第60話 ラストバトル

 思わぬ反撃に魔王は不機嫌になっていた。反撃がないとは思ってはいなかった。だがそれが、アカネ以外から来るとは思っていなかったのだ。


 思わぬ伏兵、エピカとアマランテに邪魔された、と感じているのである。


「アカネ殿はどう思うのだ…?」

 魔王が問う、が


 そもそも魔王が何を話していたのかちゃんと聞いていなかったアカネは答えることができない。汎用的な話をしてお茶を濁すしかない。ここがアカネの腕の見せ所である。


 エピカとアマランテの答えた内容から推測して当たり障りのない誰もが納得できる、かつ正義の味方が言いそうな内容を答える、という能力が問われる。

 せっかくエピカとアマランテの成長が見られたのだ、彼女たちの頑張りを無駄にすることだけは避けたい。


「弱者だって何も戦ってないわけじゃない。弱者には弱者の戦いがあるんだ。あんただって、隠してるのか自分でも気づいてないのか分からないけど、弱い部分があるはずだよ。」


 アカネのこの言葉に魔王は黙りこくってしばし考えた後、ゆっくりと答えた。


「なるほど…まだ、同じ道を歩むことはできぬか。いずれは分かってもらえることも来ようが…あくまでも弱者の側に立つというのだな。」


「エピカとアマランテの言ったこと聞いてなかったの?アタシは弱者の側にも強者の側にも立たないし、そもそもそんなカテゴライズ意味がないんだって。」


 アカネの言葉が終わると、チクニーが剣を抜いて魔王の方を指しながら発言した。

「これで分かったろう、勇者様とお前ではそもそもの考え方が根っこから違うのだ。理解し合うことなどできん。」


 これに全員が驚愕した。「一体お前は何をしているのだ」と。

 確かに話し合いは物別れに終わったが、何勝手に剣を抜いているのだ、と。


「ちょ、ちょっとチクニー、何勝手なこと…」

 アカネが焦ってそれを咎めようとするが、調子に乗ったチクニーはそう簡単には止まらない。


「長かった…ここまでに多くの物を得て、多くの物を失った…だが、それも今日で終わりだ。

 魔王を倒して、この戦いに終止符を打つのだ。」

 完全に自分に酔いしれている台詞である。チクニーは何も得てないし失ってもいない。

 どうやらこのモブはまだ自分のことを主人公だと勘違いしていたようだ。


 チクニーは一つ、やってみたいことがあった。


 先ほど前庭でアカネとキラーラが戦ったとき、キラーラが敵対する言葉をはいた瞬間すかさずアカネが切りつけたシーンを思い出していた。


(あれは、格好良かった…

 判断の速さと、一瞬の力の発揮…

 頭の良さと身体能力の高さを感じさせる格好良さだった…

 あれみたいのを、俺もやりたい…)


 この男のヒーローへの憧れはもはや危険領域に達している。それについてはアカネも今気付いたが、惜しむらくは、それを魔王に会いに来る前に気付くべきだったことだ。


 余裕の笑みを浮かべながら、座ったまま魔王が答える。

「フッ、話し合いならともかく、実力では私には勝てんぞ…」


「やめろ!チクニ…」

 アカネの言葉を聞き終わる前に、チクニーが座ったままの魔王に切りつけた。刃の当たる瞬間まで、魔王は確かに微動だにしていなかった。剣をかわす予備動作も一切無かったが…剣は空をすべり、ソファを切り裂いた。


 魔王はその場からなんの予兆もなく、消え失せた。


 まだ四天王を倒す糸口すらつかめていない状態で、魔王に敵対行動をとってしまった。間違いなく力不足であるというのに。チクニーに咎めることよりも、アカネは状況整理を始めた。


