第58話 風雲!魔王城

 魔王城、正式名称をノイエンヒュッテ精神城というが、その城門の前にアカネ達は立っていた。


 敵地と言うこともあり、装備も通常通り、帯刀もしている。これまでと違うのは、アマランテが巨人に貰ったレイピアを持っており、チクニーはいつものククリナイフではなく、やはり巨人に貰った片手剣を装備している。


 城門に入る時、意外にも武器のたぐいは没収されなかった。また、武器だけでなく旅で使う道具一式も持ち歩いている。いざというとき帝都を離脱することになれば、宿に荷物を取りに行っている時間はないだろう、との備えである。


 城門の内側、前庭でエイヤレーレが迎えてくれた。


「いらっしゃい、早かったわね。とりあえず城内を案内するわ。」

 エイヤレーレがそう声をかけると、その後ろから別の男が声をかけてきた。もう一人の四天王、炎のキラーラである。


「その必要はない、案内なら俺がしよう。エイヤレーレ、お前は随分城をあけてたから仕事がたまってるはずだ。」

 どうやらエイヤレーレに変わって彼が案内するということのようだ。四天王はみんな暇なのか。


 キラーラは城内に戻っていくエイヤレーレを眺めていた。


 いつも通りのエイヤレーレだ。先日感じた違和感は無い。結局違和感の正体がなんであったのか、今となっては彼自身分からなかったが、どうやら彼はエイヤレーレを乳で認識していたようである。


「んじゃ、早速案内してくれる?キラーラ、だっけ?」

 アカネがキラーラに対して話しかけるが、彼は冷たい目で見下ろしながら次のように言い放った。


「軽々しく名を呼ぶな…お前はここで俺が始末する。」


 そう言い終わる前にアカネが剣を抜き放ちキラーラの首もとに打ち付けたが、その剣はなんと素手で掴み止められた。


 ビシドも弓矢を放ったが、空中にある内にキラーラの炎で消し炭にされてしまった。


「なんとなくアンタは今回の謁見に対して賛成してない感じはあったけど、こんなに直接的な手段取るとはね…」

 距離をとりながらアカネは言った。彼女はこうなることを読んでいたようである。


「貴様のような危険人物を陛下に近づけるわけにはいかん。」

 そう言うとキラーラの剣が炎に包まれた。


(オリハルコン?…ほどの力は感じないけど、魔剣の一種か…?)

