ロキソプロフェン廃城襲撃-②
* * *
「はじめまして」
俺の目の前に立っている男はそう言うと、なんだかやけに整ったモデルみたいな顔でにこりと微笑んだ。
「あなたは?」
「蛾灯悠一郎(ガトウ ユウイチロウ)と申します。君はコーマ君、でしたっけ?」
「ああ……ついさっきそう名付けられました」
いつのまに部屋の中に居たのだろうか。
俺は少しだけ蛾灯と名乗る彼に警戒しながら、彼の話に耳を傾けていた。
「あの……何か用ですか?」
「いえ、用というほどのことはないのですが」
「……」
「この世界に来てから、この世界のことを何も知らない君が不憫だと思いまして」
「不憫?」
「ホルマリーナに会ったでしょう?」
その名前を聞いて、俺は少しだけ緊張する。
「彼女の力を見ましたか?」
「力?」
「そう、例えば……」
蛾灯悠一郎はそう言うと、コートの下から巨大な鎌のようなものを取り出して、俺の目の前に突き出した。
俺は思わずベッドの上で立ち上がる。
「そう怖がらなくて大丈夫。これは何者も傷つけられない武器……名前を〈シカゴ〉といいます」
「……!」
「この鎌は私の肉体……もとい臓器と一体化しており、私の心臓と繋がっております。あなたの世界の言葉で言うならば、そうですね……魔法の鎌、とでも言えばわかりますか?」
くるくると、目の前で蛾灯悠一郎は鎌を回転させる。
その鎌はガラスのように透けていて、透明ながら薄い紫色をしているようにも見える。
「このように、特別な機能を宿した臓器を聖臓(オルガン)と呼んでいます。部位は主に心臓・腎臓・膵臓・肺・眼球・胃の6種類がありまして、これらの臓器を移植された者はこうして特別な力を使うことができます」
「特別な力……?」
「はい。私の心臓〈シカゴ〉は特に優秀でして。何者をも傷つけられない代わりに、何事をも"殺す"ことができます」
そう説明すると、蛾灯悠一郎は鎌を大きく振り払い、俺の喉元へと切り掛かった。
咄嗟のことで反応できず、俺はその一撃をモロに食らってしまう。
切られた!
そう感じたのも束の間、俺の喉からは血液の一滴どころか、鎌の先端が触れた感触さえない。
どうなっているんだ?
「……?」
「ん……」
「……? ……!?」
「フフフ」
俺の様子をみて、蛾灯悠一郎が笑う。
おかしい。
奴の鎌で切られてから、声が、出ない。
喉元を押さえてうろたえる俺の姿に、蛾灯悠一郎は嬉しそうに笑顔をみせた。
「喋れないでしょう?"声を殺しました"から。もう二度と、あなたは声を発することはできません」
こいつ、まずい……。
己の身が危ないと察した俺は、叫ぶ代わりに部屋にあった金属の蝋燭台を壁に投げつけて音を立てる事にした。
誰か近くにいるなら、気づいてくれ。
「おっと」
蛾灯悠一郎はまるでそれを予期していたように、鎌で蝋燭台を斬りつけた。
時間が止まったように、投げられた蝋燭台は空中で静止する。それから、蛾灯の手が蝋燭台をゆっくりと掴んだ。
「"スピードを殺しました"。せっかくの二人きりの時間なんですから、邪魔をいれるのは無粋じゃあないですか」
蛾灯悠一郎はそう言うと、俺に向かって鎌を四回、斬りつけた。
右腕、左腕、右足、左足。
鎌に斬り付けられた箇所から、身動きがとれなくなってゆく。
俺の身体はベッドに仰向けに倒れ込んだ。
声も出せず、身体は完全に言う事をきかない。
表情だけで必死に抵抗をあらわすも、蛾灯悠一郎はそれすらもおかしそうにニコニコと笑っている。
「それでは、お楽しみの時間です」
蛾灯悠一郎は蝋燭台をテーブルの上に戻すと、コートのポケットから小さなナイフをゆっくりと取り出した。
それから、そのナイフで俺のシャツの第一ボタンをプチンと切り取ってみせた。
「このナイフは、聖臓(オルガン)ではありませんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます