第56話 また来た

「やっと着いた…帝都コテル!」


 アカネ達一行は長い旅の末、ようやく魔王のいる帝都コテルに到着した。

 エイヤレーレはずっと身を縮めてもじもじしている。パッドがなくなり、どうにも落ち着かないのだ。


 町に入ってしばらく進むと道の中央に一人の男が現れて馬車を止めた。黒いフルプレートアーマーに赤い短髪の男であった。


「遅かったな、エイヤレーレ

 お前のいない間、大変だったぞ」


 エイヤレーレが馬車から顔だけ出してその男に答えた。

「すまないな、キラーラ、ヨルデルの作った他の魔物たちが山から逃げ出し、それを討伐しながら戻ってきた故、遅れてしまった。

 帝都は無事だったか?」


「………」

 拭えぬ違和感に会話が止まる。


「何故顔だけしか出さん」

 キラーラの疑問も尤もである。


「そ…それは…」

 思わず言葉に詰まり顔中から汗をだらだら垂れ流すエイヤレーレ。


 言えない。胸の詰め物をなくしてしまい、首から下を見せられない、などと、言えようはずもない。


 それにしてもこの女、自分が予想外の事態に弱いことをよくわかっているのになぜ言い訳を用意していなかったのか。

 町に入ったらすぐに自宅に向かって詰め物を取りに行くつもりだったのだが、そこをキラーラに待ち伏せされてしまい、斯くの如き事態となった、それは仕方ないにしても、普通はいざという時の言い訳の一つや二つ用意しておくものだというのに。


 しかしキラーラの方もこの事態に困惑しているのは同じである。

 そもそもエイヤレーレが顔しか見せないこと以前に、なぜ闇の勇者をこの帝都に連れてきたのか、まずそれが分からない。


 いずれは勇者と呼ばれるものと対峙するであろうことは予想していたが、まさかこの帝都に正面きって堂々と入ってくるとは思いもよらなかったのだ。


「アタシが言ったげようか?理由」

 闇の勇者がエイヤレーレのサポートを申し出る。


「ダ、ダメよ!言わないで!」

 エイヤレーレが必死でそれを止める。

 その瞬間であった。キラーラは一瞬エイヤレーレの体が馬車の幌の影から見えた。 


(!?…なんだ?この違和感は?)


 一瞬しか見えなかったが、確かに違和感をキラーラは感じた。しかしその違和感の正体がなんなのか?これが分からない。いつものエイヤレーレとは何かが違う気がする。どこが違うのか?種明かしをすると胸であるが、キラーラはそれに気づかない。


 そういえば、性格も違う気がする。いつもはもっと、根拠がないと言っていいほどの自信に満ちあふれ、堂々としているのだが、今はどうだ。馬車の中にこそこそと隠れて、受け答えにも自信のなさを感じる。


「そもそも貴様!なぜ勇者などを帝都に連れてきた!本気でそいつ等を陛下に引き合わせる気か!?

 俺はそんなこと認めんぞ!!」

 怒気混じりにキラーラが発言した。


「だ、だからそれは!事前に陛下に手紙を出している!

