかでは「そんなワケあるか」って思っていたけれど、俺はもう止まれなかった。
建物の階段を上がり、屋上に出る。
持ってきたノートに死後の自分の臓器の使い道を書き記す。
こうするに至った経緯や、自分の思いなんかもそこに書き殴ってやった。
柵を乗り越え、はるか下にある地面を覗く。
風が強い。
ここまで来て、俺はやはり死ぬことが怖くなった。
妹を生き返らせるために自分が死ぬなんて、馬鹿げている。
……死ぬのが、怖い。
そう思い、柵の内側に戻ろうとした瞬間だった。
突風が吹き、俺の身体は大きくその場で上半身を煽られた。
両手が柵をつかもうとするも、もう届かない。
俺の身体は圧倒的な浮遊感に包まれ、真っ逆さまに地上へと落下してゆく。
嫌だ、と思っても止まらなかった。
走馬灯なんて気の利いたものはなく、数秒のあいだに俺の身体は地面へと辿り着いた。
当初の予定通り、頭の天辺から。
俺の人生は、そこで終わった。
そこで終わった筈だったのに。
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