第63話 ピースキーパー

 光の勇者ステファン一行は、イルセルセ政府からの指示と、勇者自身の強い希望もあり、ノルア王国の民主化を見届けるべく首都パレンバンに滞在し続けていた。


 そんな折りである、近隣の村の代表がステファンを頼って助力を求めてきたのだ。いい加減何の目的もなくブラブラとしていることに飽き飽きとしていたステファンはこれを二つ返事で了承した。


 詳しく内容を聞いてみると、民主化勢力の暴力革命を目指す一派が繰り返し村に徴発に来ており、できる限りの協力はしてきたが、もう限界なので勇者に間に入って取りなして貰いたいのだという。


 ステファンはどこかで聞いたような話だな、と思った。そういえば闇の勇者アカネ一行も似たような状況でどこかの村を救っていたという話を聞いていたことを思い出した。


 状況が違うところと言えば、闇の勇者はノルア王国の政変に対し中立の立場をとっているが、ステファンは民主化勢力に肩入れをしているところである。しかし、状況を聞いて仲を仲裁するだけなら問題あるまい、と、とりあえず仲間に相談してみることにした。


「構わないと思いますが、できれば一旦ニーベルフに確認が取りたかったですね。」

 こう答えたのはイルセルセ政府との連絡係をつとめているインデクトである。

 彼が言うには今まで王都との連絡は全てルウル・バラの式神を使って行っていたのだが、数日前からルウル・バラが「調べたいことある」と言ったきり姿を消してしまっているので王都との連絡が取れないのだという。


「しかしまあ、おそらく問題ないでしょう。もし相手が自由解放戦線ならマヌンガルと顔見知りのこちらの意見は聞いてくれるでしょうし、別の勢力なら敵対してもそこまで大事にはならんでしょうから。」

 インデクトの見立てでは問題なし、である。


「私も構いませんと思いますわ。光の勇者が使者として参れば、相手側も事を荒立てにくくなるでしょうし、勇者様の名声もますます高まります。大賛成です。」

 そう答えたのはベルコである。この女は基本的に勇者の意見を否定することはしない。


「ま、もし荒事になっても俺は大歓迎だがな。久々に腕が鳴るぜ。」

 これはテームの発言である。


 彼にとってルウル・バラのいない現状は活躍のチャンスである。なにしろこれまでほとんどの敵をルウル・バラとステファンの勇者の剣が倒していたため全く活躍の場がなかったのだ。正直言ってルウル・バラとステファン以外のこのパーティーのメンバーはこれまでただのにぎやかしであった。



 次の日の朝、パレンバンを出立して二日後の夜には件の村に着くことができた。


「それにしても、こう言うのは普通政府の仕事だと思うんですが、軍や警察は動かないんですか?」

 ステファンからの当然の疑問に対し、村の代表者として村長が答えた。


「特に選挙が終わってからその傾向が顕著なんですが、各地で民主化勢力と、それを騙る野盗どもが活気づいておりまして、もはや軍や警察では手が回らない状況なのです。」


 なるほど、とステファンは納得した。民主化は必要な道であるという考えは揺るがない。しかし政変が起こればそれに便乗して悪さを働く輩という物もやはり現れるものなのだ。何かデモや暴動が起こればそれと全く無関係な略奪や破壊行為を行う輩という物にはステファンも心当たりがある。

 というか、以前は自分がその略奪をする側だったのだ。


「僕たちにも責任がないとは言えない。やはりここは彼らに協力しようと思う。」

 ステファンのこの言葉に全員が同意した。基本的にはイルセルセ政府からどこの国民かに関わらず、広く市民を助けよ、と指示を受けているし、基本的にパーティー全員が弱者を助けることに生き甲斐を感じている。


 村長が民主化勢力との話し合いの場を設定してくれたため、数時間後に会談の場が持たれることとなった。


 暫くすると、件の民主化勢力の調査に行っていたインデクトが戻ってきてステファンに報告した。


「相手側は自由革命軍ですね。以前に闇の勇者一行と戦闘になった奴らです。仮に会談が物別れに終わったとしても、問題ないと思います。」


 そして1時間後村の集会場に自由革命軍側の代表者数名と、ステファン一行、それに村長が一堂に会した。話し合いとは言うものの、集会場の外を革命軍が全員でぐるりと囲んでおり、物々しい雰囲気の中始まった。


 まず口を開いたのは革命軍のリーダーだった。長髪に精悍な顔立ちの20代の男である。

(あら、なかなかいい男じゃない)

