旧市街-④
「飛び降りた?」
「そう」
彼女の言葉が俺の脳内でハンスウされる。
飛び降りた? 誰が? まさか俺が?
「やっぱり、覚えてないんだね」
俺の手を振りほどき、ホルマリーナは路地の先へと歩いてゆく。
わけのわからないまま、俺はその後についてゆくことにした。
「ここは……外国?」
「言ったでしょ。ここは業世界(カルメリア)。君やあたしのような業の深い者が集まる場所」
テレビでよくみるヨーロッパの世界観に、泥とホコリを足したような街並みだ。
俺とホルマリーナは朽ちてボロボロになった石畳を踏みながら、眼前にそびえる城の跡地に向かって歩いていた。
「あの場所に何があるの?」
「あれは根城(アジト)」
「俺を元の世界に戻してくれるのか? あなたは何者なんだ?」
「ちょっと、うるさいよ、君」
ところどころに大穴が開いた跳ね橋を渡り、ホルマリーナは鉄でできた城門の前で立ち止まった。
彼女は金属でできた大きなカンヌキを片手で持ち上げると、城門はまるで鳴き声のように大きな音を立ててゆっくりと開かれる。
「入りなよ。皆が待ってる」
「”皆”って?」
「会えばわかるさ」
まるで地獄の入り口のようなその門の大きさに、俺はつい尻込みしてしまう。
ホルマリーナが早く入れと目で訴える。
わかったよ。
俺は唾を飲み込むと、招かれるままにその中へと歩みを進めた。
背後で門が閉じられる。
門の向こうもまた跳ね橋になっていて、その向こうにはまたもやカンヌキのついた扉が続いていた。
門を抜けてはっきりとみえた城の全貌はまさに廃城といった感じで、誰かが中にいる気配などはいっさい感じない。
俺が景色にみとれて突っ立っていると、背後からホルマリーナに尻を蹴られる。
「ほら、歩いて」
「わかってるよ」
かつてはここに国が築かれていたのだろうか。
ヨーロッパの歴史は社会科の授業で少し齧った程度の知識しかないけれど、こういう城塞の文化にはどこか心躍らせられる。
降り注ぐ冷たい雨の匂い。
ギシギシと壊れそうな跳ね橋の音。
そのすべてが、俺のいた元の世界にはない異彩の感触に満ちている気がした。
橋を渡り終える前に、目の前の扉から自動的にカンヌキが外れ、それは開かれた。
手にロウソクと鳥籠のようなものを持ったスーツ姿の老人が、入り口から姿をあらわす。
「おかえりなさいませ」
その老人はそう告げて、品のいい顔でにこりと微笑んだ。
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