第53話 マスター ヨルデル
「う~ん、あんまり寝た感じがしないなあ。」
今まで野営においてビシドに頼りっきりだったことを実感しながらアカネ達は探索の準備をしていた。
「よし!水場を探しに行くぞ!」
アカネの号令で一行は再度洞窟の探索を開始した。オリハルコンの杖にかけた照明の魔法は寝ている間に切れていたようで、再度かけ直した。どうやら半日程度は魔力が持続するようである。
しばらくモンスターと交戦しながら進むと水の染み出している岩を見つけた。
「こういうのってどうなんだろうな?石や砂がフィルター代わりになって浄化されてたりすんのかな?」
アカネが半ばチクニーとアマランテに質問するように独り言を言ったが答えは帰ってこない。二人ともそんな知識持ち合わせていないのだ。仕方なく少量口に含んでアカネが飲んだ後、空になったミードの入れ物に入れて持ち歩くことにした。
これでアカネに異常が出なければ二人もこの水を飲む、ということで決着が付いた。
この水場をチクニーがマッピングし、昼飯を食べた後も引き続き探索をした。双頭の狼や角のあるウサギなど、食べられそうなモンスターとの交戦もあり、食材には事欠かなかったが、結局ビシド達と合流することはできなかった。その日の探索を終えて食事をとっていると、遠くでドォン、と爆発音と大きな振動があった。
「今の何だ!?地震?」
アカネが慌てて避難の準備をしようとも思ったが、そもそも外に出る方法が分からないのに避難などできるはずもない。
「もしかしてまた崩落ですかね?この山地盤が弱すぎませんか?」
チクニーも心配そうに天井を見つめている。
この時元気モリモリご飯パワーが山肌を崩壊させていたのだが、アカネ達は知る由もない。
しばらく余震を警戒していたが、それもなかったようなのでまた食事を続けた。
食事の後かたづけをして寝る準備をしていると、アマランテがアカネに「何者かが近づいてきている」と伝えた。彼女が言うには数は2体、だが内1体はモンスターとは雰囲気が違う者がいる、という。
剣を抜いたまま警戒して来訪者を待ち伏せしていると、来たのは一人の小さい老人と、巨大なキマイラであった。
老人ははげ上がった頭にわずかな白髪が綿毛のように残っている。長い耳を持っており、つぶらな瞳が逆に不気味さをさらに引き立てている。
「お前等だな、見つけたぞ…」
老人は不適な笑みを浮かべると、アカネ達を指さして同行していたキマイラに命令を出した。
「やれ!奴らを食ってしまえ!」
そう指示されると、キマイラは老人の襟首を噛んで体を持ち上げ、ぼろきれの様にそのまま振り回し、壁に激しくたたきつけた。
人形のように地面に崩れ落ちた老人を一瞥するとキマイラは満足したように洞窟の闇の中に帰って行った。
「え…?終わり?何だったの今の?」
アカネの疑問ももっともであるが定例行事と言うものである。
「だ、大丈夫か?おい、じいさん。」
アカネが話しかけると、死んではいなかったようで、老人が答えた。
「う…気安く話しかけるな、このクソ人間が…」
「なんだこいつ」と思いながらも老人を仰向けにさせてアカネが怪我の具合を確認する。
すると、その老人の特長を見て、アカネがあることに気づいた。
低い身長に長い耳、はげ上がった頭につぶらな瞳、その特徴の意味するところとは…
「こいつ…ヨーダじゃん…」
ヨーダとはもちろん、スターウォーズのジェダイ・マスターである。なるほど、指の数と肌の色は違えど、確かにその特徴はヨーダによく似ている。
この言葉にヨルデルが目を見開いて答えた。
「お主…儂のことを知っておるのか?」
アカネの言った『ヨーダ』をヨルデルと聞き違えたのである。
「知ってるも何も…ジェダイの騎士でしょ?」
アカネのこの言葉にヨルデルはがばっと上半身を起こして聞き返した。
「騎士!?儂がジェーダの騎士だとわかるのか!?一体なぜ…?」
「分かるも何も、ジェダイ・マスター以外の何者でもないじゃん。見りゃわかるよ。」
アカネが半笑いで答えると、ヨルデルは泣き出してしまった。
これは一体どうしたことかとアカネがおろおろしていると、ヨルデルが静かに語り出した。
「儂は情けない。儂を見た目で差別していた人間どもを嫌いながらも、そいつ等と同じように人間というだけで相手を差別しておった。
儂とあいつ等と、一体何が違うというのか…
それに引き替えお主は儂がジェーダの騎士であることを一目で見抜いた。これが真実を見抜く本当の眼なのじゃな…」
アカネは全く話が飲み込めなかったが、ここの研究所の主の名が『ヨルデル』だったことを思い出した。
「ああ、えっと…あんたもしかしてヨルデルさん?」
アカネがヨルデルに問いかける。
「その通りじゃ、お主等は儂に用事があって来たのだろう?何の用じゃ?」
「実は男の友達が自分の性別を変えたくてさ、あんたなら『ふたなり』になる方法を知ってるんじゃないかな?って訪ねてきたんだけど、どうかな?」
じっくりと考え込んでからヨルデルが答えた。
「ふむ…少し大がかりな手術と魔術が必要になるが、理論上はできないことはないぞ?ただ、今は無理だ。ここの設備は全て崩壊してしまったからな。」
