第59話 ラップバトル
ぎいぃ、と謁見の間の扉が開けられた。
魔王は何者かと1対1で何か打ち合わせをしていたが、アカネ達に気づくと話を切り上げた。
「では、エッレク、引き続き任務を遂行せよ」
そう言われると、魔王と話していた男は玉座の正面の扉から出て行った。それを見て、アカネ達は自分達の通った扉が謁見の間の脇にある勝手口のような扉だと気づいた。
「あれ…カートは…?水鉄砲は…?」
アカネがボソッと呟く。
「ずいぶんかかったな…なぜ正面ではなくそちらから来たんだ?」
魔王の問いかけに対し、アカネが全てを悟った。
「あ…キラーラの奴…!!」
全てはキラーラの地味な嫌がらせだったのだ。
アカネ達が通ってきたのは兵士の鍛錬用に作られたアトラクションであった。
「え…?どういうこと、アカネちゃん?魔王が侵入者対策で作ったトラップじゃなかったの?」
「い、いや…えと…」
ビシドの問いに対し、答えに窮するアカネ。
「よ、よくも卑劣な罠の数々を!だがアタシ達は無事それを打ち破ってここまで来たぞ!!」
アカネが抜刀して魔王の方に向けながら口上をたれる。
「フハハハハっ!よくぞここまで来たな、勇者アカネよ!どうやら貴様はこの私と向き合う資格があったようだな!!」
即座に事情を察した魔王がアカネに調子を合わせる。なかなか気のきく男である。
口上が終わるとアカネは剣を鞘に戻して魔王の方に向き直って言った。
「まあ、そう言うわけで、闇の勇者ことアカネです。よろしく。」
アカネは基本的に相手とその態度によって対応を変える。今回のようにイレギュラーなことが起こるといまいちキャラが安定しないという事態が起こる。
「ヘイレンダール帝国の皇帝、クルーグヘイレンだ。」
そう名乗った男は長い黒髪に丸いサングラス、革ジャンにマントを羽織っており、皇帝というよりはロックスター、といった感じの服装である。年の頃は30代中盤といったところだろうか。
驚くのは座っている玉座である。ふつう玉座といえば木で作ってあり、金銀宝石のついた豪華な装飾を備えた巨大な物であるが、彼の座っている椅子には装飾が一切ない。それ以前に革張りのソファにしか見えない。
というか、ソファである。
「………」
「………」
(アタシ、何しに来たんだっけ…?)
魔王とアカネは完全に会話が止まってしまっていたが、これには解説が必要であろう。
アカネはここまで、数々のアトラクションをクリアしてテンションが最高潮の状態で謁見の間に入った。しかしそこで待っていたのは待ちくたびれて他の仕事を先に進めていた通常テンションの魔王である。
これだけでも通常なら温度差から気圧の谷が発生して積乱雲ができそうな事態である。
さらに、アカネは仲間に通る必要のないアトラクションを通ってきたことを誤魔化すために魔王に対して剣を抜く、という当初の予定と真逆のことをしてしまった。
この二つのことが重なって自分でも何をしにここまで来たのかよく分からなくなってしまったのである。
アカネは一旦深呼吸をして考えをまとめ直して、それを魔王に伝えた。
「ええっと、私と、ここにいないもう一人の勇者、『ステファン』はイルセルセ国王スルヴからの魔王討伐の依頼を受けてるんだけどさ、どうもあいつら信用できないっていうか、不審なところがあるから、そもそも『魔王』って本当に倒さなきゃいけない相手なの?って疑問に思って、直接話をしに来た、ってのがアタシの目的なのよ。」
魔王は、その言葉を聞いて少し考えてから答えた。
「なるほど…ただの子供の使いではなく、しっかり自分で判断しようというのだな。なかなか理知的な判断だ。
…しかし、今回の件、スルヴ王は知っているのかな?」
「分かってて言ってんでしょ?あいつに言う訳ないじゃん。
あいつは多分勇者と魔王が話し合い、なんて絶対させたくないでしょ。」
