第55話 サイクロプスの森

 アカネ達は馬車でグラッパ山から帝都に向けて旅を続けていた。山の崩落よりすでに2週間の日にちが過ぎている。本来ならもうとっくに帝都コテルに着いているころであるが、まだ目視できる位置にもない。


 その理由は、グラッパ山の崩落より逃れたヨルデルの作り出した魔物が山の外に逃げ出てしまって、周辺の村や町を襲っており、これを狩りながら進んでいるため、思うような速度が出ないのである。


「グリフォンの肉は硬くて臭いなあ…」

 うんざりした顔で肉にかじりつきながらアカネが呟いた。


「ごめんなさいね、つき合わせちゃって。」

 エイヤレーレが申し訳なさそうに謝る。彼女にとってはヘイレンダール国内のトラブルであり、当事者だが、確かにアカネにとっては完全に部外者であり、巻き込まれ案件だ。


 一行は広い洞穴を見つけて野営をしていた。日中はほとんど移動と魔物との戦闘に費やしており、疲労の色が強く見て取れた。

 洞穴には剣や槍、それ以外にも鍬や鎌などの鉄器がいくつも並んでいた。生活臭がしたが、野盗のアジト、という感じではなく、奥に窯があり、鉄器も多くあることから鍛冶屋か何かの作業場のようだった。


 住人は今はいないようなので洞窟の軒先を貸してもらうような感じで食事をしている。

 もし住人が帰ってきても食事を分けて、事情を話せば許してもらえるだろう、という目算である。グリフォンの肉では嫌がるかもしれないが。


 ここ数日は一日に何匹もの魔物を狩りながら道を進んでいる。まるでモンスターハンターになった気分だ。


 生態が不明で、どんな奥の手を持っているか分からない魔物との戦闘は精神をすり減らす。中でも最悪なのはアラクネだった。


 ヨルデルが聞きかじりの知識でいい加減に作ったからなのか、巨大な蜘蛛に女の上半身がついているが、その上半身はついているだけで全く機能しておらず、女の死体を引きずる大蜘蛛にしか見えなかった。

 倒すのは簡単だったが大層心が削られた。


「食べるだけなら…グリフォンよりアラクネの方がよかったかも…」

 そう呟いたのはビシドである。


 これに一同が「何を言い出すんだ」という顔をする。

「いや、虫だよ?ビシド。いくら大きくても!」

 アカネがビシドを非難するが…


「でも聞いたことない?虫って凄く美味しいって。

 私も食べたことはないけど、ダンゴムシやゴキブリみたいな小さくてわちゃわちゃしたのよりはまだ大きい虫の方が食べられそうな気が…」


「いや、確かにグリフォンまずいけど、だからって虫はなぁ…」

 ビシドの提案に対しやはりアカネが難色を示す。


「いやそれ以前に人間の上半身ついてますよね!?

 人間はさすがに食べられないですよ!!」

 チクニーが必死の形相で否定する。彼が提案を否定するといつもその提案は最終的に通ってしまうのだが、今回はアラクネの死体は現場に捨ててきたのでその点だけは安心だ。


「チクニー、アラクネはモンスターで、人間じゃないよ。

 コノハムシは木の葉じゃなくて虫でしょ?」

 ビシドはたまに倫理観がぶっとんでいて、ついていけない時がある。


 アカネも、ビシドほど極端ではないが倫理観が人とずれているところがある。要は、この二人は価値観が近いのだ。


「ん?あれ?住人が帰ってきたのかな?」

 ビシドが何者かが近づいてくることに気づいた。


「んん?人間?の、歩き方だけど…な、なんかデカイ…?」

 ビシドが弓矢を確認しながら独り言を続ける。


「で、でかい…巨人?歩幅が2メートルはある…あ、走り出した!」

 尋常でないビシドの取り乱し様に他の者も武器を手に取る。ビシドは慌ててオリハルコンの矢を弓につがえる。


 次の瞬間、現れたのは一つ目に単角の巨人、サイクロプスであった。巨大な斧を振りかぶっている。たき火の中心に斧が叩きつけられ、各々が散開してこれをかわす。


 しかし、この時4人は洞窟の外に逃れられたが、エイヤレーレとアカネは洞窟の奥に跳んでしまった。


 ビシドの矢が巨人を捉えたが、硬い皮膚にはじかれて爆発する。オリハルコンの矢は相手の体深くに刺さらないと十分な効果を発揮しない。


 続いてアマランテも炎の魔法を放ったが、サイクロプスはその炎を指先でくるくると回すと、炎は空中で四散してしまった。この巨人はどうやら魔法も使えるようである。


 ビシド、アマランテ、チクニー、エピカの4人は一旦距離をとって洞窟の外に出た。


 洞窟の奥に逃げたアカネとエイヤレーレを一瞥すると、巨人は部屋にあったレバーをゴンッと落とした。すると二人の入った小部屋に石壁の蓋がされてしまった。


「しまった!閉じこめられた!」

 アカネが焦った声で叫ぶ。


 真っ暗になってしまったため、エイヤレーレが光魔法で明かりを付ける。逃げ込んだ小部屋は二人の身長より少し高い位の天井で、とてもあの巨人が入れそうにないほどの狭さだった。


