第52話 元気モリモリご飯パワー
「エイヤレーレ、お前がこの子のゴッドファーザーになるのだ。」
「なぜ私が…」
ヨルデルの突然の依頼に戸惑うエイヤレーレ。その戸惑いにヨルデルが答えた。
「このモンスターは複数のモンスターを繋ぎ合わせたものだが、その中でも脳は特別製でな。ヘイレンダール人の脳を使っておるのじゃ。不慮の死を迎えた若者、その脳と意志を受け継いでおる。
ヘイレンダール人のお前が名を付けるのが道理と言うものじゃ。
さあ、この子に名を!」
エイヤレーレはしばらく考え込んだ。
「力強さと、広く民に受け入れられ、親しまれるような名がいいな…」
ヨルデルがさらに付け加えると、エイヤレーレがじっくり考え込んでから発言した。
「元気モリモリご飯パワー…」
ん?と、何が起きたか分からず全員が首を傾げる。
「その子の名は『元気モリモリご飯パワー』よ…」
「………」
「………」
エピカがその場にしゃがみ込んで両手を頬に当てる。その目は虚空を見つめている。
ビシドは下唇を噛んで天井を見つめている。どうやら何かの感情を押し殺しているようだ。
「元気モリモリご飯パワー…いい名だ…」
どうやらヨルデルはこの名が気に入ったようだ。
「フブッ」
誰かがたまらず吹き出した。
見ると、エピカがしゃがんだまま顔を伏せて、プルプルと震えている。ビシドは下唇を噛んだまま壁まで歩いていき、ゴッ、ゴッ、と、壁を殴っている。
「今日はこの、元気モリモリご飯パワーの旅立ちの日となるのだ。」
ヨルデルがそう叫ぶと、巨大な人の手にしか見えないものがガシッと内側から水槽の縁を掴んだ。そのままググッと体を持ち上げて水槽の縁に乗り上げて、ついにその全身を見せた。
それは、板皮類と呼ばれる古代魚の姿に似ていた。虫のような外骨格に近い見た目の表皮を持つが、腹ビレのところに水槽の縁を掴んでいる巨大な人間の腕がついている。さらにその上には翼があり、なんともアンバランスな見た目だ。
大きさは頭部から尾の先まで15メートルほどある。
その異様な外見に一同が恐れおののき、恐怖にうち震え…たいところなのだが、『とある感情』がそれを邪魔する。
「ゆけ!元気モリモリご飯パワー!大空はお前のものだ!!」
ヨルデルがそう叫ぶと、元気モリモリご飯パワーは天井を見つめた。
「一体…何をするつもりなの…!?」
エイヤレーレが恐怖に顔をゆがめながら問いかける。
一方、ビシドは、というと壁に手を当てて下唇を噛んだままフーッ、フーッ、と、鼻で深呼吸をしている。
エピカはさっきの姿勢からスクワットを始めた。『何か』から気を逸らしたいようだ。
ヨルデルがエイヤレーレの質問に答える。
「何をするのか?それは儂にも分からん。
しかし想像はできるな。さっき人間の脳を使っていると言ったな。あれは旧イルネット王国の残党、帝国からすれば反乱分子として死刑に処された人間。その脳を拝借したのじゃ。
一度死んで蘇った人間が何を成すのか、興味がないかね?」
エイヤレーレがこれに対し非難する声を上げる。
「なんて恐ろしいことを…」
恐ろしいのはお前のネーミングセンスである。今お前のせいでエピカとビシドが大変なことになっているのだ。
元気モリモリご飯パワーは一瞬力をためたかと思うと、水槽を重量で破壊しながら天井に突撃した。すると、岩の天井は粉々に砕けて元気モリモリご飯パワーは空に飛び立っていった。
崩れた岩の中からビシド、エピカ、エイヤレーレが這い出てきた。ヨルデルの姿は見えない。崩落に巻き込まれて潰されたのだろうか。
「エイヤちゃん、エピカちゃん、怪我はない?」
そう叫んだのはビシドである。
それにエイヤレーレが答える。
「私は大丈夫、でもあの悪魔が、元気モリモリご飯パワーが!」
「ぶひゅうっ!!」
とうとうビシドが派手に吹き出した。
「フヒッ、…なんで笑っちゃうんですか!ビシドさん!んふっ
せ、せっかく我慢してたのにヒッ」
二人はついに大笑いし始めた。
「何を笑っているの!二人とも!元気モリモリご飯パワーは帝都の方向に向かっていったわ。おそらく帝都を攻撃するつもりよ!」
「お前のせいじゃーい!!」
アカネみたいな突っ込みを入れながらビシドの横蹴りがエイヤレーレの腰を捉えた。
吹っ飛ばされたエイヤレーレが何のことかわからず狼狽する。
「え?なに?私のせいで帝都が!?」
「そういうことじゃなくて!ああもう!その話はいいから!
とにかくあの元ンフッ…あの悪魔をどうにかしないと!」
ビシドが若干吹き出しながら答える。
エイヤレーレが空を見上げて人差し指と親指を口に入れ、「ピィー」と口笛を吹いた。
すると、鷹のような生き物が空からおりてきて彼女の腕にとまった。
「その鳥は?」
エピカがエイヤレーレに訪ねる。
「私の使い魔よ。こういうときのために待機させてるの。」
そう言いながら、紙とペンを取りだして何やら書き記している。それを急いで鳥の足に結ぶと、こう言い含めた。
「これを急いで陛下に!行け!おにぎり!!」
すると、使い魔は南西の空へ飛んで行った。
どうやら『おにぎり』は使い魔の名前のようだ。この女、どれだけご飯が好きなんだ。
「おそらくこれで大丈夫。私の使い魔は1日で帝都まで行けるけど、元気モリモリご飯パワーはあの巨体よ。途中で補給もしながら2,3日はかかるはず。」
「それで、大丈夫なんですか?エイヤレーレさんは帝都に行かなくても?」
エピカがさらにエイヤレーレに訪ねる。
「今帝都には四天王のキラーラとヴァンフルフがいる。それに魔王様もね。あんな半端者瞬殺よ!」
そうウインクしながらエピカに言い、さらに続けた。
「でも市民はそうはいかない。多くの被害が出る。それを未然に防ぐことさえできれば、私達の勝ちなのよ、この戦いは。
私は今更行っても間に合わないからアカネさんの捜索を続けるわ。」
「ヨルデルはどこ行っちゃったのかな?」
ビシドが辺りを見回しながらそう呟いた。
「崩落に巻き込まれて死んだか…それとも直前に脱出したのか…
結局ふたなりになる方法も巨乳になる方法も分からなかったわね…」
エイヤレーレが寂しそうに呟いた。
「まあ、あの偏屈ぶりじゃ相当信頼関係を築いてからじゃないとお願いなんてできなさそうですけどね。
あの人と信頼関係を作れる人なんているんでしょうか…?」
エピカも残念そうに言ったが、そこまで落ち込んでいる風ではない。おそらく正直に言ってそこまでの期待は最初からしていなかったのだろう。
「さて、明日の朝からまた捜索を再会しましょうか!」
まさに、嵐が過ぎ去ったかのような夜であった。
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