やはり先ほど地滑りか何かがあったのだろうな、とアカネは一人納得した。おそらくそれで研究施設が全て飲み込まれてしまったのだろうと。
体を気遣いながらヨルデルがゆっくりと立ち上がると、さらにアカネに語りかけた。
「儂はもうここの拠点は放棄する。まだ場所は考えていないが、もしお主等が新しい儂の拠点を見つけだすことができたら、その者を手術してやろう。儂の心を救ってくれたお主への礼じゃ。」
「心を救った」というのが何のことを指しているのか、全く分からなかったが、アカネにとってこれは僥倖とも言える情報だった。
「それと、おそらくお主等を探しているであろう3人組とも会ったぞ。どれ、地図を貸せ。」
そう言われるとチクニーから地図をひったくり、まだ描かれていないマップの先に線を書き足した。
「この先が外に繋がっておる。先ほどの崩落に巻き込まれておらんなら、おそらく外にいるだろう。随分心配しておったぞ。行ってやるといい。」
「ありがと。じいさん親切だね。」
アカネがにっこりと笑いながらヨルデルに礼を言った。
「さて、儂はもう行くとする。また何処かで会おう。」
照れたように頬をかきながら、ヨルデルは別れの言葉を口にしてから去っていった。
「フォースと共にあらんことを。」
アカネはジェダイに通ずる挨拶を投げかけたが、流石にこれは彼には意味が分からず、無視された。
「なんか…不思議な老人でしたね。」
呟いたチクニーがさらに続けた。
「いや、老人というか、やりとりが不思議だったのか。話が全く通じていないようなのに、何故か噛み合っている、という…なんだったんだろう?」
「あの老人もアカネ様の優しさに触れて心が洗われたということ。それだけ理解していれば問題ない。」
アマランテはいつも通り彼女の中でだけ納得した。
とりあえず、3人はヨルデルの書き記した地図通りに進み、二日ぶりに外に出ることができた。
「ぷはーっ、やっぱ娑婆の空気はうまいな!」
「さて、ビシドさん達はどこにいるんでしょうね?」
アカネとチクニーがそう話していると、アマランテが無言で杖に魔力を込めはじめ、空に向かって最大火力で爆発魔法を打ち上げた。
轟音と衝撃波の中、アカネ達が悶絶していると、ビシド達が遠くから駆け寄ってきた。
「おーい、みんな無事だった!?」
アカネが声をかけると、ビシドが一番にアカネの元に駆け寄ってきてアカネを抱きしめた。
「アカネちゃん!ホントに心配したんだから!こっちもいろいろあったんだよ!?」
いろいろ、とは何があったのか、ビシドにアカネが聞き返すと、変わってエイヤレーレが答えた。
「元気モリモリご飯パワーが、帝都を襲撃しに行ったのよ!!」
「………」
アカネが無言でビシドとエピカの方を見る。
「………」
エピカとビシドが視線を逸らした。
アカネはなおもビシド達の方を見続ける。「このポンコツは何を言っているんだ」という無言の問いかけである。
「…まあ、いろいろあって、でっかいモンスターが帝都を襲いに行ってるってことね。掻い摘まんで話すと。」
ビシドの端的な説明にとりあえずアカネは納得した。
「そうだ!それよりふたなりの件!なんとかなりそうだよ!」
アカネの言葉にエピカが驚愕した。ビシドも驚いている。アカネとヨルデルがいつの間にか接触していたことにも驚いたが、絶対に噛み合うはずのないヨルデルとアカネの間に一体何があって協力を取り付けることができたのか、想像することすらできなかったからだ。
実際それは当のアカネにもよく分からないのだが、とにかくエピカにとっては朗報以外の何ものでもなかった。
「でね、次に会った時にふたなり化の手術してくれるって約束を取り付けたから、期待しててよ!」
この言葉を聞いてエピカはその場に泣き崩れてしまった。
「私、勇者様に、アカネ様について来て、本当に良かった。」
エピカの言葉に照れながらアカネが答える。
「いや~、そこまで喜ばれちゃうとちょっと照れちゃうなあ。まだ手術成功したわけでもないのに。」
しかし、これに対しエピカが涙を拭いながら否定した。
「違います、そうじゃないんです。上手くいったからじゃないんです。
今まで、私のことを、性自認の違いのことを誰に話しても、みんな汚い物を見るような目で見るか、好奇の目を向けるかだった。
でも勇者様は違う。私の問題と真剣に向き合ってくれた。ふたなりのことも、他の人みたいに笑ったりせずに…
いや、笑ったか…盛大に笑ってましたけども!
それでも!真剣に向き合って、解決策を必死で探してくれた。
それがうれしいんです。
それが、アカネ様について来て本当に良かったと!思えるんです…」
エピカの独白に全員が黙ってしまった。アカネも同様である。今まで誰もがアカネは自分勝手に振る舞っていると思っていたし、彼女自身もそう思っていた。しかし、自分でも知らない間に仲間のために動いていたことに今気づいたのだ。
「アカネさん…」
エイヤレーレが呼びかけながらゆっくりと近づいてきた。
「おっぱいの件は…」
「あ………」
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