第62話 光の勇者

 『光の勇者』ステファンは宿屋の窓から外をぼーっと眺めていた。時間的にはひと月ほど遡り、ノルアの首都パレンバンでアカネとステファンが接触し、物別れとなった直後の出来事である。


 同じ世界から来た人間なのに、同じ価値観を持つはずなのに、なぜ彼女との間にこれほどの温度差が生じたのか。民衆が自由と民主主義のために戦っているというのにそれに興味がないというのか。彼にはアカネの態度が信じられなかった。


 2日前、広場で彼はアカネに声をかけた。彼としては事情を話せばアカネもきっと自分の考えに賛同してもらえる。そのような確信があった。


 しかし実際はどうだったか?ステファンが声をかけるとアカネ達は彼が話し終える前に顔すら見ずに全力で逃げ出してしまった。話を聞く聞かない以前に「そもそも会わなかったことにしよう」という意志すら感じた。

 どんな理由があって逃げたのかは分からないが、恐ろしい判断の早さだった。

 その時は理解してもらうどころか事情を話すことすらできなかった。


 その翌々日、今度はアカネの方から接触してきた。気分屋というか、自分勝手というか、それともわずか1日の間に何か事情が変わるようなイベントでもあったのだろうか。ステファンには分からないことだが、実際この時、その間に国王との会食があったのである。


 アカネの行動原理としては至極単純だ。第一に自分と仲間のために動く。次に原理原則を重んじ、二重基準や結果論を好まない。重要なのはこの二つだけなのだ。


 しかしそれが分からないステファンにはアカネの行動はどう映るのか。ステファンからのアカネ評は「頭はいいが何を考えているか分からない情緒不安定な女」である。

 とても勇者と呼ばれる人間の評価には見えない。


 窓の外を眺めていると、外では子供たちが遊んでいた。「虐げられている一般市民」には見えない。アカネが言っているのはこういうことなのだろうか、とステファンは考えた。

 「今幸せそうなんだからそれでいいじゃん」、そう考えているのだろうか、そんな享楽的な性格には見えなかったが、と考える。


 そんなことでは問題の先送りにしかならない、いずれ必ず民主化は成し遂げるべき『ゴール』なのだ、ステファンの考え方ではそうなる。


 しかしそれこそがステファンとアカネの最大の違いなのだ。


 ステファンにとって民主主義は絶対的な正義であり、王政はそこへ向かう途中の是正されるべき状態であるが、アカネにとっては文化的な違いにすぎないという認識である。

 それに加えてイルセルセの王政には目をつぶるという二重基準をしたためアカネが切れたのであるが、彼はそれを正しく認識していなかった。


「まだアカネさんのことを考えているんですか?ステファン様」

 部屋に入ってきたのはパーティーの女魔導士、ベルコ・ノルノであった。


「ああ…少しね…」


「気にしても仕方ありませんわ。それに明日の選挙で答えは出ます。」

 ベルコの答えにステファンは悩みが吹っ切れたようだった。


「そうだね。明日になれば、どちらが正しいのか、その結果が出る。」


 次の日に何があるのか、他でもない元老院議員選挙である。ステファンと自由解放戦線の思惑としては投票日前日に闇の勇者アカネにも支持を表明してもらって選挙態勢を盤石のものとしたかったのだ。


 この国の市民は識字率が低いせいでもあるが政治への参加意識が低い。分かりやすい英雄がポンと出れば簡単に票がそちらに流れる。もちろんステファンとアカネは外国人なので立候補はできないが、そういうヒーローの支持表明の威力は抜群だ。


 ともかく彼らは、万全の体制で選挙に望んだのだ。



 二日後、首都パレンバンにある自由解放戦線を母体とする政党、自由ノルア党の事務所にある会議室は重い雰囲気に包まれていた。選挙は無事終わり、地方の投票結果もその多くがすでに早馬や伝書鳩などで伝えられ、自由ノルア党は与党第一党となることがほぼ確実となった。

 ではなぜこのような重苦しい空気なのか、それはもちろんこの選挙が終わりではなく、始まりだからである。


「ストリスノはどうした…?」

 マヌンガルが隣に座っていた若い女に尋ねた。


「ストリスノさんは私用があるとかで昨日からパレンバンを離れています。」


「緩んでいるな…本当の戦いはここからだというのに。」

 女性の答えに不機嫌そうに答えてからマヌンガルは今日の議題について話し始めた。その内容は打ち合わせの必要な議題、というよりは決意表明に近いものであったが。


 会議室には自由ノルア党の党員だけでなくステファン一行も同席していた。今回の選挙の最大の功労者でもあり、引き続き支援を表明している彼らはすでに民主化勢力にとって仲間であるとの認識だ。


 マヌンガルがゆっくりと低い声で話し始めた。

「今回の選挙をもって、我らは与党第一党となる。だが知っての通り、それがゴールではない。ナクカジャら王党派の連中を一人残らずこの国より排除せねば真の民主化は成らぬ。

 来週より始まる国政会議にて念願の王政廃止法案を提出する。これをなんとしても5分の4以上の賛成票を得て通さねばならん。

 …同士よ、努力せよ。」


 最後にスローガンらしき物を言い放って会議は終わった。各人が目的達成のため行動を開始し始める。

 会議室にまだ残っていたマヌンガルと若い女性がなにやら話をしていた。

「ミコール、ストリスノはいつ戻るか分かるか?」


 マヌンガルの問いかけにミコールと呼ばれた若い女性は答える。

「そう長くはかからないと言っていましたが、議会には間に合わないでしょう。もとより、彼は『裏方』ですし。」


「そうだな。しかしもし王政廃止が通らねば、強攻策に出ることも考えて準備しておかねばならん。そうなれば奴の自由革命軍とのパイプが必要になる。重要なときだというのに…」



 自由ノルア党の外の通りではステファン一行が宿への帰路についていた。


「ふぅ~疲れた」

 女魔導士、ベルコ・ノルノが大きいため息をついた。


「ここの事務所、いつも空気がピリピリしてて苦手ですわ。」


「仕方ないさ、彼らにとっては人生をかけた一世一代の大勝負だからね。」

 ベルコの愚痴にステファンがそれを諫める。


「これでこの国も、民主化に向かって大きく舵を取ることになる。やはり、この戦いは僕らの勝利で終わるようだ。アカネさんには悪いけどね。」


「あんな性別不詳の胸をした勇者なんて我々の敵ではありませんわ。」

 ステファンの言葉に対してアカネの特徴的な体型を盛大にディスったベルコであるが、実を言うと彼女が本当に意識しているのはアカネではない。アマランテである。


 コルピクラーニで出会ったときは気にしないフリをしたが、実は彼女はアマランテをよく知っている。

 第1話で触れたように彼女の魔導の実力は広く王国に知れ渡っているが、ここ数年は「メルウェの神官の方が実力は上ではないのか?」という噂が立っていたのである。


 しかし、宮廷魔術師と地方の神官では格が違う。AKBとご当地アイドルほどの違いがある。これからも神殿に引きこもっているなら捨て置こうと思っていた。


 そう思っていたのに、何故か闇の勇者に同行しているではないか。しかも本来ライバルで、先輩であるはずの自分に挨拶もしない。ベルコはそれが気にくわなかったのだ。


 実際人見知りの激しいアマランテはステファン一行の誰とも目を合わせようとしなかったので、ベルコにも挨拶どころか気付いてもいなかったのだが、彼女はそれが一層気に入らなかった。


 それだけではない。魔法の才に恵まれ、若く、胸が大きく、背が高い。そして整った顔立ちをしている。

 大した努力もせずに、いやしてるかどうかはベルコは全く知る由もないが、そう決めつけ、その上で自分を無視するアマランテを何とかして見返したい、コルピクラーニでの遭遇以来、このアラサー行き遅れ女子は強く願っていた。


 その代理行動として、自分の仕える光の勇者が闇の勇者に勝利した(と、勝手に思ってる)のがうれしかったのだ。


「後は相手さえ見つかれば…」


「え…?なんだって?」


 思わず言葉にしてしまっていたベルコにステファンが聞き返したが、「なんでもありませんわ」とベルコは話を終わらせた。


 しかし「相手」とはもちろん自身の結婚相手のことである。彼女は焦っていた。魔法一筋で生きてきたが、気付けば来年でもう大台の30才である。このままではまずい、なんとかしてこの冒険中に相手を見つけたい。

 目下彼女の関心事はノルア王国の民主化でも、魔王の討伐でもなく、そのことであった。当然である。誰だって自分が一番かわいいのだ。


 しかしこの逆ハーレムパーティーはテームは汗くさいから趣味じゃないし、スフェンは歳が違いすぎる、ルウル・バラはなにを考えてるか分からないしインデクトはなにやら裏がありそうで怪しい。


 やはり狙うならステファンしかあるまい、ということでここ数ヶ月、彼女は露骨にステファンにすり寄っていた。


「テームさん…」

 王国一の勇士と呼ばれる騎士、テーム・エーララに語りかけたのは見習い騎士、スフェンだった。


「なんだ、スフェン?」


「その…ベルコさんの服装、何とかならないですかね?」

 スフェンの言葉にテームが視線をベルコの方にやる。見ると、胸を大きく強調したチューブトップにタイトなミニスカート、それだけでもきついのだが、チューブトップの丈が短く、なんといい歳こいてヘソ出しである。

 ある程度奇抜な格好の許されるファンタジー世界といえども、とても来年三十路の女がする格好ではない。


 ちらり、と見た後ベルコと目が合うことを恐れてテームはすぐに視線を逸らした。

「まあ、個人の自由じゃないの…?」


「そうなんですが、…最近はちょっと目のやり場に困る…というよりは、目に余るというか…肉が余るというか…」

 見ると、確かに腹の肉が少し余ってスカートに乗っている。服装と合わせてただならぬ仕上がり様である。一般的な女性よりは運動量が多いとは言え29才である。タイトスカートの締め付けに肉体が悲鳴を上げているのだ。


「…お前それ絶対本人に聞こえるところで言うなよ…」


 闇の勇者一行のようになんでもかんでも言い放題も問題だが、気を使いすぎるのもやはり問題だ。

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