「どうしよう、どっかから出られないのかな?」

 アカネが不安そうな声で呟く。


「あ、この穴、外に続いてないかな?」

 エイヤレーレが高い位置にあいている穴を指さした。

「この…」


 エイヤレーレがさらに何か言い掛けたときガコン、と音がして穴から水がドドドド、と流れ出した。

「この…水が出てる穴…」


「………」


「…終わった………」

二人がガクッと水のたまり始めた床に膝を突いた。


 しばらくして、気を取り直したエイヤレーレが氷魔法で流れ出る水を凍らせようと挑戦しているが、水の流速が早くて上手くいかないようだった。


 アカネはとりあえず状況を頭の中でまとめている。

「ここは、サイクロプスの住処だったのか。サイクロプスって鍛冶の神だっけ?それでいろいろ部屋に鉄器とか仕掛けがあるんだな…

 と、なると…この部屋はなんなんだろう?何の部屋?サイクロプスが入れるサイズには見えないし。

 正直人間でも少しきついサイズだよな。」


「アカネさん!そんなことよりこの水を何とかしないと!溺れ死んじゃうわよ!!」

 エイヤレーレが恐慌状態で叫んでいる。


「水の流れを少し遅くできれば、氷魔法で固められる?」

 アカネがエイヤレーレに問いかけた。


「ええ、たぶん。

 何か布か、綿のようなもので蓋をして流れを遅くできれば固められると思うわ。」


「布か…綿のようなもの…」

 アカネの視線がエイヤレーレの胸に注がれた。


「………」

 アカネが何を思いついたのか、エイヤレーレが即座に理解して生唾を飲み込んだ。


「だ、だめよ!!この子達はまだ私には必要な物なの!!」

 エイヤレーレが両手で胸を押さえながら隠すように身をよじった。


(こいつ今乳パッドのこと『この子達』とか言ったか?)

 アカネは努めて冷静に、エイヤレーレに究極の選択を迫った。


「ありのままの姿に戻るか、ここで土に還るか、今すぐ選べ…」


 一方外ではビシド達4人が巨人と戦闘を継続していたが、魔法も弓も効かないため、間合いだけ取って攻めあぐねており、にらみ合いの状態が続いていた。


「アカネちゃん達、大丈夫かな…閉じこめられちゃったみたいだけど。」

 ビシドが心配そうにつぶやいたところで後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「ひー、びちょびちょになっちゃったよ。まだ寒いのに。」

 アカネの声である。


「あれ?アカネちゃん!なんで後ろから!?」

 ビシドが素っ頓狂な声を上げる。


 別の出口を見つけて出てきた、というアカネに対し、当事者のエイヤレーレも状況がよく把握できていないようで質問した。

「結局、あの部屋はなんだったの?アカネさん。」


「貯水タンクね。最初水が入ってなかったのは、多分今日清掃して乾かしてる最中だったのよ。そこにアタシ達が逃げ込んじゃったわけ。

 で、注水口があったから、多分部屋に繋がる小さい給水口と、別の場所に繋がる大きい清掃用の排水口があると思ったから、排水口を探して内側から穴をあけて水圧で一気に破壊して外に出れたのよ。」


 話を聞きながら、チクニーがエイヤレーレの方をじっと見ていた。

「エイヤレーレさん…」


 なに?とエイヤレーレが答えると、チクニーが続けた。

「なんか雰囲気変わりました?」

 上半身が、何か寂しくなっている。


 その質問を無かったことにしてビシドがアカネに語り掛ける。これが、優しさ、というものである。

「まだ荷物が巨人のいるあたりにあるんだけどどうする?諦める?

 アカネちゃんがもう脱出したならアマランテの最大火力で焼き払うって手もあるけど。」


「いいよ、話して返してもらってくる。」

 と言うと、アカネは周りが止めるのも聞かず、ずんずんと巨人に近づいて行った。


 アカネが巨人に語り掛ける。

「ごめんね、勝手に入り込んじゃって。ここあんたのアトリエだったんだね。

 荷物だけ返してほしいんだけど、いい?」


 それに対し、井戸の中で話すような、低く響く声で巨人が答える。

「お前達…盗人ではなかったのか…

 いきなり切りかかってすまなかったな…」


 巨人はアカネ達の荷物を一つにまとめると、アカネの前に置いた。

 一同は、巨人が喋れたことにも、見た目に反した紳士的な態度にも驚愕していた。


 アカネが荷物をまとめて持ち上げようとすると、さらに巨人が声をかけてきた。

「迷惑をかけたな、これを持っていけ。」


 巨人が差し出したのは、大きさの対比で焼き鳥の串くらいにしか見えなかったが、鋼の片手剣と細身のレイピアだった。


 アカネが礼を言って戻ろうとしたとき、巨人はアカネのつけていた指輪を見てつぶやいた。

「その指輪は…どこで手に入れた…」


「ん…これ?

 ノルア王国のナクカジャ王から貰ったんだけど?」


 巨人は無口なようで、その後会話も無かったのでアカネは荷物と、二振りの剣をもって皆の傍に戻ってきた。


「すごい…アカネ様は巨人とも会話が成り立つ確信があったの…?」

 アマランテが尊敬の念を込めたまなざしを送ってきた。


「まあ、鍛冶の道具が人間と同じものだったから、人間があいつに教えたか、あいつから人間が教わったかのどちらかだと思って、それなら会話も分かるだろうな、って。

 別に大したことじゃないよ。」


 巨人とも話し合いができるなら、これは魔王と話し合いというのもあながち不可能ではないな、と心のどこかで納得しながら、一行はサイクロプスの森を後にした。

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