アカネの返答も大分いつもの調子に戻りつつある。
「まあ、帝都に来てることは何故か知られちゃったみたいだけど、目的までは分かってないはず…」
少し困ったような顔でアカネが付け加えた。
「で、アタシが聞きたいのはあんたの目的よ。
別にこの世界を滅ぼそうってじゃないなら妥協点は十分あると思うのよね。アタシに決定権がある訳じゃないけど。」
アカネは自分の質問を投げかけて発言を終わった。これに魔王がどうこたえるのか。
「なかなか冷静で肝の据わったお嬢さんだが、私が話など聞かずに勇者を殺す、とは考えなかったのか?」
この脅しのような魔王の発言にアカネが返す。
「あんたはそんな野蛮なことはしない、と思った。ベンヌを見てそう思ったのよ。」
アカネはベンヌに2度遭遇して感じたことを話した。
イルセルセからの情報では魔王軍は非情な集団、と聞いていたが実際に会ってみると決して争いを好む性質ではなく(エイヤレーレには燃やされそうになったが)特にベンヌは理知的で話し合いを優先、とても一方的に『悪』と決めつけていいような人間という印象を受けなかった、という話をアカネがした。
「ベンヌが気に入ったか、中々見る目があるな。
まあ、奴は奴で問題もあるがな…」
さらに、独り言とも愚痴ともつかない内容を魔王が続けてしゃべった。
「人望はあるのだが、少し難しい仕事や厄介なものは下に仕事を回さずに全部自分で解決しようとするところがあってな…あれでは下が育たん。」
魔王もいろいろと大変なんだな、と思いながらもアカネが話を仕切りなおした。
「で、結局のところあんたの『最終目的』はなんなの?それ聞いてからアタシの今後の活動方針を決めたいのよ。」
見定めるようにしばらくアカネの方を眺めた後、魔王がゆっくりと答えた。
「ラーライリア大陸全土の支配だ。」
「聞きたいのはそこじゃない。その後どうするか、だ。」
アカネの言葉にフッと笑って、さらに魔王が答えた。
「それも同じ答えだな。誰を生かし、誰を切り捨て、どう生かし、どう殺す。その全てを支配する。
弱者は考える必要などない、ただ口を開いて餌が投げ込まれるのを待っておればよい。全ては我々が管理するのだ。」
少し険しい顔になってアカネが質問をぶつけた。
「それは…四天王は、エイヤレーレは知ってるの?」
「私の施政方針をつまびらかに読み解いていけば、そういう結論になることは誰でも知ることはできる。理解しているかは知らんがな。」
事も無げに魔王が答え、さらに続ける。
「弱者に国家の運営などできん。自分で責任を取ることを恐れるからだ。ならば我々強者が管理するしかあるまい。
私は、この世界に完全な形で管理された理想の国家を作るつもりだ。」
「それは…自分勝手じゃないの…かなあ?」
自信なさげにアカネがこれに反論する。もともと政治のことなど彼女はあまり詳しくないのだ。
一つ言えば十帰ってくる、魔王の攻撃は止まらない。
「お前はこれまで弱者のために身を張って戦ってきたな。その結果どうだった?
弱者の殻から抜け出して成長しようとする者などいたか?
彼らは弱者でいたいのだ。強くなることも自由になることも望んでいない。支配されることを望んでいるのだ。」
アカネは「とりあえず話を聞く」ということで、無策で来た事を後悔し始めていた。
「アカネちゃんゆうほど弱者のために戦ってないよね」ビシドがそう言おうとしてやめた。難しい話に巻き込まれたくなかったからだ。
魔王はどうもステファンとアカネの行動がごっちゃになっているところがあるのかもしれない。しかし確信がないため誰もそれを突っ込めない。
実際弱者のために戦った、といえるのはヒヒテの村の自由革命軍との戦闘のみである。それも結局謝礼をたんまり貰ったが。
「お前の目に私はどう映る?
