第61話 童帝VS処女
魔王は何事もなかったかのように…先ほどの戦いがなかったかのように無造作に歩み寄ってきた
「安心しろ、今の私は戦う気はない。
それよりも、あの短時間の戦闘でよくぞそこまで正確に私の能力を把握できたな。さすがは闇の勇者といったところか。」
能力が理解できたのなら勝てないことも分かるだろう、という余裕の態度である。
魔王はアカネの正面に立ち、さきほどまであった余裕の笑みを顔から消して止まった。
圧倒的な実力の差を見せつけられたアカネは、魔王に対し仁王立ちで正対するも、その顔は恐怖と不安に歪んでいる。
「殺すにはあまりにも惜しい女だ。冷静な判断力、鋭い洞察力、常に中立であろうとし、自分の考えで立ち回ろうとする強い意志力…その全てが…」
「その…なんだ…」
途中から急に魔王の語り口がしどろもどろになった。その変化にアカネがいぶかしげに魔王を見つめるが…
「私と…けっこ…いや、違うな。
私の…妻と」
「つまと?」
まだ魔王のセリフの途中であったが、あまりにもたどたどしい喋りに途中でアカネが聞き返す。
「あ、いやいや、そういうんじゃなくて、いや、そういうんだけど…
いきなりそこまで行くつもりはないんだが、その…結婚を前提に、お付き合いを…」
魔王の言葉は非常に聞き取りづらい上に分かりづらくもあったが、アカネもようやく何を意味しているのかを理解した。
つまりはプロポーズである。
「はぁ?」
意味は理解したが、あまりの唐突な展開にアカネは思わず再度聞き返してしまった。
「あ、いや!もしアレなら、その…お友達からでも…」
アカネの一挙一動に魔王が過剰に反応する。先ほどまでの威厳と自信に満ち溢れた人物とはとても同じとは思えないような挙動不審な行動である。
魔王とのラップバトルに敗北し、戦闘でもただ逃げるしかできなかったアカネ。その精神状態は、はっきり言ってどん底の状態であった。
しかし、元来守りに弱く攻めに強い性格である。相手の弱っている姿を見ているとみるみるうちに力がみなぎってくる。
「クソ童貞チキン野郎が…」
そう小さい声で呟くとともに、いつのまにかアカネは胸を張り、体には生命力があふれ、目には輝きが戻っていた。反撃開始の狼煙である。
アカネは一歩前に出、しっかりと魔王を両の眼で見据えて魔王に対して語りかけた。
「い、いや…アタシ達、まだ出会ったばかりだし、結婚なんてまだ考えられないけど…
友達からなら…で、でも、アタシは勇者であんたは魔王だし…その…」
しどろもどろであった。
「クソ処女チキン野郎が…」
恋愛自爆テロリストの発言である。
「だ、だって!しょうがないじゃん!告白なんてされたことないんだし!
どうしたらいいか分かんないんだもん!!」
チクニーに対し必死で言い訳するアカネ。
「あの…返答は…?」
魔王がおずおずとアカネに問いかける。
「なんなんだよこの茶番…」
ビシドがあきれ気味に言い捨てる。
「とりあえず、アカネ様も混乱してるし、今回は保留と言うことでどうか。」
アマランテが助け船を出す。
(た…助かった。ここではっきり拒否されてたらもう魔王なんて続けられなかった…)
(助かった…告白なんて初めてされたから冷静な判断できる自信なかった…)
お互い命拾いした魔王と勇者は一旦距離を取った。
「まあ、この話は置いておいて、だ。
アカネ殿、配下に入れなどと言うつもりはないが、暫くヘイレンダールでゆっくり過ごしてみる気はないか?」
魔王の提案に対し、アカネははっきりと肯定とも否定とも取れない返答を返す。
「実は今のところ明確な目的がないからそれでもいいんだけど、一回イルセルセに戻って状況を確認したいんだよね…
オリハルコンの一件がもしかしたら王国にバレてるかもしれないから、実際に戻ってその辺の確認を取りたいんだよ。王国がアタシ達をどうするつもりなのか、その確認がね…」
これに対し魔王は暫く考え込んでから話し出した。
「まあ…今更バレたところで問題ないか…
詳しくは言えんが、今ノルアやイルセルセには戻らん方がいいぞ。近くノルアで政変が始まるからな。」
「なに…!?」
魔王のこの言葉にアカネは驚きを隠せなかった。ノルアの首都パレンバンで見た自由解放戦線の活動、やはりその後ろにヘイレンダールの影があったのか、と疑惑が確信に変わったからだ。
「ノルアはもう終わりだ。近いうち内乱が始まればヘイレンダールはノルアを吸収する。その勢いでイルセルセも…と考えていたが、流石に『賢王』と呼ばれるだけあるな。
てっきり同じ王政で友好国同士、政府側を支持すると思っていたのに、イルセルセも民主化を煽ってくるとは思わなかった。」
おそらく後半はステファン一行の自由解放戦線への支援のことを言っているのであろう。
「あの分だとノルアで内乱が起こればイルセルセも侵攻を開始するだろうな…そうすれば全面戦争だ。ノルアやイルセルセにいると我らの攻撃を受けることになるぞ。」
その言葉に対し、アカネが魔王を睨みつけて言い放った。
「やっぱり、ノルアの民主化勢力の裏にいたのはお前等だったか…休戦協定を結ぶ裏でノルア国民を思想誘導していたな…!?」
魔王は考え込んでからそれに答える。
「驚いたな。まさかそこまで掴んでいるとは…
このラーライリア大陸での争乱、台風の目になるのは案外お前等かもしれぬな…」
そう言い残すと、魔王は文字通り姿を消した。
魔王が姿を消して暫くすると、アカネはその場にしゃがみ込んだ。チクニーが表情をのぞき込んで確認すると、汗をかいて息切れしていた。
「はぁはぁ…いろんな事が起こりすぎて、ちょっと疲れた…」
無理もない。キラーラとの戦闘、風雲たけし城もどきに魔王との戦闘から初の告白、とイベントが盛りだくさんの一日であった。
「疲れてるとこ悪いけどもう一件あるよ。」
ビシドがアカネに伝えることがあるようだ。
「私たちが魔王に会ったときにいた男、名前は忘れたけど、そいつから自由解放戦線にいた男と同じ匂いがした。」
その発言に驚愕したアカネが記憶の糸をたぐり寄せる。謁見の間にいた男、確か名は…
そう、エッレクである。
四天王の一人「大地のエッレク」であり、アカネ達とエイヤレーレがノルアを出国する際、おそらくノルア王国で工作活動をしていたであろう男、そのエッレクが魔王と打ち合わせをしていた。
ヨルデルの件で足止めを食らっている間に追い抜かれたのであろう。しかもその男から自由解放戦線にいた男と同じ匂いがしたというのだ。
「マヌンガルの隣にいた帽子を目深にかぶった老人、外見は似ても似つかないけど、確かにそいつの匂いがした。あいつが変装して、自由解放戦線に潜入してたのかも…」
魔王の言葉からノルア王国の民主化をヘイレンダールが影で煽っていたのは間違いない。だが状況はそれよりもさらに悪くなった。
自由解放戦線の幹部にヘイレンダールの人間が紛れ込んでいた、となれば、ノルア王国の政変を革命に変えることも、そしてそれをわざと失敗させて内戦状態にまで悪化させることも、思想誘導だけを行っているときよりも遙かに簡単になる。
「なんてこった…のんきに状況確認なんてしてる場合じゃない。急いでノルア王国に戻ってナクカジャにこれを伝えないと、手遅れになる。」
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