 魔王が消えた時、ソファは一切動かなかった。反動もなかったということは、超スピードで消えたのではない。部屋を見回しても居ないということは、瞬間移動でもなさそうだ。


 続いてアマランテとビシドの様子を見てみると、やはり二人とも居場所を見失っているようである。どうやら透明になっている訳でもないようだ。


「伏せろアマランテ!!」

 アカネが叫んだ。


 それを聞いてすぐアマランテがしゃがむと、そのすぐ頭上に腕が現れ、雷の爪が空を切り裂いた。

 アマランテはそれを視認するより先に転がって間合いを取る。


 腕に少し遅れて魔王がその姿を現した。

「よくかわしたな。これは少し楽しめそうか…?」

 そう言うと、魔王はまた虚空に姿を消した。


「全員逃げて!勝てる相手じゃない!!」

 ビシドがそう言うと、真っ先に正面の扉を開けて外に飛び出した。全員それに続いて全速力で走り出す。


 アカネは周囲を警戒しながら走り続ける。今度は魔王の姿は見えない。どうやらこのスピードにはついてこれないようだ。やはり瞬間移動ではない。


「アマランテ、城門を破壊するから魔力を杖に込めて!」

 アカネが走りながらアマランテに指示を出す。城門が視界に入るとすぐさまアマランテは魔法でそれを吹き飛ばした。


 アカネ達はそのまま町を駆け抜ける。時刻はすでに夕暮れ時である。まだ人通りは多く、全力疾走で走り続けるアカネ達を人々は奇異の目で見る。アカネは時折振り向いて、脱落者がいないか、魔王が姿を現していないか周囲を警戒しながら走り続ける。


