第57話 訪問者ルウル・バラ

「オン・キリ・キャラ・ハラ・フタラン・バソツ・ソワカ・オン・バザラド・シャコク」


 姿を現したのは光の勇者ステファンのパーティーメンバーの僧侶、ルウル・バラであった。


 先ほどまで確かに、部屋の中には何もいなかった。ビシドの鼻にも何の反応もなかった。しかし、低いしゃがれ声の呪文と共に、先ほどまで誰も座っていなかったイスの上にルウル・バラが現れたのだ。


「ルウル・バラ…アンタ失礼じゃないの?人に断りもなく勝手に部屋に入って。」

 アカネはいつも通り強気の態度だ。しかしビシドの鼻にも、アマランテの魔力検知にも全くかからないこの男に対して指摘するポイントがずれているのではないか。


 ルウル・バラはそれには答えず、スッと立ち上がって呟いた。


「アカネ殿…」


「しゃ…喋った」

「喋れたのかこの人…」

 一行が口々に驚愕の意を示す。


 さらにルウル・バラが続ける。

「己とお主は、同郷のようだな…」


「まあ、薄々感じてはいたけど、そうみたいね。」

 根拠は服装だけであるが、アカネも話を合わせる。


おれの真の名は漆原源之助と申す。お主は?」

 ルウル・バラの問いかけに対し、状況をはかりかねているのか、少し黙った後アカネが答えた。


「木村アカネ、だけど?それがどうかしたの?今更自己紹介でもして仲良くしましょうっての?」


 ルウル・バラはゆっくりと歩いて窓際に立ち、鍵を開けながら言った。


「ビシド…動くな」


「!?…う、…」

(動けない…!?)

 ビシドは立ったまま動きが止まっている。周りが何事かと思っていると…


「アマランテ・アーレオーレ…動くな」

「エピカ・フリント…動くな」

 ルウル・バラがさらに続けると、その二人も身動きが取れなくなった。


「キムラ・アカネ…動くな」

「チクニー・コンコスール…動くな」


 アカネも固まってしまい、動けなくなったように見えたが…


「う…!?」

(う…動けるぞ?)

 チクニーは動けるようだった。


(え…?あれ?みんな動けないの?これどういう状況?)


 それに気づいていないのか、ルウル・バラが話し続ける。


「今日来たのは他でもない。アカネ…お主がメイヤの迷宮遺跡の封印を解いて石板を叩き割ったのではないかという嫌疑がかかっておる。

 あれでは王国に叛意ありと取られても仕方あるまい。それを問いただしに来た。」


(ホントに動けないの?ドッキリ?とりあえず動けないふりした方がいいのかな…?)

 とりあえずチクニーも周りにあわせて動けないふりをすることにした。


「アマランテ・アーレオーレ、質問に答えろ。

 お主の杖の先についているのはオリハルコンではないのか?

 もう一つのオリハルコンの宝玉はどこにある?」


「し…知らない。」

 普段親しくない人間とはいっさい口をきかないアマランテが素直に質問に答えた。どうやらフルネームで呼ばれると命令に逆らえないようである。


「次の質問だ。石板を叩き割ったのは、誰だ?知っているなら答えよ。」


 とたんにアマランテの表情が険しくなり、脂汗をかき始めた。

「そ、それは…アカ…」


 その瞬間、アカネが腰の剣を抜きルウル・バラに切りつけた。

 ルウル・バラはアカネの方を向き、錫杖でそれを受ける。それを合図に後ろにいたチクニーもルウル・バラの膝裏を蹴って重心を崩した。


 ルウル・バラは床に回転しながら倒れ込み、追撃しようとするアカネの剣をかわして窓枠に飛び乗る。2メートルを越える巨躯とは思えない素早い身のこなしである。


「偽名であったか、慎重な女だ。」

 そう言うとルウル・バラは窓の外に逃げていった。


 ルウル・バラがいなくなると全員の拘束も切れたようで、それぞれ動き始めた。


「はぁ、はぁ…アカネさん、今のは一体?」

 冷や汗をかきながらエピカがアカネに聞く。


「言霊って奴だね。急にフルネーム聞いてきたから怪しいと思って偽名言って正解だったわ。本名を言うだけで相手を従わせることができる、厄介な魔法みたいなもんよ。」


「ルウル・バラさんの本名は、ウルシバラ・ゲンノスケって言ってましたね?アカネさんと同郷なんですか?」

 さらにエピカが続けて質問する。余りに多くのことが起きすぎて、質問が尽きない。


「うん、時代は違うかもしれないけど、同じ日本の出身みたいだね。たぶん向こうは最初から気づいてたんだろうけど。

 それと、源之助ってのはあざなで、その先に忌み名いみなってのがあるはず。それが分からないと言霊は使えないんだよね。まあ、分かっても私は使えないけど。」


 徳川家康で言えば時代によっても違うが、名字は徳川、字は次郎三郎、忌み名は家康である。忌み名は通常親でもなければ軽々と呼んではならず、それを口にすることは失礼に当たる。

