第50話 神なるその手、ヨルデル

 帝都が目的地であることは変わらない。しかしその途中でモンスターを研究しているという人物の研究所に寄ることになった。


 その人物はグラッパ山の中腹に研究所を構えているという。

 麓の村に馬車を預けて一行はグラッパ山を徒歩で進む。道中どんな人物なのか、何の研究をしているのか、詳しいことをアカネがエイヤレーレに聞いていた。


 名をヨルデルといい、かなり偏屈な老人だという。


「具体的にはどんな研究してるわけ?そのヨルデルは。」


「ぶっちゃけていうと私もよく知らないのよね。情報はヴァンフルフからの又聞きばっかで。」

 アカネの問いかけに何とも頼りないエイヤレーレの回答が得られた。


「まあ、大丈夫ですよ。いくら偏屈と言ってもいきなり襲いかかってくるわけじゃないんですから。行ってみれば、全て分かりますよ。」

 エピカはアカネとエイヤレーレが仲直りして一安心、という感じである。どうやらこの件でふたなりへの道筋が得られるはず、というような楽観的な考えは最初から持っていないようである。


「ヴァンフルフさんって言うと四天王唯一の獣人の…」

 チクニーがしゃべりかけたところ、突然地鳴りが聞こえた。かなり近い。

 と、思うと彼のいたところの地面が崩れ、チクニー、アマランテ、アカネの3人が崩落に巻き込まれていった。


「痛ったた…なんだこりゃ」

 アカネ達は陥没した先、どうやら洞窟状になっていたようである、その空間に吸い込まれるようにころがって、他のメンバーのいる場所から十メートルほど離れてしまっている。


「いてて、崩落したのか…」

 そう言いながらアカネよりも一歩前にいたチクニーが立ち上がって元の場所に戻ろうとしたところをアカネが引っ張って制した。


「危ない、チクニー!」

 そのままアカネがチクニーの襟を引っ張って、アマランテとともに後ろに飛ぶ。

 すると、チクニーがいた辺りがまたがらがらと崩れて洞窟をふさいでしまった。


「ちょっ、ええ?ええええ!?」

 全く予想していなかった事態にエイヤレーレはパニックに陥った。3人が生き埋めになってしまったのだ。


 崩れた部分は人の頭ほどの大きさの岩が積み重なっており、スコップやツルハシなどの道具無しでは掘り起こせそうにない。


 ビシドが崩れた辺りを丹念に調べていると、不意に岩に耳を当てた。

「岩の向こうでアカネちゃんが喋ってる…」


「無事なんですか!?」

 エピカが心配そうにビシドに訪ねる。


「崩落した先にも洞窟が続いてて、石がどかせそうにないからそっちに行ってみる、って言ってる。」

 それを聞いてからビシドは岩の隙間から大声で了解した旨伝えた後エイヤレーレの方に向き直って言った。


「うちらはうちらで別の出入り口を探さない?」


 このビシドの提案に、エイヤレーレが少し考え込んで答えた。

「う~ん、それよりは一旦ヨルデルの研究所に行ってみない?ここまで来たらもう近いし、もしかしたらヨルデルが洞窟のことを何か知ってるかもしれないから。」


 ビシド、エピカはその言葉に従ってエイヤレーレとともにヨルデルの研究所に向かった。


 エイヤレーレが地図を見ながら進んでゆくと、岩山をくり抜いた、というよりは洞窟のような雰囲気の施設に行き着いた。


「これ…もしかしたらさっきの洞窟と繋がってんじゃない?」

 ビシドのその言葉に他の二人も心の中で同意した。


 一行は社会的地位の高いエイヤレーレを先頭に建物の中に入っていった。


「すいません!どなたかいらっしゃいませんか?」

 エイヤレーレの声が建物の中に響いていく。内部は石壁でできており、ひんやりとする。天然の洞窟なのか、岩山をくり抜いたのかは分からないが洞窟の壁に石をはめ込んで内壁としているようである。


 反応がなかったためさらにエイヤレーレが大きな声で人を呼ぶ。

「どなたかいらっしゃいませんか!!」

「誰か!おられませんか!?」

 エピカも必死で住人を捜す。

「誰かいないのー?」

 ビシドがひときわ大きい声を出して人を呼ぶ。


「誰か!誰かいるんでしょ!?」

「たのもーー!!」

「どなたかいないですかー!!」

「いないなら火ぃつけるよー!!」

「誰か出てきてーー!!」


「うるさーーーーい!!」

 奥から男の声が聞こえてきた。


「うるっさいんじゃボケ!このクソ人間が!