 アカネの顔に焦りがでる。最近ポンコツ女のせいで忘れかけていたが、四天王の実力の高さはベンヌで身を持って体験している。しかし彼女には勝算があった。


 キラーラがアカネめがけて飛びかかって剣を振り下ろす。一瞬アカネはそれを自身の剣で受けようとするが、思い直してそれを打ち払って横に飛んだ。

 振り下ろした先の地面が爆砕し、土が飛び散る。だが驚愕すべきはその爆発よりも熱である。


「思った通り凄い熱量だ。もし受けてたら、当たらなくても輻射熱で焼け死んでた…」

 アカネの額から汗が噴き出すが、それは熱さからだけではない。


 アカネは間合いを取ったのを見てアマランテがアイスジャベリンを飛ばすが、それもキラーラにたどり着く前に空中で熱により四散した。


 アカネは距離を取ったまま攻めあぐねている。キラーラの剣が発火し続けている以上近づくことすらできないのである。


「どうした?来ないならまたこっちのターンか?」

 それが分かっていてキラーラは嫌らしい笑みを浮かべながら剣を上段に構える。


 アカネはアマランテのそばまで行って語りかける。

「アマランテ、サイクロプスがやったみたいに魔力を散らせることはできない?」

「冷気の魔法で相殺できるか、やってみる。」


 アカネの考えているのはサイクロプス戦のことだけではない。キラーラ自身のことである。現在10メートルほどの距離を取っているが、それでも凄い熱さだ。

 彼自身はこの熱からどうやって逃れているのか?おそらく何らかの方法で魔法を相殺しているに違いないのだ。


 アマランテがアカネに冷気の皮膜を張ると、アカネは一気に間合いを詰めてキラーラに切りかかる。

 1,2発ほど切りかかって受けられると、すぐに前蹴りを放ちながら距離をとる。冷気の皮膜はどうやら1秒ほどが限界である。どうもイメージと違う。


 しかし、分かったこともある。キラーラの魔法は厄介だが、近接戦闘の技術自体はベンヌの方が上だ。

「熱さえどうにかなれば、一撃入れられそうなのに…」


 そして、魔法を散らす技に関しても、反対属性の魔力で相殺するのは、サイクロプスやキラーラがやっているのとはどうもイメージが違う、別に何か方法がありそうだ。


「その熱がどうにかならねえから、てめぇはここで死ぬんだよ!」

 キラーラがそう言いながら間合いを詰めようとしたが…


「そこまでよ!!」

 エイヤレーレの声であった。


 そこには息を切らしたチクニーとエイヤレーレがいた。

 戦闘に参加していなかったチクニーはアカネの言いつけでエイヤレーレを呼びに行っていたのである。


「どういうつもり?キラーラ。陛下が正式に招待した客人に無法を働くなど…」


「そう目くじら立てるなよ。ちょっと技比べしてみただけだ。」


 咎めるエイヤレーレに対してキラーラは悪びれる様子もない。キラーラはアカネに近づいて、ポンと肩をたたきながら小声で言う。

「ま、ちょっとしたおふざけだ、許してくれるよな?

 陛下の部屋へは正面の大広間から右の小道にはいると近道になる。」


 さらにエイヤレーレの方に向き直り大きな声でこう言った。

「道順は今教えたから俺はもう戻るぜ。俺も仕事があるんでな。じゃあな。」


「ごめんなさいね、アカネさん。私もまだ仕事があるから戻るけど。」

 そう言いながらエイヤレーレは考えを巡らす。

(どういうことなの?なぜキラーラはこんなことを?

 まさかとは思うが、陛下に叛意を持っているのか…?)


 まさか自分の乳パッドが事の発端だとは思いも寄らないだろう。


「ま、忙しいなら仕方ないよ。

 それよりありがと、助けて貰って。助かったよ。」


 アカネからその言葉を聞くとエイヤレーレは上を向いて指笛を吹いた。

 すると、以前にヨルデルの研究所から飛ばした使い魔の鷹が上空から降りてきて、ビシドの肩に止まった。


「何かあれば私を呼ぶようにこの子に伝えて。」

 エイヤレーレがビシドにそう伝えると、ビシドが聞き返した。


「この子の名前なんだっけ?」


「おにぎり」


「前に何の時に使ったんだっけ?」


「元気モリモリご飯パワーの情報を陛下に伝えるために使った」


「………」


 ともかく、アカネ達はキラーラに言われたとおり城内に入って横の小道に入った。


 小道に入ると、中は広い部屋になっており、こちらに向かって滑り台のような坂が部屋全体をふさぐように設置されていた。


「これ上らなきゃ次に行けないのか…?」

 アカネが独り言を呟いた。


 仕方なくアカネ達はつるつると滑るスロープを一気に駆け上がって次の部屋を目指す。

 ビシドは庭でも歩くかのように一瞬で駆け上ったが、チクニーは荷物とアーマーの重量で苦労してやっと登り切った。


 次の部屋に行くと、細長い部屋になっており、天井からロープがぶら下がっている。ロープは天井と滑車で繋がっており、横にスライドするようだ。床はなく、熱湯の水槽になっている。


「まあ、このロープに捕まって水槽に落ちないように向こう岸まで渡れってことだろうな。」

「また体重の重い俺に不利そうな部屋なんで、俺から先に行っていいですか?」

 アカネの解説に対しチクニーが自分が先行する提案をする。


 アカネの同意が得られたためチクニーが水槽の縁に立つ。

「押さないでくださいよ…?」

 そう言いながら慎重に足場とロープを確認する。


「早くしろよ」

「わかってますから!ちゃんと行くから、押さないでくださいよ?」

 しばらく言い合うが、チクニーは慎重にロープの感触を確認して勢いを付けようとした。


「いいから早くしろ、うすのろ!」

 そういってアカネがチクニーの尻を蹴り飛ばし、チクニーは堪えきれずに熱湯に落ちた。


「あつっ!あっつぁあ!!」

 チクニーがもがきながら熱湯から這い出てくる。


「なにすんですかぁ!押さないでって言ったじゃないですかぁ!」

「いやあ、逆に『押せ』ってことかな、って思ってさ…」

 意味が分からないことを言うアカネに対し暫くチクニーが抗議していたが、あまり生産性がないのであきらめ、数度のトライによりこの部屋も無事全員が突破することができた。


「しっかし、この部屋一体なんなんだ…?なんか見覚えがあるような…」


 何かを思い出しそうなアカネが、とりあえず次の部屋に向かうと、部屋の上部に「まさかのドミノ」と書かれていた。今まで気づかなかったが、ここまでの部屋にも同様の看板があったのだろうか。


