第51話 偉大なるビシド
「くっそ、えらい目にあった…」
土を払いながらアカネが愚痴を言った。チクニーも無言で土を払っているが、アマランテだけはなぜか嬉しそうだ。
「なんかアマランテ嬉しそうじゃない?こんなとこに閉じ込められて怖くないの?」
アカネが不思議そうに彼女に尋ねた。
「自由革命軍の時はアカネ様と離れ離れになって不安な思いをした。でも今回は一緒。二人一緒なら怖いことなんて何もない。」
そういいながらアカネの腕に抱き着いて頬ずりをし始めた。
「ちょ、ちょっと、チクニーもいるんだけど?」
「問題ない。チクニーは調度品みたいなもの。私は気にしない。」
普段以上にアカネに張り付いてくるアマランテとそれに困惑するアカネ。チクニーはその百合百合空間を目に焼き付けようと、暗闇の中目を凝らしていた。
さて、うだうだしていても仕方ないので3人は洞窟の奥に進むことにした。しかしまず進もうにも明かりがない。アカネがアマランテに対して魔法で明かりを付けられないかと訪ねると、彼女はオリハルコンの杖に魔力を込めた。すると宝玉が電灯のように発光した。
「オリハルコンなら新たに魔力を供給し続けなくても良いし、どのくらい魔力が保持できるかのテストにもなる。」
アマランテの提案に対してアカネが疑問を呈した。
「でもこれ、明かりとして使ってる間他の魔法使えないんじゃないの?ここ、ヨルデルが根城にしてる山ならモンスターとかいるんじゃない?」
アマランテが言うにはどちらにしろこの狭い空間でオリハルコンを通して強化した魔法を使うと危険だから、問題ないという。
なるほど、とアカネも納得して3人はダンジョンを進むことにした。マッピングはいつも通りチクニーが行う。
しかし、数歩歩いてある問題に気づいた。索敵ができないのである。
思えばその部分はこれまでビシドに頼りっきりであった。サバイバルの要である彼女がこちらにはいないのだ。アカネがこれを二人に相談すると、アマランテが魔力検知ができるという。しかし、魔力を発していない敵にはこれは効果がない。一応こちらから微弱な魔力を発し続ければソナーの様に反射した魔力で敵を検知できるという。
しかし、これをやると今度は敵に魔力検知ができるものがいると逆にこちらの位置が丸見えになるという。
いきなり八方塞がりである。
結局オリハルコンが魔力を発し続けているので、敵に見つかることも覚悟でアマランテのアクティブソナーによる魔力検知を頼りに進むこととなった。
「やっぱり魔法ってかなり便利なんだなあ。チクニーもまじめに練習して早く魔法覚えてよ。」
アカネの言葉にチクニーは困ったように答えた。
「まあ、必要だとは思うんですけど俺はやっぱり不得意なんですよね…」
「あんた解放奴隷になった後のこととかまじめに考えてるの?明確なビジョンがないなら何でもできるようになっとけば潰しが利くでしょ?ちょっと本気で取り組んでよ?」
アカネの言葉に、少しは自分のことも考えてくれているんだな、とチクニーが感心した。
結局チクニーは道中、オリハルコンの発する魔力を感じることに勤めながら進むこととなった。
「アカネ様…前方から、何か来る…!!」
アカネとチクニーが武器を手に身構える。
出てきたのは巨大なムカデだった。
「チクニー、敵の気を引いて…」
アカネがオリハルコンの剣を噛みながらチクニーに指示を出す。
チクニーはアカネの仕草を不思議そうに見ながらも、じりじりとムカデに近づいていった。
アマランテは右手に小さな炎を出現させて待機している。
チクニーにムカデが襲いかかろうと、前部を持ち上げて威嚇し、チクニーがぎりぎり当たらない位置でククリナイフをふるう。その瞬間、一気にアカネが間合いを詰めて頭部を縦に両断した。
ムカデは一瞬ビクッと動いたが、構わず足をチクニーに絡めようとしたところをアマランテの細く絞った炎魔法が焼き払った。燃えながらもムカデはしばらくもぞもぞと動いていたが、やがて動かなくなった。
「虫は生命力が強くて怖いな…やっぱ遠距離で戦える魔法って便利だな。」
言いながら、アカネは自分がアイスジャベリンの魔法を使えることを思い出した。
「勇者様、最初に剣を噛んでいたのはなんですか?」
チクニーがアカネの気になった仕草を聞いたが…
「いや、人の唾液がムカデの妖力を封じる、って聞いたことがあったんだけど、効果無かったな。」
聞きかじりの思いつきだったようである。
しばらく周辺のマッピングを続けて、そろそろ野営の準備をしようか、というところでアカネが声を上げた。
「あ…歩哨がいるな。」
野営をするなら当然誰かが起きていて外敵に備えなければいけないのは常識ではあるが、なぜこんな急に思いついたような声を上げるのか、簡単な理由である。
今まではビシドがいるから必要なかったのだ。