 そんな口々に叫ばなくても聞こえるわ!!」


 激怒して叫びながら出てきた男は身長150cm程度のかなり小柄な老人だった。頭は少し白髪が残っているが、はげ上がっており、丸顔に妙につぶらな瞳をしていて、そして、耳が長い。しかしビシドのような柔らかい起毛に覆われた耳ではなく、人間の耳のように毛が生えていない。

 どうやらエルフのようだ。


「聞こえてんならさっさと出てきてよ。こっちだって暇じゃないんだから。」

 ビシドが不満を露わにする。


「うるさい!年上にタメ口で喋るな!人間ガキが!!」


 『人間ガキ』という単語に一同が少し微妙な顔になる。そう言えば先ほども『クソ人間』と言っていた。

 確か前情報では『偏屈』と聞いていたが、これは少し違うのではないか。


「私人間じゃなくてサテュロスなんだけど?」

 特に気にもしていないようにビシドがそこだけ訂正すると、ヨルデルの態度が急変した。


「おお、そうだったのか、すまん、すまんねぇ。人間なんかと間違えて。

 今日はどういう用事で来たんだい?」

 突然柔らかい口調になり猫なで声で話しかけてきた。


 もう間違いない。偏屈でもモンスター好きでもなくただの人間嫌いだ。


「初めまして、ヘイレンダールの皇帝陛下の参謀をつとめる、エイヤレーレと申します。」


「は?今お前と話してんじゃねーんだけど?」

 エイヤレーレの挨拶は強制終了された。


「よ…ヨルデル様はエルフだったのですね。驚きました。

 学会では有名ですが、どのような人物かはあまり知られてないので…」

 エイヤレーレが場を和まそうと雑談を始めたが…


「儂がエルフでなんかお前に迷惑かけたかよ?」

 とりつく島もない。


 エイヤレーレは諦めて全ての交渉窓口をビシドに任せることにした。


「さっき山肌が崩落して友達がダンジョンに飲み込まれちゃったんだけどさあ、もしかしてここと繋がってたりする?」


「ああ、そうだね。儂の研究所から繋がってる、モンスターの飼育スペースとしてダンジョンを作ってあるんじゃが、モンスター達が勝手に巣穴を掘り進めてしまっての。どうやらこの山全体に広がってるようじゃから、おそらくこことも繋がっておるだろうなあ。

 今日はその用事で来たのかい?」


 ビシドに対してだけは恐ろしく丁寧に話しかける。


「いや、元々は別の用事で来たんだけど…」

 話しながらビシドが固まった。奥からモンスターが出てきたからだ。随分獣臭い建物だとは思っていたが、居住スペースに突然モンスターが入ってくるとは思わなかった。


 モンスターは獅子と山羊の頭を持ち、尾の代わりに蛇がついている。いわゆるキマイラというやつだ。

 ゆっくりと間合いを取るビシド達を一瞥しながらキマイラは無造作にヨルデルに近づいてくる。


「ほっほっほ、驚いたかね?儂が合成で作り出したモンスターじゃよ。

 大丈夫じゃ、こいつは少なくとも儂を襲うことはない。」

 ヨルデルがそう言って手を伸ばすとキマイラが顔を寄せてきてヨルデルにほおずりした。


「ほほ、こいつめ、よーし、よしよし…」


 次の瞬間キマイラはヨルデルの襟首を噛んで、体を軽々と持ち上げると激しく振り回して壁に叩きつけ、衝撃で石壁が崩れた。


 唖然とするエピカとエイヤレーレをしり目に、ビシドはそれを見て少し間合いを取ってオリハルコンの矢を確認しながら弓につがえるが…


「いや~、元気ですねえ。この子はねえ、こうやって遊んでほしいときに甘えてくるんだけどねえ、力が強いからねえ…」

 何事もなかったかのように、しかし頭から大量に流血しながら崩れた石壁の中からヨルデルが起き上がってきた。


「いや、そいつ、多分お腹がすいてて気が立ってるんだと思うけど…」

 呆然として何もできないエピカとエイヤレーレを置いておいて、ビシドだけがこれに冷静に対処する。


「何、そうだったのか?よし、今扉を開けてやるからふもとの村を襲ってこい。

 家畜でも人間でも好きなだけ食っていいぞ!」

 よろよろと扉に近づいてヨルデルがそれを開けるとキマイラは走って山を下って行った。


「知らなかった…エルフってこんなに頑丈だったのか…」

 ヨルデルが何やらとても聞き逃せない不穏なセリフを吐いたような気がしたが、エイヤレーレはとりあえずそれを聞かなかったことにして、ぼんやりと呟いた。


「動物サイコー!!」

(※表記がモンスターだったり魔獣だったり動物だったりするが、基本的には同じものを指していることと理解していただきたい)

