第65話 寒村に咲くバラの花
「ステファン達が自由革命軍と戦闘だと!?」
声を発した主は元老員第一党、自由ノルア党の党首デディ・マヌンガルであり、その話し相手は彼の側近であり、自由ノルア党の議員でもある若い女性、ミコール・ミカイである。
「くそっ、こう立て続けに来ると…さすがにへこむな。」
マヌンガルは党事務所の自室のチェアに腰を落としながら天を仰いだ。
「立て続けにくる」とは何が来たのか。実はこの情報を得た当日に王政廃止の法案が5分の4の得票にわずかに届かない票数で可決されたのだ。
この国の議会では3分の2の得票が得られて決議は国王の修正と承認を経て施行されるが、5分の4の得票ならその手順を無視して即時に施行されるのだ。
つまり、王政廃止という王政府にとって明らかに問題のある法案の場合、5分の4以上の得票が得られなければ当然承認が得られないことになる。
そこで彼、マヌンガルの次に打つ手はなんなのか。
「マヌンガルさんは、やはり自由革命軍との共闘を模索していたのですか?」
ミコールが恐る恐るマヌンガルに訪ねる。
暫く考え込んでからマヌンガルがその問いに答える。
「もうここまで来たらお前にも言っておいた方がいいな…」
そう呟いてからマヌンガルは今後の展開をミコールに話し始めた。
マヌンガルの考えでは、王政廃止の法案が否決されるようなことがあれば、暴力革命を標榜する自由革命軍との結びつきを強くしてクーデターを起こすつもりである。
そして自由革命軍とのパイプ役を務めていたのが、常に彼のそばに控えていた帽子を目深にかぶった老人、ストリスノであったのだ。ストリスノはマヌンガルに対し「全ての準備はすでに整っている」と言い残したまま私用があるとかで消えてしまったが、すでに自由革命軍とのホットラインは保持したまま後は連絡を取るだけの状態であった。
しかしここに来て不測の事態が発生した。ステファンが自由革命軍を攻撃してしまったことである。
ステファンが自由ノルア党とつながりがあることは既に周知の事実である。その懇意にしているステファンが同盟を組む予定の自由革命軍と戦闘になった。
マヌンガルは頭を抱え込んで机に突っ伏した。
「大丈夫ですか…?マヌンガルさん…」
ミコールのその言葉に我に返ったように姿勢を正すと先ほどとは違う、しっかりと決意し、覚悟した声で話し出した。
「もはや迷う時間などないな。早ければ早いほど良い。自由革命軍の本部に直接行くことにする。
お前もついてこい、ミコール。」
一方そのころステファン一行は、というと…
「それにしても、昨日のベルコさんはすさまじかったですね、テームさん…」
「スフェン、そう言うのを迂闊に言わない方がいいぞ…ベルコに聞かれたら面倒だろ。」
まだ村に滞在していた。
「デリケートな話題だからね。あまりふれない方がいいだろうね。」
ステファンの発言に一同は同意したかに見えたが、やはりスフェンだけは納得できないようであった。
「いや、そこまでデリケートな話題とは思えないんですけど。というか、ベルコさんが勝手に一人で盛り上がっているだけ、というか…」
そこでガチャ、とドアを開ける音がして、ベルコが部屋に入ってきた。
一行は村に唯一ある宿屋の部屋で雑談していたが、彼女が部屋に入ってきたことで会話が止まってしまった。
「どうしたの…?話を続けなさいよ…」
ぴりぴりと空気がきしむ。
「言いたいことがあるならはっきり言ってよ…」
あれ以来全員がベルコに気を使っている。しかし、それこそが彼女には耐えられないのだ。気を使うことでかえって相手を傷つけることがあるのだ。
「それなら言わせて貰うが…」
口を開いたのはテームであった。
「お前はどうも結婚にこだわりすぎてるところがある。
結婚てのはゴールじゃない、スタートなんだ。」
「悪かったわね。スタート地点にも立てなくて。」
もはやベルコの拗らせ様はただ事ではない。しかしテームはそれを一蹴して続ける。
「違う、そうじゃない。そこを通ることが幸せへの道とは限らないってことなんだ…」
しかし自暴自棄にまでなっているベルコは簡単にはおさまらない。
「口だけなら何とでも言えるわよ。でも実際あんただって結婚してるじゃない。
…この先のことを考えると、怖いのよ。この先もずっと、一人なのかって考えると…」
「確かに俺は結婚して、その後不幸な経緯があってまた一人になった。」
テームは魔王軍との戦争で家族を失っている。
「だが、失ってこそ分かるんだ。本当の自分って奴が。
俺は一人になって初めて気付いたんだ。本当の自分ってやつにな。」
「本当の自分…?」
興味深そうにスフェンが呟く。思えば上司として、戦友としてテームと接しては来たが、個人としてのテームについてはあまり知らないことにスフェンは気付いた。
「ああ、そしてこのパーティーで皆と一緒に生活してそれが確信に変わったんだ。」
そう言って、テームはパーティーの皆を慈しむような目で見渡した。
(なんとなく、嫌な予感がする…)
そう感じたのはステファンである。根拠などない。しかしとにかく彼の本能が何か警鐘を鳴らしているのだ。
テームがゆっくりと、静かに語り出した。
「どうやら、俺は…男しか愛せない体らしい…」
衝撃のカミングアウトであった。
部屋の中に何とも言えない重苦しい空気が流れたが…
これに目を爛々と輝かせて食いついてくる者がいた。
「え?なになになになに?詳しく聞かせてよ。」
ベルコであった。
「え?なに?意識しちゃったの?このパーティーで。
誰?誰なの?ステファン?インデクト?まさかのスフェンとか?」
先ほどまでのベルコとは別人のように生き生きとしている。
「ステファン…」
頬を赤らめながらテームが恥ずかしそうに呟く。
(頼むからせめて本人のいないところでやってくれ)
ステファンは死んだ魚の目をしながらそう思った。
「え?ステ×テームなの?テーム×ステなの?」
ベルコはなにやら専門用語を使い出した。
「そら行き遅れもするわ…」その場にいた全員が察した。
「ベルコさん、『攻め』の反対語ってなんだか分かります?」
そんな中スフェンがベルコに質問した。
「え…?『受け』でしょ?」
「『守り』です。」
これで確定した。腐女子である。
「まあ…そんな話は置いておいてですね。」
とりあえずベルコが復活したようなのでスフェンが話を切り替えることにしたようだ。
「インデクトさん、いつまで村に滞在するんですか?
というか、何か理由があって首都に戻らないんですか?」
「そうそう、僕もそれが気になっていたんだ!」
自分の尻に熱い視線を感じながらステファンも話題を切り替えようとインデクトに話しかけた。
「ああ、そうですね。
まず一つは自由革命軍が報復行動に戻ってくるかもしれないから、警備してるってのもあるんですが…
首都で、近くクーデターが起こるって情報を掴んだんでね…暫く距離をとって様子を見たいんですよ。」
インデクトのこの言葉に一同が驚愕した。事態がそこまで逼迫しているとは誰も思っていなかったからである。ホモ話にバラを咲かせている場合などではなかったのだ。
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