お前は異質だ。強者のようでもあり、弱者のようでもある。
強者のように村人に救いの手を差し伸べておきながら徹底的に正当な対価を要求する。村人でも王でも、エルフでも巨人でも、常に対等に、中立に立ち振る舞う。」
アカネは段々話が分からなくなってきていた。魔王が何を言いたいのかも、自分が何を訪ねたのかも、判然とせず、思考がまとまらない。
要は話についてこれていないのだ。
魔王が何か話し続けているが、それを横目に、ちらり、とビシドの方を見る。ビシドは指のささくれが気になっているらしく、夢中で指をいじっている。
アカネは心の中でビシドに謝った。今まで自分たちが難しい話をしていてビシドがついてこれなくなったことが何度かあったが、こんな気持ちだったんだな、と理解したからである。
今なら分かる。これまでさんざんビシドの頭が弱いことを馬鹿にしていたが、
弱いことは罪ではない。人それぞれ得手不得手があるだけなのだ、と。
「そうは思わぬか、アカネ殿」
「えあ!?はい!え?」
魔王の問いかけに素っ頓狂な声を上げるアカネ。ピンチである。完全に話を聞いていなかった。
「えと~、ええ~」
「何か言わなきゃ、何か言わなきゃ」と思いながらも、話を聞いていなかったアカネにまともな返答が思い浮かぶはずもない。アカネの額から冷や汗があふれ出る。
「タイム!タ~イム!!」
魔王とアカネの間にチクニーが割って入った。部屋の端までアカネの肩を押しながら詰めよる。
「ちょっとちょっとちょっと、勇者様!
ラスボス戦だってのに何ぼーっとしてんですか!!」
「帰りたい」
「かっ…」
アカネの発言にチクニーは言葉を失ってしまった。
「あのですね!今目の前にラスボスが鎮座してんですよ!?この戦いで全てが決まるんですから!!
ラーライリア大陸の未来はこの一戦にかかってるんですからね?それを理解した上で…」
アカネはチクニーの声を聞いていたらなんとなく腹が立ってきた。なぜこいつは私に対して怒っているのか、本来の立場で言えば私は異世界の人間、部外者であるというのに。むしろお前の方が当事者なのに何故自分で何もしようとせず私に丸投げするのか、と。
そこまで考えて、ああ、魔王の言っていたこととはこういうことなのか、と目の前の男を見ながら理解した。
弱者である自分は何もできない。だから勇者に丸投げする。何か問題が起こればそれを解決してくれる英雄の登場を心待ちにするが、自分がそれになろうとはしない。自分は安全なところにいて文句だけを言う。それが弱者の特権だからだ。弱者とは居心地のいい場所なのだ。
「結局アタシが行くしかないのか…」
諦めにも似た決意でアカネがつぶやきながら前に出る。結局のところ問題を解決できるのは自分以外の何者でもないのだ。何かを変えたかったら自分が動くしかない。
部屋の中央に戻る前に一応アカネがチクニーに質問した。
「ちなみに、今魔王が何話してるか、チクニーはわかる?」
「奴隷に分かる訳ないじゃないですか。」
半ば予想していた回答ではあるが、あきらめて、アカネは部屋の中央に戻った。アカネの腹の中では、静かに怒りがこみあげていた。
おそらく今、魔王から「世界の半分をやるから仲間になれ」と言われたらアカネは拒否するだろう。
「全部よこせ」
そう答えて世界の全てを共同管理する方向で調整するだろうな、と心の中で思っていた。
「答えは出たかな?アカネ殿…」
魔王の前に戻るとそう声をかけられたが、先ほどの話をよく聞いていなかったのでそもそもなんの『答え』なのかが分からない。
すると、横にいたエピカがおずおずと手を挙げた。
「あの~…」
「何だ?」
魔王が不機嫌そうに聞く。
通常で言えばこういったラップバトルは主人公と魔王の1対1で行われるのが当然である。戦闘に仲間が助けに入ることがあっても、その前の舌戦に仲間が助けに入るなどあり得ないのだ。それ故魔王は不機嫌になったのである。
魔王が不機嫌になったのに気づいてさらに萎縮するエピカ、しかしそれでも意見を言うのはやめない。
「そもそも全ての人を『強者』と『弱者』にカテゴライズすることがちょっと強引すぎるんだと思います。
人は皆得手不得手がありますから。
前提が強引だと当然結論も極論になってしまいますから、それでは全ての人を納得させるのは難しいと思うんです…」
アカネは驚いていた。
普段控えめでパーティー内でもあまり目立たないエピカがあの魔王相手にしっかりと自分の意見を言って反論しているのだ。エピカは、自分が思っていたより、実はずっと強かったのかもしれない。
「皆、それぞれの強さがあって、それぞれの弱さがある。あなたも、部下を適材適所で使っているはず。それは『強者』と『弱者』で区別できる物ではない。違う?」
それに続くようにアマランテも魔王に意見した。アマランテが初対面の人間に意見するのも、やはりアカネは初めて見た。近くで見ていると分からないが、このパーティーはアカネの気づかない内に成長していたのだ。
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