ロキソプロフェン廃城襲撃-③

   


  *    *    *



「いかん、シェパーズ!ここは任せるぞ!」

「一体どうしたってんだよ!?」


 跳ね橋での戦闘を下着一枚のシェパーズに任せ、ウォルスリーは城の内部に潜入するべくスーツの胸元から大きな地図を取り出して雨の中に広げた。

 城の設計図だった。

 ウォルスリーは城の構造をひとつひとつ指でなぞって確認し、他に内部に進入できる通路はないかと模索する。


「城壁を伝ってゆけば裏庭には出られるかもしれん……が」

 

 ちら、と降りしきる雨をみるウォルスリー。

 この雨、そしてこの老体では少しばかり難しいかもしれんな……かと言って、シェパーズを彼のもとへ向かわせたとて、私一人の力ではあの集団を抑えられない……


「うああっ!」


 考えを巡らせるウォルスリーの背後で、シェパーズの叫び声が聞こえた。

 ウォルスリーが振り向くと、そこには肩から血を流すシェパーズと、まるでパイプのように長い銀色の筒を構えた"犬の頭をした何者か"が対峙していた。


「シェパーズ!」

「あらやだぁ、当たっちゃった。ごめんなさい、動体視力が良くって」


 何者だ?

 ウォルスリーの額に汗がにじむ。


「下がれ、シェパーズ」

「ありえねえ、コイツ、俺の動きを読んで……」


 ウォルスリーがシェパーズに駆け寄り、容態を確かめる。

 シェパーズの右脇腹にはぽっかりと大きな風穴があいており、そこから内臓が露出していた。あの筒の先端で串刺しされたのだろう。


「聖臓(オルガン)は無事か?」

「ああ……」


 蒸気の力で高速移動を可能にするシェパーズの肉体を武器で貫くとは……。

 ただ者ではないことは確かか。

 ウォルスリーは戦慄し、目の前に現れた新手と対峙する。


「貴様、一体……」


 鷹のような瞳を闘気で凍りつかせ、ウォルスリーが"鳥籠"を構える。

 集団を指揮するように槍を高々とまわして見せる犬頭の新手……その人物は持っていた筒の一方に口をつけると、内側を流れ落ちてくる真っ赤な血肉をガブガブと飲み込みはじめた。


「ああ、新鮮な肉の味って最高……でも残念↓↓、その子の腎臓は聖臓(オルガン)じゃなかったのね」

「貴様、シェパーズの肉を……!」

「この武器、どうしてこんなに長くて筒みたいになっているかわかる? 獲物に突き刺したらそのまま肉が滑り落ちてくるようにアタシが設計したの」


 犬頭はそうして手の甲で口元を拭う。

 犬の毛にシェパーズの赤い血がべっとりと付着し、見た目はまさに恐ろしい獣のそれだ。


「ヒースローめ、やってくれる」


 ウォルスリーが舌打ちをする。

 まずい。

 ある程度の想定はしていたが、新手がこれほどまでに驚異であるとは読みが外れた。

 攻撃役のシェパーズは脇腹を抉られて重症、城内にはおそらくもう一人の刺客……この状況では助けに行くことはおろか、自分自身が無傷でこの場を切り抜けられるかどうかもわからない。


 ホルマリーナはまだ戻らないか。

 彼女が居てくれさえすれば、この状況はまだマシになっただろうに。


 ウォルスリーの額を冷や汗が伝う。

 まさしく窮鼠(キュウソ)、圧倒的劣勢の状況にただ思考だけを巡らせた。


「アタシはシトラメンデ。メイドの土産……じゃなかった、冥土の土産に名前だけ教えておいてあげる↑↑」


 すぅ、と空気が張り詰めるのと同時に犬頭は筒の先端をウォルスリーの心臓に向けて構えを取る。

 ……来る!

 そう察したウォルスリーもまた、鳥籠の蓋に手をかけた。


「ぃイイイ”イ”ィ”〈イゾワールの突き〉ィイイイーーーーッ!!!」


 犬頭が叫ぶ。

 周辺の雨が飛散するほどの衝撃とともに繰り出される高速の突きが、ウォルスリーに向かう。


「〈ホムンクルスの檻(バードケイジ)〉」


 ウォルスリーは鳥籠でそれを受け止めたものの、あまりの衝撃に体ごと後ろへ吹き飛ばされそうになる。


「ぐぅ……!」

「あら素敵な聖臓(オルガン)!! 心臓かな? 膵臓かな? 肝臓かな胃袋かな眼球かなァーッ!!? 全部ぶっさして食べてみればわかるかなァ!!!」


 突き、突き、突き。

 烈火の如く繰り出される高速の突きを、ウォルスリーは鳥籠で全て受け止め続けた。


 ウォルスリーの聖臓(オルガン)〈ホムンクルスの檻(バードケイジ)〉は膵臓に宿り、あらゆる〈敵意〉を持っている鳥籠の中に閉じ込める力を持っている。

 本来であればカウンター式に相手の攻撃を利用して反撃するはずの戦術も、相手との力量が開いていては防戦一方になるのは必然だった。

 ましてや、臓器は消耗品。

 このまま回復の暇なくして攻撃を受け続ければ、自分の身体がどうなるのか……ウォルスリーはそのことを理解しながらも、限界を感じつつある聖臓(オルガン)で攻撃を受け止め続けた。


(白亜様……!)


 ガラスの中に横たわる少女。

 その名前を思わず思い浮かべた瞬間、カチャリとウォルスリーの足元で小さく金属が落ちたような音がした。


(……これは)


 それが何なのか理解した瞬間、ウォルスリーの持つ鳥籠は破壊され、シトラメンデの一撃が彼の胸を貫いた。

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