ロキソプロフェン廃城襲撃-①

   


  *    *    *



「ウォルスリー!」


 階段の手すりの上を滑りおりてきたシェパーズが、部屋の中央に立っていたウォルスリーの隣に着地する。

 ウォルスリーは眺めていた懐中時計を胸元にしまうと、正面の扉に向かって歩き出した。


「彼は?」

「俺の部屋に匿ってある」

「よし。どうやら今回はいつもより数が多い。もしかすれば、デルレイの一味に彼の存在を感付かれたかもしれん」


 ポケットから黒い革手袋を取り出し、ウォルスリーは口元を使って器用に手袋をはめた。

 シェパーズはウォルスリーの隣を黙ってついてゆく。


「脈拍(bpm)は安定しているか? 少し手強そうだ」

「ヒースローの野郎がいると少し厄介だな……まあ、ホルマリーナがいねえしそれはないか」

「お喋りはここまでだ、シェパーズ」


 ウォルスリーが城の出口を開く。

 雨の降りしきる中、跳ね橋の向こう岸に松明を掲げた甲冑頭の人影が無数にみえた。


 槍と鉈を合体させたような形状の武器を掲げながら、その集団は雄叫びをあげて跳ね橋を渡ってくる。

 同時に、シェパーズも声を上げながら突進した。


「誰が通すかよ!」


 シェパーズの疾走からの右ストレートが、集団の最前列へと命中する。

 先頭の数名がその衝撃をもろに浴び、跳ね橋の下へと落下した。


「直撃!」


 爽快、とばかりにシェパーズが口笛を吹く。

 集団は武器を構えると、鎖がついた刃の先を何十本とシェパーズに向け、発射した。


「やべっ」


 狭い跳ね橋の上では逃げ場がない。

 シェパーズが思わず防御の姿勢をとると、素早くシェパーズの前に移動したウォルスリーが持っていた鳥籠をゆらり、と目の前に突き出した。


「〈ホムンクルスの檻(バードケイジ)〉」


 ウォルスリーの声に従うように、鳥籠の蓋が開く。

 その瞬間、放たれた刃が空中で軌道を変え、吸い込まれるようにして鳥籠へと向かってゆく。

 ウォルスリーは何十本という刃を鳥籠で全て受け止めると、そのまま腕を捻って繋がれていた刃の鎖を鳥籠の力で絡めとるように、いっせいに引きちぎった。

 ブチブチ、という金属から奏でられる暴力的な音楽が跳ね橋の上を満たす。


「さっさとウォーミングアップを済ませろ」

「悪りいな、ウォルスリー」


 シェパーズはウォルスリーに礼を告げると、そのまま城の入り口に向かってダッシュした。

 うおおお、と声を荒げながらシェパーズは疾走してゆく。


「折り返し!」


 そのまま、城の前でUターンして前線で戦うウォルスリーの元へと戻ってゆく。

 その途中、シェパーズがつけていたネクタイを外すと、彼の首元からブシュ、という音を立てて蒸気(スチーム)が漏れた。


「あったまってきたぜ!」

「遅い」

「どけ! ウォルスリー!」


 シェパーズの声を合図に、鳥籠で敵を翻弄していたウォルスリーが後ろに大きく跳躍する。

 入れ替わるようにして、走ってきたシェパーズが敵の目の前で両手を前に突き出す。


「溶けろ」


 ブシューという大きな音を立てて、シェパーズの両腕の袖から大量の蒸気(スチーム)が飛び出した。

 蒸気機関車が思い切り息を吐くように。

 跳ね橋の上は一瞬にして白いもやに包まれ、同時に恐ろしい熱が敵の集団を襲った。


 高熱を帯びた蒸気は敵の身体を急速に熱し、その皮膚を一瞬で爛れさせる。

 シェパーズの一撃により、集団の先陣は苦しそうに身悶えしながら跳ね橋の下へと転がり落ちて行った。


「熱っちィ!!」


 シェパーズがもう我慢できん、とばかりにスーツのジャケットとシャツを脱ぎ捨てる。

 露わになった肌は真っ赤に染まっており、シェパーズに降り注ぐ雨は彼の肌の上で即座に蒸発した。


「雨で蒸気(スチーム)の調子がいいぜ! もう一発食らわせてやるから覚悟しろよな」


 敵の集団はひるむことなく、次の一撃を放つべく武器を掲げる。

 放たれた鎖と刃を避けながら、上半身裸のシェパーズが跳躍し、宙を舞う。


「そこだ」


 敵の密集しているポイントを狙い、シェパーズが両足の裾から蒸気を発射する。

 さっきと同じように集団を熱が襲い、巨大な蒸し窯のごとく辺りを白いもやが覆う。

 着地したシェパーズは己の体温の上昇に耐えきれず、履いていたスーツの下を脱ぎ捨てて、ついには下着と靴を履いているだけの状態で勝ち誇っていた。


「おとといきやがれってんだ」

「……妙だな」


 その様子を背後からみていたウォルスリーが口元に手を当てて思案する。

 この集団、何かがおかしい。


 まるで、見せかけの敵意で我々を翻弄しているような……

 その真意に気がついた時、ウォルスリーは思わず叫んでいた。


「まずい!」

「え?」


 ウォルスリーは既に、城の内部へ向かって走っていた。

 あからさまな陽動。

 気がついた時にはもう遅く、城の扉は押しても引いてもびくともしなくなっていた。


「やられた……!」


 雨の中、"彼"がいる部屋の位置を見上げてウォルスリーが呟く。

 敵の本丸はすでに、もうあそこに居る。

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