ロキソプロフェン廃城襲撃-④
* * *
「コーマ君……五体満足で綺麗なカラダをしていますね」
「……!!」
「こんな完璧な所有者(ドナー)を壊すのは勿体ないなあ。いくらデル様のためとはいえ」
身体を動かせないままベッドに寝かされ、ナイフの先端でシャツのボタンをひとつひとつ取り外されながら、俺はただ恐怖に耐えていた。
俺の身体を拘束する張本人……蛾灯悠一郎(ガトウ ユウイチロウ)。
こいつは、やばい。
俺の本能がそう告げていた。
「うわあ……綺麗な肌だなあ。なんだかお花みたいな匂いもする。"新鮮"はやっぱり違いますね」
ちょんちょん、とナイフの先端で俺の胸元をなでながら、蛾灯は気色悪いセリフを吐き続ける。
ひやりとした感触が肌に伝わる度に、俺はその先端に肌を切り裂かれるのではと怯えていた。
「……怖いですか?」
「……!!」
「大丈夫。"痛みは殺してあげます"から。あなたの6つの臓器はこれから、私の主人であるデルレイ様に捧げられます。あなたの6つの聖臓(オルガン)を使って……」
「……?」
「デルレイ様はようやく〈人間〉になるのです」
蛾灯のコートの下から、六個の透明なガラスケースが転がり落ちる。
大きさはラグビーボールくらいで、それがなぜその大きさなのか、なぜ六個なのかと考えた時、俺の嫌な予感は的中した気がした。
「……今、あなたの痛覚を切りました。目は閉じていても開けていても構いませんが、自分の内臓なんて見ないことをオススメしますよ」
「……」
「ああ……今、ナイフが入りました」
つう、と自分の腹部をナイフの先端で撫でられたような感覚がした。
痛みはない。
思い切り叫びたいが、声も出ない。
圧倒的な無力感から、俺は部屋の天井を見上げながら、一体なぜこんな目にあってるのかとひたすら自問自答を繰り返したくなった。
「まずは心臓……。ああ、とっても綺麗なピンク色ですね」
ぐしゅぐしゅ、という水の音がするとともに、俺の胸からプチンと何かが取り外される感触。
恐ろしい喪失感があった。
蛾灯がガラスケースの蓋をあけると、そこに俺の身体から取り出した”何か”を詰めて、クルクルと蓋をしてうっとりと眺めていた。
あの鮮やかな色をしたグロテスクな塊が自分の心臓だなんて、信じたくはない。
「手術中、ヒマでしょうから少しお話でもしましょうか……まず、この世界〈業世界(カルメリア)〉では人は臓器を失っても死ぬことはありません」
意識の外で、蛾灯が何かを喋っている。
興味はなかった。
蛾灯の手が再び俺の身体に伸びて、今度は別の臓器を切り取ろうとしている。
「この世界の住人は、常に新鮮な臓器を探して殺し合っています。臓器の中でも特に価値のある聖臓(オルガン)を6つ宿した者は、この世界ではないどこか別の世界に行けるという噂を信じているのです」
ぐじゅ、という音がして、今度は胃のようなものが俺の身体から抜き取られた。
なんでだろう。俺はこの光景と感覚を、前にどこかで体験したことがあるような気がする。
「この世界にはたまに、外の世界から君のような者が訪れます。当たり前のように完璧な臓器を揃えた君達は所有者(ドナー)と呼ばれ、この世界の住人……欠落者(レシペント)にその身を狙われることになります」
膵臓。
そう呟く蛾灯の指がまた、ガラスケースに俺の臓器を詰め込んでゆく。
あれは、そうだ。もっと眩しい光だった。
白い天井、水色の衣服、消毒液の匂い……。
それから、俺の心臓の鼓動をはかる電子音。
この光景は、手術室だろうか?
「所有者(ドナー)は聖臓(オルガン)を有していても、その力を使うことはできません。力を使うことができるのは、この世界の住人(レシペント)だけ。なんとも皮肉な話ですね。」
腎臓。
また一つ、俺の身体から臓器が奪われてゆく。
俺は集中するべく、目を閉じて記憶の光景をはっきり思い出そうとした。
深いモヤのかかった深海を手探りで潜ってゆくように。
手を動かすと、その水流でかすかにモヤが晴れる。そんなふうにして、俺は記憶の中に手術台に横たわる自分自身がいることを思い出した。
口元に呼吸器をつけられて、頭から血を流して手術台に横たわっている自分。
なんだこりゃ?
どうして俺は、自分の全身を俯瞰(ふかん)するようにして眺めているんだ……?
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