 ベルコのイケメンセンサーが反応した。


「俺は自由革命軍の西部方面軍の軍団長、ネルガドだ。

 手短に本題にはいるが、噂じゃあんたら勇者の一行が俺たちの仲間をヒヒテの村で殲滅したと聞いたが、一体どういうつもりだ?」


 早速きたか、と感じてステファンがその問いに答える。

「勘違いするのも仕方ないと思うが、勇者というのは現在二人いるんだ。一人は『光の勇者』と呼ばれる僕、ステファン・ベルナール。もう一人は『闇の勇者』と呼ばれる女性、アカネさんだ。

 君たちの仲間と戦闘になったのはその『闇の勇者』アカネさんの方だね。アカネさん達はイルセルセ政府の指示にも従わず、好き勝手に動いているからこういうことが度々起こるんだよ。」


 これに対しネルガドは一応納得したようだった。

「言われてみれば、女と聞いていたのに情報が違うな、とは思っていたが…」


 さらに少し考えてからネルガドが続ける。

「じゃあ聞くがあんたらはこの国の民主化運動の邪魔をする気はないんだよな?

 だったら今回のことも引いてくれないか?近く大きな政変がある。そのときに備えて必要な準備なんだ。」


 それはやはり自由ノルア党の提出する王政廃止の法案に関する話なのかとステファンが問うと、ネルガドの答えは「今はまだ言えない」というだけだった。


「しかし、民衆のための戦いをしている者達が民衆から徴発をして苦しめるのは本末転倒じゃないのかな?」

 ステファンの主張は至極的を射てるように見えたが、ネルガドからの答えは色よいものではなかった。


「おめでたい奴だな。あんた民主化勢力は民衆の自由のために戦ってるとでも思っているのか?」


 ステファンはネルガドのこの発言に驚きの表情を隠せなかった。


「意表を突かれたような顔してんな。ってことは本気でそう思ってたのか?

 いいか?分かってないようだからはっきり言ってやるぜ?ほとんどの奴は民衆の自由なんかには興味ないんだよ!そんなこと考えてる奴がいるとしてもそれぞれの組織の幹部の内数名か、逆に末端の一部の構成員だけだ。」


 驚いた顔を見せたステファンに気をよくしたのかネルガドはさらに続けて言った。


「今ノルアは大きな変換期にさしかかっている。ここでちょっとがんばって国の成立に功績を残せば、だ!

 子々孫々まで繁栄が確約されるって寸法さ!次の貴族に俺たちがなるのさ!!」


 この発言に対してステファンは当然抗議した。貴族や王族のない平等な国を目指して民主化を進めているのではないか、次代の貴族など自分で言っていて恥ずかしくないのか、と。


 しかしネルガドは折れない。

「思った通りの甘ちゃんだな。貴族ってのは狭義の貴族を指してるんじゃないのさ。結局積み重ねられた資本力の差を貧乏人がひっくり返すことはできない。名前を変えても貴族ってのは何らかの形で残るんだよ。」


 これにステファンは大いに抗議した。自由とは、平等とは、民主主義とは。理想と現実の違いがあったとしても前に進み続けることが大事なのだと、熱っぽく語りかけたが…


 正直言ってこの論戦を見ていた光の勇者一行のメンバーですら、ステファンの言っていることは理想にすぎない。実際にはネルガドの言っていることの方が正しいのだと感じていた。

 おそらくこの場にアカネがいたら激怒してステファンを一喝していただろうな、とも思っていた。


「どうやら、平行線のようだね。分かり合うのは難しそうだ。」


 論戦を終わらせたステファンにあらためてネルガドが問いかけた。

「で、それは置いといてだ。結局どうするんだ?まだ俺たちのやり方に文句があるってのか?」


 この険悪な雰囲気をなんとかして納めようとしたのはベルコであった。


「まあまあ、落ち着いてください、二人とも。思想は違えど現状で目指す姿は同じ場所なんだから争っても益はないですよ。」

 傍目には争いを避け、平和的な話し合いを望む女性、といった感じだがその心の内は。


(ここでこの男に恩を売っていおいて損はない。

 悪いけど、この年齢になると的を一つに絞っていてはいけないのよ。私の今の年齢は29、ここで2年かけてステファンを攻略したとして、うまく行けばまだいいけど失敗すれば31でフリーの状態で、また一から婚活を始めることになる。

 そうすれば、順調にいっても次の恋愛がうまく言って結婚、出産できるのは35歳頃、もはや更年期障害の足音が聞こえ始める時期。そんなリスクはおかせない!

 リスク分散のためにもイケメンは一人でも多く確保しておかねば。

 ここで自由革命軍を光の勇者一行の影響下に置いておければ、ステファン様がだめでも潰しが利く!)


 しかしそんなベルコの考えとは関係なしにネルガドが無情に口を開く。

「引っ込んでなおばさん、出る幕じゃねぇよ」


「………」


「…あぁ?」


ベルコの怒りが爆発した。

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