 部屋に入ると対岸まで20メートルほどある1本道のようになっており、その間をドミノのような巨大な板が十数枚、自分たちの足場と同じ高さにてっぺんを合わせて、橋のように縦に並んでいる。どうやらこれを橋代わりに落ちないようにわたりきる難関のようである。


「よーし、まずは私から行くよ!」

 いつの間にかアカネはノリノリである。


 慎重に渡っていったが、十枚ほど渡ったところで板が倒れて落ちてしまった。


「痛ってて…落ちちゃった…」

 そういうと、アカネはドミノの橋から横に移動する。すると、ドミノは自動的に立ち上がっていって、元の状態に戻った。魔法であろうか。


「しゃあない、もう一回チャレンジか…」

 そう言ってアカネが脇道からスタート地点に戻ってくる。


「ん…?いや、なんでこっち戻ってくるんですか?ゴールの方行けばいいじゃないですか。」

 チクニーが素朴な疑問を口にする。


「え…何でって、そりゃ失敗したから」

 アカネは当たり前のことのように答えるが…


「いや、そっちの次の部屋の入り口の方から登ってけばすぐですよね?」


「そんなの…ずるいだろ…」


 二人の話が噛み合わない。


 しかしともかく、ここはアカネの言うとおり正規のルートから全員が挑戦した。

 この部屋はかなり難易度が高く、ビシド以外は何度も挑戦してやっとクリアすることができた。


「だんだん思い出してきたぞ…これはYoutubeで見たことがあるわ…」

 そう言いながらアカネは次の部屋の扉を開けた。


 次の部屋は前の部屋と同じような構造になっているが、それよりも部屋に幅があり、一方の壁にはいくつかの大きな穴があいていた。

 ここは入り口と出口は前の部屋のようなドミノではなく吊り橋で繋がっている。


「じゃあ、まず俺から行きますね。」

 そう言って吊り橋をチクニーが渡っていく。


(ただの吊り橋なら、簡単にいけそうだな…)

 そう思いながら慎重に渡っていると…


「気をつけろ!ボールが飛んでくるぞ!!」

「え?ボール?」

 アカネの声に気を取られた瞬間、壁の横穴からバレーボールが飛んできてチクニーの股間に直撃、金的を強打した彼はそのまま吊り橋にうずくまった。そこにさらにボールが飛んできて頭部に直撃し、彼はそのまま吊り橋から落下した。

 全員が爆笑した。


「結構えぐいですね…これ」

 エピカが落下したチクニーを治療しながら半笑いで呟く。


「アカネ様はこの難関を知っているみたい…なにか攻略法とかはないの?」

 アマランテがアカネに助言を求めたが、アカネが言うには、正攻法通り慎重に渡って、都度ボールを避けるしかないようである。


 仕方なく全員が途中何度も落下しながら吊り橋を渡りきった。普段クールなアマランテが何度もバレーボールの直撃を食らって落下するのはなかなかおもしろい光景であった。ちなみになぜかゴールまで誰も一度も魔法は使わなかった。すでに暗黙の了解という物が発生しているのである。


 次の部屋の前でアカネが全員に檄を飛ばす。

「よし、次がラストの人喰い穴だ!

 穴が5つ空いてて、その内2つが正解の穴で、殿のところに繋がってるはず。」


(殿…?)


 アカネ以外の全員がその発言に少し違和感を感じたが、扉を開けてみるとアカネの言うとおり地面に5つの穴が空いていた。


 ビシドが匂いで何もいない穴を見つけると、全員がその穴を通って次の部屋に進んでいく。運動の後の爽やかな疲労感と、達成感が一同を包んでいた。


「よし、いよいよ魔王戦だ。魔王のカートと水鉄砲はかなり性能がよくてこっちが不利だけど、5人もいれば協力し合えば必ず勝機はある!絶対に諦めるなよ!」


 そうアカネが仲間に檄を飛ばすと、全員が「おう!」と右手を挙げて答えた。

 もはや闇の勇者一行のテンションは最高潮である。

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