 だからこそ鐘に忌み名を二つに分けて書かれてあんなにぶち切れたのである。尤も因縁をつけるネタを探していたのだから当然であるが。


「私達はイルセルセに戸籍がありますから名前は調べれば分かりますが、アカネさんのは分からないから、それで先に聞いてきたんですね。」

 エピカは事情が飲み込めたようである。


「え?ちょっと待ってよ。」

 これに疑問を覚えたのはルウル・バラが最も驚異に感じて真っ先に動きを封じた女性、ビシドである。


「じゃあなんでチクニーは動けたの?」


「あ、あれ?…確かに」

 アカネの言葉に呼応して全員がチクニーの方に疑問の目を向ける。


(え?…マジな奴?これ)

 本気で言っているのか、嫌がらせなのか、チクニーには分からず、困惑している。


 種明かしをすると単純な話、ルウル・バラが名前を間違えたからである。


 もはやその名で呼ぶのはエピカのみであるが、彼の名はコンコスール。『チクニー』は必要ない。

 奴隷の戸籍は通常の者と違って奴隷の登録がそのまま戸籍としての効力を発揮する。また、登録名は本名でなく、呼び名であることも多い。

 そのため別途名前を調べた結果、彼の名前は『チクニー・コンコスール』である、という結論に至ったのであろう。


「まあ…それは置いといて、だ」

(置いとかれるのか…)

 アカネの言葉に不安を覚えるチクニー。


「ルウル・バラの気配にビシドもアマランテも全然気づかなかったの?」


 アカネがそう聞くと、二人とも首を振った。やはり嗅覚も魔力検知も一切きかなかったという。どんなものにも例外という物があるが、ルウル・バラの使う魔術は性質も力も規格外である。


 ともかく、一行はその日は休むことにした。誰の警戒網にもかからず予測もできないなら恐れたところで仕方ない、という結論である。

 寝る前にエイヤレーレからの使者が来て、5日後の午後に登城するように連絡があった。いよいよ魔王との対面である。


 同日の夜、一人の男が悩んでいた。


 魔王の側近の一人でもありヘイレンダールの将軍でもある。四天王最強の呼び名も高い『炎の』キラーラである。


 結局エイヤレーレと魔王に押し切られて5日後の午後、勇者と魔王の謁見が成ってしまった。経歴を調べてみれば、魔王がアカネという人物に興味を持つのは分かる。その行動原理にしても、王国との関係性にしても、非常に興味深い人間であるのは間違いない。


 もし、これが敵意を持っていたとしても、魔王相手に何かできるはずもない、という確信もある。魔王の力はそれだけ絶対的なのだ。


 しかし、闇の勇者は良きにしろ悪しきにしろ常に『何か』しでかしそうな雰囲気がある。剣聖を倒した『含み針』、ノルア王に取り入った話術、ヨルデルを懐柔した謎の手腕、サイクロプスとの会話、エイヤレーレともいつの間にか打ち解けている。


 何か、凡人の発想から外れたようなひらめきの持ち主なのだろうか、というとそうではない。一つ一つは凡人でも思いつきそうなことだ。だが、それを実行するとなると逡巡する。

 そんな『ほんの少しの実行力』で最大限に場をひっかき回すのだ。


 キラーラは考えをまとめながら改めてエイヤレーレの様子がおかしかったことを思い出した。態度もおかしかったが、一瞬見えた外見もいつもとは『何か』が違っていた。決定的な『何か』が。


 もしかしたらその『何か』を隠すために馬車から出られなかったのではないか?服が破れていた、など嘘ではないのか?

 さらに言うなら、「アレは本当にエイヤレーレだったのか?」

 キラーラの思考はそこまで思い至ってから結論に達した。


「やはりあの女を陛下に会わせるわけにはいかん。たとえそれが陛下の意志に反して、でもだ。」

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