 お前ではなく陛下が判断することだ。

 そ、そうだ。陛下の判断はどうなったのだ?」


「うるさい!そもそも、なんでお前は馬車に隠れてるんだ!なんかやましいことでもあんのか!?」


 エイヤレーレとキラーラの口喧嘩が終わりそうにないのでアカネが助け船を出した。


「いやね、今エイヤレーレさぁ、モンスターとの戦闘で服がボロボロになっちゃってさ、かなりビジュアルがセクシーなことになっちゃってんのよね。」


「そ、そう!そういうこと!さすがアカネさん!!」

 なんで「さすがアカネさん」とか言ってしまうのかこのポンコツ女は。


 さらにアカネが追撃する。

「それともキラーラさんだっけ?エイヤレーレのセクシータイフーンがそんなに見たいの?」


「なっ…そ、そういうことなら、先に言えばいいだろうに…」

 キラーラが真っ赤になって顔を逸らす。意外とウブだ。


「とにかく、そういうことだから一回家に戻って午後から登城するから、ここは一旦退いて。」

 懇願するエイヤレーレにキラーラも渋々ながら城へ戻っていった。


「ふぅ、…ったく、アイツ空気読めないんだから!」

 一安心したエイヤレーレが悪態をつく。


「で、アタシ達はどうすればいい?今日の今日で謁見なんてできないでしょ?」

 アカネの問いかけに対しエイヤレーレが少し考えてから答えた。


「そうねぇ…悪いけど、この道をまっすぐ行って右に宿があるからそこで待っててもらえる?謁見できる日が決まったら、使いを出すか、私が知らせに行くわ。」


 アカネ達は宿にチェックインしてゆっくりと休みを取った。夕食時にアカネが気になることを言っていた。

「帝都に来るまで大分時間かかったよね。

 パレンバンを出た後は、特に誰かに行き先を告げてないんだけどさ、もし関所の情報が出回ってるとしたら、もしかしたら『アレ』が来るかもしれない。」


 それだけ言って、その日はアカネ達は早めに休みを取った。



 次の日の朝、帝都の様子でも見て回ろうと、宿を出ようとしたアカネ達の前に『それ』は現れた。


 黒いフード付きのマントに身を包んだ、体格からして女性のような人物であった。


「アマランテさんですね?」


「来たか…」

 アカネが額に手を当てて天を仰ぐ。


 女性が手紙を差し出した。

「サウロム様からです。」


 アマランテも何が起きたかやっと察したようで、嫌そうな顔をする。


「ちゃんと渡しましたからね!」

 フードの女性が念を押した。どうやらこれまでの郵便配達員ではなく、彼女はオムニア魔道教団の人間のようだ。これまでに二回無視しているので向こうも必死なのだろう。


 女性が一旦その場を離れようとして、すぐに戻ってきた。小さな紙切れに何かさらさらと書いてアマランテに渡してきた。

「受領証です。サインしてください。」


「めんどくさい…」

 アマランテがやんわりと拒否の姿勢を示す。もちろん本当に面倒なのではなく、サウロムの手勢の者の思い通りに事を進めるのがしゃくに障るだけだ。


「いいから書いてください!私が怒られるんですから!」

 しかしフードの女性も引かない。しかたなくアマランテがサインをしてその場はおさまった。


 アカネが昨晩言っていた『アレ』とはまさにこのサウロムの件であった。


「いやあ、まさか手下使って直接来るとはな。

 まあ、しゃあない。せっかくだから部屋に戻って手紙読むか。」

 一行は部屋に戻って手紙を読むことにした。正直言うとここのところ移動続きで疲れていたのもあり、ゆっくりするのも悪くないとは思っていたのだ。


「今度は最後まで読みましょうね?」

 幼子に言い含めるようにエピカがアマランテに諭してから部屋に戻る。


 アマランテが手紙をいつも通りテーブルに広げた。


「拝啓


 親愛なるアマランテ様


 日増しに暖かくなり、つくしの芽が恥ずかしそうにその頭を覗かせる頃となって参りました。


 ご一同様にはますますご壮健のことと存じます。


 ヘイレンダールに所用があるとのことで、此度は私の使いの者に手紙を持たせることに致しました。


 これまで二度お手紙致しましたが、いずれも返事がいただけておりません。


 便りがいただけないからと言って私が寂しいわけではありませんが、貴方のことを心配している方も多くいます。一度お返事をいただけたら幸いです。


 春寒料峭のみぎり、どうかご自愛専一に、ますますのご活躍をお祈り申し上げます。


 敬具


 オムニア魔導教団 首長 サウロム・マリャム」


 途中手紙を丸めようとするアマランテをエピカが押さえつけながら、全文を読み終わった。


 丁寧な文体の中にもしっかりとツンデレを感じさせる名文である。


「アカネ様、翻訳してほしい。」

 思った通りアマランテは理解できなかった。というよりは最初から理解することを放棄していたようなふしすらある。


「まあ、あれだ。返事よこせって。」


「それだけのことがなんでこんな長い文章になってしまうの…」

 アマランテはうんざりした顔をしている。


「エピカ、読み終わったからもう丸めていい?」

 アマランテがエピカに廃却の許可を求めた。


「ええ…もう読み終わったからいいですけど、返事書かないんですか?」


「エピカが書いてくれると助かる。」

 丸めた手紙をゴミ箱に放り投げながらアマランテが言った。


 結局今回も手紙は無視することとなった。


 その日、一行はこの国に来て一度も名物やこの国ならではの料理を食べていないことを思い出し、夕飯は宿の食堂ではなく近くの飲食店で食事をした。


 そこではパエリアのようなリゾットのようなトマトベースの雑炊のような食事をとった。久しぶりに米を食べたアカネは大層満足そうに飲食店を後にして宿に戻った。


「ん?」

 宿の部屋に戻ったアカネが声を上げた。


「どうかしたんですか?勇者様?」

 チクニーの問いかけに対しアカネが答える。


「いや、なんか部屋に違和感が…なんだろ?」


 テーブルの上にノートが置かれている。このノートはアカネが元の世界から持ってきたもので、これまでで重要な情報や役立ちそうなことがメモされている大切なノートである。


「このノート、テーブルの上に出してたっけ?」


「オン・キリ・キャラ・ハラ・フタラン・バソツ・ソワカ・オン・バザラド・シャコク」


 低く、しゃがれた声とともにその男は姿を現した。


 ルウル・バラであった。

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