 大けがをしてるヨルデルは両手を挙げてそう叫ぶと再び扉を閉じた。


「エピカちゃん、傷を治してあげて。多分肩甲骨を骨折してる。」

 ビシドがエピカにヨルデルの治療を指示した。


 すぐさまエピカはヨルデルのもとに近づいて行って回復魔法で治療を行った。治療が終わると、ヨルデルはエピカの耳元でこう囁いた。

「調子に乗るなよ、クソ人間が。」


 てっきり感謝の言葉が聞けると思っていたエピカは固まってしまった。


 治療が終わると気を取り直してヨルデルが簡単に自己紹介をし、ここではなんだから、と研究室に案内してくれた。ビシドに対してしか話しかけなかったが。


 研究室にはリング状の床の上にあり、中央にある大穴には巨大な水槽があった。水槽はブリキか、鉄を塗装したようなもので作られており、上からのぞくと大岩のようなものが沈んでいた。


「今こいつにかかりっきりでね。なかなかエサもやれてなかったんだ。」

 そういうと椅子に座ってからビシドたちの方に振り向き直って、ヨルデルは用件を聞いてきた。


「友達がダンジョンに落ちて行方不明だって?

 その友達は『人間』なのか?」

 やはりヨルデルが気になるのはそこのようだ。


 ビシドが肯定の意を示すと、ヨルデルは彼自身の過去を語りだした。


 彼は元々コルピクラーニにあるエルフの隠れ里『ジェーダ』の集落を守護する騎士をしていたという。しかし、ある時自身の学術的欲求を抑えきれなくなり、コルピクラーニを飛び出し、各地の研究機関や学術会議を転々とするようになったのだという。


 しかし、体躯の小さい彼を騎士だと信じる者はおらず、それどころか美男美女の多いエルフに似つかわしくない彼の醜い外見をからかって『ゴブリン』とまで言うものがいたという。


 それだけならまだしも、魔獣の合成や改造を主張する彼の論文は「命をもてあそぶ危険な思想」として学会からも糾弾されたそうな。


「儂はあの屈辱を決して忘れることはできん。人間に協力することも当然できん。

 正直あんたの友達など儂のモンスターの餌になればよいと思って居る。」


 協力が得られず、一同は落ち込んだが、さらにヨルデルが続ける。


「じゃが、探したいなら好きに探すがいい。研究室に入ってこないなら広間辺りにテントでも張っていいぞ。」


 さらに彼は続けて言った。

「動物は嘘をつかん。そこのサテュロスの言い分は信じよう。

 そっちの小さい奴に怪我を治してもらった恩もある。だからその分だけ最低限の協力はしよう。あとは好きにするがいい。」



 ビシドたち3人はとりあえず入り口に近い広間に野営の準備をして、明日からアカネ捜索に乗り出すことにした。


「聞いてた以上に偏屈な人でしたね…」

 疲れ切った表情をしながらエピカが呟いた。


「偏屈ってレベルじゃなかったね。あれはただの人間嫌いよ。

 じゃあ魔物に好かれてるのか、っていうとそれも微妙だし。」

 エイヤレーレも辛口だ。まさか四天王に対してここまでぞんざいな扱いをするとは思っていなかったようだ。


「そもそも魔物好きってとこから怪しいよ。あいつ動物のこと何にも知らないもん。」

 そう評したのはビシドである。彼女はさらにこう続けた。


「『動物が嘘つかない』なんて無茶苦茶だよ。動物は平気で嘘つくのに。

 前にベンヌを撒いた『止め足』、あれは野生動物が捕食者を騙す技だし、チドリみたいな地面に巣を作る鳥は卵や巣が襲われそうになった時、巣から離れた場所で怪我して動けないふりして相手を騙したりする。

 動物は人間みたいに嘘をつくことをためらったりしない。

 そんなことすら知らないんだから、魔物や動物が好きってのはかなりあやしいよ。」


「今日の話を聞いた感じだと、人間社会で認められなかった事の逃避として研究に打ち込んでるだけみたいな感じだったわね。」

 ヨルデルを評したエイヤレーレがさらに続けた。


「そう考えると、アカネさんの戦い方って人間よりはむしろ動物に近いのかもね。」

 この女はアカネのことをどこまで知っているのだろうか?どうやら情報収集をしていたようだ。


「まあね、私はアカネちゃんのそこだけは尊敬してる。普通人間はあそこまで徹底できない。どこかで必ず余裕や慢心が生まれる物だもん。たとえ亜人でもそれは同じ。」

 ビシドは意外にもアカネを評価していたようだった。『そこだけ』ではあるが。


「あと、一つだけ確実なことがある。」

 そう発言したビシドに二人が注目した。


「あの人を、絶対にアカネちゃんに会わせちゃいけない。」

 ヨルデルも偏屈だがアカネも相当なものである。この二人を引き合わせれば必ず良くないことが起きるというビシドの的確な予想であった。


 ヨルデルとの接触は最悪なもので終わったが、ともかく、3人は明日、改めてアカネ達を捜索することにした。

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