第64話 一撃必殺『婚期逃し』

「はぁ、はぁ、はぁ…」


 数度の爆発音の後、村の集会場にはベルコの激しい息づかいだけが聞こえていた。


 周りを見ると自由革命軍の護衛が力なく転がっている。おそらくベルコの魔法で吹き飛ばされたのだろう。ついでに村長も巻き込まれて気を失っている。


「ひ、ひぃ…許し…」

 ネルガドが許しを請いながら這って逃げようとする。


「おんどれぁ、調子乗りクサってくれたなごるぁああ!!」

 ベルコのヒグマのような雄叫びにステファン達も恐怖の表情を浮かべる。


「誰がおばさんじゃおるるぁ!」

「ひぃ、すいません!」

 ベルコの巻き舌にネルガドが恐怖の悲鳴を上げる。


「誰が行き遅れじゃいあーっららららーい!!」

「ひいぃ、そんなこと言ってません!!」


 もはや巻き舌が過ぎてなにを言っているかも判然としないが、ネルガドが必死で否定する。


 ネルガドが「行き遅れ」など言ったかどうかは置いておいて、少なくともこの大立ち回りで婚期が5年は遅れただろうことは想像に難くない。

 ベルコの必殺技『婚期逃し』が炸裂した結果である。(但し、必殺されるのは自分)


「まずいです、外の奴らが異常に気づき始めました。」

 インデクトが外の様子をうかがいながらステファンに報告する。


「なるべく人間相手にはやりたくはないが、最悪の場合僕が出るしかないか…」

 ステファンが勇者の剣を鞘から抜いて戦闘に備える。


「私の…責任だわ。」

 ベルコが一歩前に出た。


「え…まさか、一人で何とかする気ですか?」

 スフェンが恐る恐るベルコに訪ねる。女一人で危険だと思ったからではない。ベルコが正気ではないと思ったからだ。

 さらに言うならスフェンはもう彼女を『女』とは思っていない。手負いの狼と思っている。一人で勝手に盛り上がって勝手に手負ったのだが。


「私の責任は私が取る。任せて。」

 ベルコはそう言うと、ネルガドの襟首を掴んで引きずりながら外に出て行った。その姿はさながら獲物を食事場に引きずっていくチーターの如き様であった。

 チーターは能力を速度に全振りしているため、獲物を他の肉食動物に奪われることが多いので、木の上など安全な場所まで獲物を引きずっていくことで知られる。


「とてもあのシチュエーションで平和的解決が望めるとは思えないんですけど…」

 スフェンの心配も尤もである。半死半生の相手側勢力のリーダーを引きずって乗り込んでいくのだ。脅迫と戦闘以外には解決の道があるとは思えない。


 話しかけられたテームとステファンは目をそらした。巻き込まれたくないのだ。


 ベルコが自由革命軍の前に姿を現す。


 その異様な姿に革命軍がざわつく。血塗れのリーダーの襟首を引きずって現れた憤怒のアラサー女。集会所の中で一体なにがあったのか想像もつかない。


 しかもその服装がまた異様である。これだけの恐ろしげなシチュエーションにも関わらず胸の大きく開いたチューブトップにヘソ出しミニスカート、完全に状況とミスマッチな姿が余計に恐ろしさを演出している。


「なんだよあのおばさん…」

「中で一体なにが…」

 革命軍がざわつく。


 「おばさん」と言う声が聞こえたがもうベルコの心は揺れ動かない。同じミスを何度も犯すような愚かな女ではないのだ。


「リーダーが引きずられてるぞ!アイツがやったのか?」

「よくもやりやがったなババア!」


「バッ…」

 ベルコが思わず怒りに我を忘れそうになるがそこはぐっと堪える。ここで戦闘になってしまえばまたパーティーに迷惑がかかる。根拠のない誹謗中傷など気にしない。そう自分に言い聞かせて一歩前に出る。



「なんかさ…スカートの上に腹肉が微妙に乗っかってるよな。」



「そういうリアルなのはやめろやーーー!!!!」

 ベルコの怒りが爆発した。


「まずい、戦闘になったぞ!」

 外の様子を伺っていたインデクトの言葉に全員が武装して外に出る。


 外では般若の形相のベルコがところ構わず革命軍の兵士に魔法を浴びせているところだった。


「まずいまずいまずい!みんな加勢するんだ!!」

 「みんな」とは言ったがインデクトは非戦闘員のためスフェンとテームが外に飛び出てベルコに加勢する。言い出しっぺのステファンも仲間と距離を置いた場所で勇者の剣の雷を炸裂させる。


 ステファンが雷を呼び寄せるとそれだけで周辺の数人が消し炭と化し、その周りの人間がスタン状態になり、身動きが取れなくなる。


 テームとスフェンも革命軍相手に大立ち回りを演じている。スフェンは腰が引けており危なっかしいが、実戦経験豊富なテームは流石に多勢に無勢の状況でも安定感のある戦い方をして、あっという間に革命軍を斬り伏せてゆく。


 しかしやはり鬼気迫る表情で片っ端から最大威力の魔法をぶっ放すベルコが圧巻である。


 気付くと、すでに動ける者は少なく、その戦える者も戦意を喪失していた。ネルガドは腰が抜けて失禁している。


「ふーっ、ふーっ…」

 暴走したエヴァンゲリオンの様な雰囲気を漂わせながらベルコが息を整えている。


 ステファン達は唖然としている。実は今回の戦闘、ステファンにしてみると初めて勇者の剣を人間に対して使ったものであり、初めての殺人にあたるのだ。本来なら不殺の誓いが守れなかったこと、人を殺してしまった事への後悔など、ゆっくりと腰を落ち着けて感傷に浸りたいところなのであるが、ベルコのあまりにあんまりな変貌ぶりにその全てが吹っ飛んでしまった。


「ひ、ひぃ…お助けぇ…」

 ネルガドがなんとか立ち上がり涙を流しながらひょこひょこと頼りない足取りで逃げていくが、もはやそれを咎める者すらいない。


「えらいことになってしまったな…今後の活動に影響がなきゃいいが…」

 そう発言したのはインデクトであるが、それが自由革命軍を虐殺したことに対してなのか、それともベルコの変貌ぶりに対してなのか、もはやそれは言った本人、インデクトですら分からなかった。

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