 だいぶペースも落ちてきたが、もう1時間ほども走り続けている。町を抜け、森にたどり着いた一行はようやく一息つくことにした。


 全員息を切らせて森の中に倒れ込んだ。すでに日は暮れており、静かな森の中には激しい息づかいだけが聞こえていた。


「はぁ…はぁ…、なんだったんでしょう、あの魔王の能力は?」

 最初に口を開いたのはエピカだった。


 息を整えてからアカネが答える。

「なんとなく想像はつくけど、その前に…」


 ビシドの方を向いて声をかけた。

「ビシド、いい判断だったよ。逃げるタイミングを教えてくれてありがとう。

 それで、改めて聞きたいんだけど、魔王が姿を消した時、アイツの匂いも消えてた?」


 その問いかけに対してこくり、とビシドが頷く。今度はアカネはアマランテの方に向いて問いかけた。

「アマランテ、魔力の気配も消えてた?」


「消える瞬間は魔力が発せられるのを感じたけど、消えてる間は魔力も完全に消滅してた。

 まるで、この世から消えたみたいだった。」


「やっぱりね…」

 アマランテの答えに、アカネは納得したように独り言を言った。


「どういうことです?魔王の能力が分かったんですか?」

 全く状況のつかめていないチクニーがアカネに問いかける。すると、アカネは少し考え込んでから答え始めた。


「魔王の能力の正体も、魔王を倒す方法も、全て分かった。」


 全員が「おおっ」っと、歓喜の声を漏らすが、しかし、エピカが疑問を呈する。

「で、でも…ここまで全力で逃げてきましたよね?倒す方法は分かったけど、今その方法は実行できないってことですか?」


 これにアカネが答える。

「まあ、そういうことだね。

 先に結論から言うけど、アイツは4次元以上の高次元生命体だ。消えたように見えたのは単に4次元方向に座標移動したにすぎない。」


「次元って、縦、横、高さの、次元?」

 こう発言したのはアマランテであるが、他のメンバーはアカネが何を言ったのか全く理解できない、といった感じであった。


 それを察してアカネが説明を始める。

「位置や、形を確定するために、縦、横、高さの情報が必要でしょ?地図なんかを想像して。

 この縦、横、高さを便宜上X軸、Y軸、Z軸、と呼んで、3つ軸があるから3次元ね。これが私たちが普段認識してる世界。」


 ここで早くもビシドが脱落するが、他の3人はなんとかついてくる。


「で、3次元と4次元の説明の前に分かりやすく2次元と3次元の関係を説明するね。」

 アカネはそう言うと地面に数本縦横に交差する線を描いて盤面を作り、そこに小石を一つ置いて隣接する4面に囲むように〇を描いた。


「この小石が〇から逃げるにはどうしたらいいかって話を考えて。」

「いや、もう詰みですよね?これ。逃げる場所ないですよ。」

 アカネが問題を出すとチクニーが即座に答えた。


「うん、2次元で考えるとそうなるんだけど…」

 教科書通りの予想した答えが得られて満足顔で答えようとするアカネをビシドが遮った。


「ジャンプして空中に逃げればいいじゃん。」

 その回答にチクニーが「そんなのずるじゃないですか」と抗議したが、アカネはぽかんとした顔でこう言った。


「あんたが正解を出すとは思わなかったわ…

 確かに2次元で考えると詰みなんだけど、3次元で考えれば上下に逃げればいい。でも2次元の住人にはその判断はできない。そもそも3次元座標を認知できないから。」

 アカネが周りの反応を伺いながら話す。ここまでは全員ついてこれているようである。


「4次元ってのは縦横高さの他に、仮に『γ軸』とするけど、もう一つ方向があって、仮にアタシたちがいる場所をγ=0の場所とすると、魔王はγ=1とか2とか、分からないけど、その方向に逃げたのよ。」

 アカネの言葉に全員の表情が険しくなる。


「が、がんまほうこう?その方向はどこの方向にあるの!?」

「γ方向」

 混乱したビシドの問いにアカネが簡潔すぎる答えを出す。ビシドの顔は紅潮しており、そろそろ知恵熱を出しそうだ。


「だからその、がんまって何?どのへんにあんの!?」

「知らん」

 アカネの素っ気ない回答にビシドが完全にショートした。


「その…触れもしない、見えもしない、それどころかどこにいるか知ることもできない魔王を倒すことなんてできないんじゃ…」

 エピカがあきらめ顔で話す。


「今なら分かるよ。魔王がイルネット王国の軍をたった一人で壊滅させたってのは誇張でも何でもない、本当のことなんだってね。

 でも倒す方法がないわけじゃない。」


 先ほどの戦闘を思い返しながらアカネが続ける。

「あいつは、こちらに攻撃するときは、同じ座標まで降りてこないとできない。姿を消したままこちらを攻撃はできないんだ。

 それを一瞬早く検知して、反撃する。

 もし、手しか出してこないなら、そこに神経毒とかを流し込んでやれば、理論上は倒せないことはない。」


「…理論上は」

 エピカがそれに返す。そう、理論上は可能でも、それを実行できるのかは話が別だ。


「アマランテ、魔王が消えるとき魔力を感じたって言ってたけど、出現したときはどうだった?」


「出現したときは何も感じなかった。アカネ様が気付かなかったらやられてた。」

 アカネの問いかけにアマランテが答えた。その内容に少し考え込んでからアカネがさらに続ける。


「アタシ達が上に移動するときに重力の影響を受けるように、魔王もγ軸を移動するときにはなんらかの反力を相殺するために魔力を使ってるのかもね。

 でも、元の座標に戻ってくるときはその力を受けないから魔力も使わないのかも。」


 魔力で移動しているのなら、いずれにしろやはりカギを握っているのはアマランテなのではないか?という考えがアカネの脳裏に浮かんだ。魔力でγ軸を移動する、という自身の推測に基づくものでもあるが、その裏付けをしたのは魔王自身だ。


 戦闘になった時、魔王は真っ先にアマランテを狙った。普通なら判断が早く、魔力の溜めもほとんどせずに必殺の一撃を放ってくるビシドを狙うべきだとアカネは考えるし、実際ルウル・バラはそうした。


 アカネが考え込んでいると、男の声が聞こえた。


「こんなとこまで逃げているとはな、追いつくのに骨が折れたぞ」

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