第66話 毛タル根バット
その日、ノルア王国の首都パレンバンは日が落ちてから、何事か、それぞれの大通りで人が集まり、大騒ぎをしていた。
「何事だ。暴動でも起きているのか?」
ノルア国王の『慈悲王』ことナクカジャは執務をしながら傍にいた側近に尋ねた。
「いいえ、陛下、これは暴動ではありません。」
傍にいたのは民主化一派に同情的なことで知られる、貴族院議員でもあり、ナクカジャの相談役も務めるリベンド公爵であった。
「これは…」
一旦ナクカジャに背を向けて、十分にためてから発言する。
「革命です!!」
バッ、と、ナクカジャの方に振り向きながら全力の決め顔で答えた。おそらくはこの事態が起こることをあらかじめ知っていたか、予想していて、その上で決め台詞を考えていたのであろう、ということが透けて見えた。
「そ…そうか」
ナクカジャは、「これは、もうダメだな」と思った。民主化一派が王宮の深くまで入り込んでいるからではない。こんなボンクラが王の相談役など勤めているからである。
窓の外を見ながら少し前に訪れた闇の勇者のことを思いだしていた。もっと早く彼女が現れていてくれて、協力してくれたなら、何か変わったのだろうか。しかしすぐにそんな考えは消え失せた。おそらく個人の力ではどうにもならなかったであろう、そう思い直したのだ。
この時実はアカネは今回の民主化騒動のほぼ全貌を掴んでいたのだが、そんな事をナクカジャは知る由もない。
仮に知ったとしても、いずれにしろ全ては遅すぎたのだ。
彼は窓の外で松明を持ち、怒号をあげる民衆を見て思った。
これは大きなうねりの中にある事象なのだ。そしてそこまで「うねり」を大きくしたのは、やはりあの魔王であろうと考えた。
「戦わずして勝つ、とは、こう言うことか…」
慈悲王は小さく、寂しげに呟いた。彼がはっきりと敗北を実感した瞬間であった。
それからほんの1時間ほど後のことであった。彼の執務室にクーデター軍が押し入ったのは。
ノルア王国のクーデターにより王政が廃止され、数日が経った。議会は連日開かれていたが、会議は紛糾していた。
国体が変わったのだ、決めるべきことは山ほどある。その中でもまず最初にもめていたのが王家の扱いである。王党派はもちろんのこと、民主派の中でも穏健派と急進派で完全に議会は分裂していた。
急進派の中心人物はもちろん自由ノルア党の党首、マヌンガルである。
王党派の連中は国の象徴であり礎でもある国王は形だけでもこれからも存続すべき、と主張する。そもそもクーデターで政権を握るなどどこが民主化なのか、と民主派グループを非難する。
民主化穏健派は起こったことは事実として受け止めよ、しかし国王は何の罪も犯しているわけではないのでこれからもお飾りとして立憲君主制のトップに据え続けるべき、との主張をする。
しかし急進派の意見はそんな生易しいものではない。国王の一族郎党を全て処刑台に送るべき。これが自由ノルア党の主張である。もともとはそこまでの強硬意見ではなかったのだが、クーデターで共闘した自由革命軍との意見調整の結果このような物となった。
懇意にしている光の勇者が自由革命軍を攻撃したことによる負い目もあり、革命軍に強く出れないことも影響している。
さらにマヌンガル自身も国王を処刑すること自体には元々賛成なのである。
「子はいずれ、親を越えねばならない時が来る…」
議会の間で、マヌンガルは壇上に立ち、ゆっくりと演説を始めた。
「脈絡のない話をするな!」
「何様のつもりだ!」
それと同時に抵抗勢力から様々なヤジが飛んだ。背が低く、生え際も少し後退している、見た目の良くない彼はこういったことの攻撃にあいやすい。その上で国王の処刑などという過激な内容である。
「人はいずれ、神を倒さねばならぬ時がくる。嫉妬からではない。そうしなければ自分の力で歩めないからだ。」
「お前はいつ髪を倒したんだよ!」
「歩みが早すぎて生え際が追いついてきてないぞ!」
なんというひどいヤジか。一体ハゲの何が悪いと言うのだ。俺だってハゲたくてハゲているわけじゃない。
それでもマヌンガルは続ける。
「王をそのまま残せば必ずこの国の新しい体制に悪影響を及ぼす。戻れるような革命であってはならないのだ。」
「先にお前の毛根を処刑してやろうか!」
結局演説が終わるまで彼へのヤジは止まなかった。
ハゲには何を言っても許されるのか、これを読んでいる読者の方々にも一度ゆっくりと考える機会としていただきたい。
マヌンガルは舌打ちをして議場を後にした。外見をけなされたのも確かに腹が立ったが、一番堪えたのは演説の手ごたえが全くなかったからである。彼自身元々演説の上手い方ではないが、やはり議員は基本的に利害関係で動く。
議場で演説しても効果は薄いのかもしれない、と彼は考えた。
その二日後、議会を前にしたマヌンガル一派は議場のすぐ前の大通りで民衆相手に演説をしてから議論に臨むことにした。
大通りの前に急ごしらえのお立ち台と壇が設置され、そこに論説者が登った。しかし、そこに登ったのはマヌンガルではなく彼の側近のミコール・ミカイであった。
予想外に女性が壇上に上がったことで聴衆がざわつく。
「おいおい、女かよ!大丈夫かぁ?足が震えてんぞ!!」
聴衆から容赦のないヤジが飛ぶ。実際ミコールはこれまでになく緊張しており、足だけでなくその手も震えており、視点も定まっていない。
簡単に自己紹介をしてからミコールはたどたどしく話し始めた。しばらくして本題に入る。
暗記した演説の内容を諳んじながら、だんだんと気分が乗ってきたのか、いつの間にかミコールの言葉は満ち溢れた自信に補強された力強いものへと変貌していた。
もはやヤジを飛ばす者はおらず、聴衆はその演説に聞き入っている。
「いずれ…子は親を、民は王を殺さねばならない時がくる。
しかしそれを恥じることはない。自らの足で歩んでいくためには必要なイニシエーションなのだ。」
おおおお!と、観衆が声を上げて熱狂する。マヌンガルはなんとなく釈然としない気持ちを抱えていた。ほとんど自分の演説のパクリなのになぜ彼女は支持されるのか。自分と彼女と何が違うというのか、彼にはそれが納得できない。
「今ここで国王を滅しなければ、我々の国造りは成し遂げられないのだ。」
ミコールのこの言葉にヤジが飛んだ。
「一体王が何の罪を犯したというんだ!何の罪で裁くってんだ!!」
ある程度学のある王党派の市民か、それとも民衆に王党派の議員が紛れ込んでいたのか。
「王の作った法で裁く必要などない。裁くのではなく罰するのだ。
人は生まれながらに自由だ。その自由と主権を奪ったのは誰か?それこそが国王だ!
王とはそれだけで犯罪者であり、自由の簒奪者なのだ。その罪を贖わせる時が今こそ来たのだ!」
大きく身振り手振りを交えたミコールの演説が終わるとこれまでにない大きな歓声が上がった。マヌンガルは民衆の熱狂に恐怖を覚えるとともにミコールの隠された才能に驚愕した。
そしてこの熱狂の空気を纏ったまま議会に臨むのだ。さらにダメ押しとして、マヌンガルは国王死刑の可否を問う投票箱を議場の外に置いて投票の様を市民に見られるように手を打ったのだった。
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