たとえ寝ていても外敵が近づいてくれば彼女が気づくので歩哨を立てることはしてなかったのである。
今更ながらビシドの優秀さを再確認して3人は野営の準備をした。荷物のほとんどをチクニーが持っていたことがせめてもの救いである。
干し肉と少量のミードを飲みながら今後の方針を決める。
基本的には広範囲に歩き回って、出口を探すのではなく別の入り口から自分達を探しているはずのビシド達との合流を目指す。広範囲に歩き回るのはただ偶発的な遭遇を期待するだけでなく、自分達の匂いをビシドに拾って貰うためでもある。
しかし、その前にやっておかなければならないことがある。飲み水の確保である。
洞窟内は湿度が高いのでどこかに水が染み出しているだろう、という当ては一応ある。食料はモンスターをしとめれば何とかなるが、やはり生きるためには水の確保が第一だ、という3人に共通の見解が得られたところで一人ずつ歩哨を交代しながら休みを取ることにした。
時間的には先ほどのアカネ達が探索を行った日の次の日の朝にあたる。
ビシド、エピカ、エイヤレーレの3人はアカネ達を探し始めるところであったが、その前にエピカの提案でヨルデルに一言ことわっておくことがあることに気づいた。
「これから友達を探しに行くけど、その途中モンスターが襲ってきたら反撃するよ?それは仕方ないってことでいいんだよね?」
ビシドがヨルデルに対して確認をとってから、エイヤレーレ、エピカ、ビシドの三人はアカネ達を探しに洞窟を進んだ。途中、ビシドが注意深く匂いを確認しながら慎重に歩を進めていく。
「アカネさんにはかなり特殊な魔法がかけられているみたいだから、その魔力を辿っていけばおおよその位置は分かると思うわ。」
ベンヌと同じくエイヤレーレもアカネにかけられている翻訳魔法の気配を探知できるようだった。
しかし、今は距離が離れていて検知はできないという。
しばらくダンジョンを進んでいるとそれだけではうまく行きそうにないことに気づいた。
ダンジョンが上がったり下がったり、3次元状に展開しており、思うような方向に全く進めないのだ。
「魔力検知は続けるとして、とりあえず水場を探さない?」
ビシドの提案である。
曰く、自分達はヨルデルに水を分けてもらえるので問題ないが、アカネ達はこのダンジョンでサバイバルを考えた場合必ず水が必要になる。それならいくつか水場を回れば、アカネ達の痕跡を見つけることができるはず、ということである。
エピカがマッピングをしながら、水場を探すこととなった。
途中何度か小さめのモンスターと戦闘になりながらもダンジョン内を進む。結局その日はアカネ達の痕跡どころか水場も見つけることができず、大型の角の生えたウサギのようなモンスターを一匹狩っただけで探索を終えた。
研究所の広間で狩ったモンスターを調理しているとヨルデルが声をかけてきた。
「どうじゃ?友達は見つかったかね?」
そう言いながらビシドの横に腰掛けた。どうやらウサギ肉のおこぼれに預かるつもりのようだ。欲しいのならはっきりとそう言えばよいのだが。
「ここのダンジョンは今じゃ広大になっとるからな。そう簡単には見つからんだろう。友達のことは諦めたらどうだ?」
肉にかぶりつきながらヨルデルがビシドに話しかけてくる。性格の悪さはアカネ以上だ。
「ええ~アカネちゃんといると退屈しないからまだ死んでほしくないなあ。」
ビシドとアカネは長い付き合いであるが、その関係性、お互いのことをどう思っているのか、いまいち謎である。
「どうだね?もし友達が見つからなかったらここで助手を勤めてみる気はないかね?」
ヨルデルのこの発言に一同は騒然とした。それはもちろん、勧誘自体に対してではなく、「この頭の悪い獣人を助手に?」ということに対してである。
「昨日研究室の大きい水槽を見ただろう?あれにかかりっきりで手が足りんのだ。君は動物にも詳しいようだし、手伝ってくれるのなら助かるんじゃがな。」
反応にお構いなしに続けるヨルデルに対し、ビシドが自分の疑問をぶつける。
「そういえばその水槽の中身ってなんなの?何が入ってたの?岩に見えたけど。」
「ほっほっほ、岩なんかじゃないぞ、見てみるか?」
ビシドの疑問に気をよくしたようで全員を研究室に案内した。
水槽にはやはり岩が沈んでいるようにしか見えなかったが、ヨルデルがパンパン、と手を叩くと岩が動いて水面の上に浮かんできた。それは岩ではなく、巨大な魚か何かの頭部であった。
「こんな大きなモンスターを…」
エイヤレーレが恐怖に顔をゆがませながら呟いた。
「さて、お前ら人間にもこれを見て貰ったのは他でもない、帝国の四天王であるお前にこの子の名前を付けてほしかったからだ、エイヤレーレ。」
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