第49話 協力
一行はベヤレの町を出てさらに旅を続ける。
気のせいか、エイヤレーレが随分大人しくなっているように感じる。
「エイヤレーレさん、元気出してください。」
エピカが心配そうに声をかける。
エイヤレーレは馬車の外を遠い目で見つめながら、心ここにあらず、という感じで素っ気なく答える。
「あなたには、分からないわ。私の気持ちは。」
「あなたには、まだ『成長』という最後の砦が残されているもの。私やアカネさんのような
そっちの話なのか?と全員が微妙な表情になった。どうやらエイヤレーレの中で引っかかっているのは魔王の支持率の話ではなく乳パッドの話だったようだ。
「そういうけどさ、エピカのおっぱいはそれ以上成長しないよ?特殊な条件を満たさない限り。」
アカネが言う『特殊な条件』とはもちろん『ふたなりになる』ということである。
「ちょ、ちょっと勇者様!言わないでくださいよ!あんまり人に知られたくないんですから!!
前々から言いたかったんですが、勇者様私が『あの件』を秘密にしたいって事あんまり分かってなくないですか!?」
エピカが慌てたようにアカネを問いつめる。『あの件』とはエピカの性別のことと、『ふたなり』のことである。
この発言に、少しエイヤレーレに笑顔が戻った。何が秘密なのか、何を知られたくないのか、しつこくエピカとアカネに聞き始めた。
誰にとっても他人の不幸は密の味である。
しばらくエピカとエイヤレーレが「教えない」「教えろ」と押し問答を続ける。端から見ているとコイバナをしているガールズトークのようである。どちらも『ガール』ではないが。
そんなやりとりを見ていてビシドが口を開いた。
「いや、実際秘密にしたって問題が解決するわけじゃないじゃん?
むしろ知って貰った方がいいんじゃない?」
「知って貰った方がいい」とはどういうことなのか、その真意をエピカが問いつめると、ビシドの答えは意外にも論理的なものだった。
「いや、実際エピカが『あれ』になる方法はまだぜんぜん分かんない訳じゃん?オリハルコンの宝玉は一つしかなかったわけだし。そもそも二つあってもアカネちゃんが言うにはおそらくエピカは『その方法』じゃ『あれ』にはなれない可能性が高いし。
だったらいろんな人に知って貰った方が『あれ』になる方法も見つかりやすいんじゃない?」
その言葉を聞いてエピカは黙り込んでしまった。反論の余地がなかったからだ。
エイヤレーレはあまりにも代名詞が多すぎて訳が分からなくなっていた。
「もう『あれ』とか『それ』とか多すぎて分かりづらいから言うけどいいよね?エピカ。」
アカネの言葉に対し、渋々ながらエピカも肯定の意を示した。
アカネは全てをエイヤレーレに話した。エピカがこんな外見だが実は男性であること、本当は女性になりたいが、それはできないようなので『ふたなり』になる方法を探して旅に出たこと。ベンヌがビビるくらいでかいちん○んを持っていること。
「最後のは言う必要無いじゃないですかあああ!!!!」
エピカが今までにないくらい大きい声を出したので全員が驚いた。チクニーも御者をしながら何事かと振り向いた。
「なんで言うんですかそれ!!話の流れと全然関係なかったですよね!?
やっぱり楽しんでないですか、勇者様!!」
こんなに切れてるエピカを見るのは初めてである。
エイヤレーレは、というと、うずくまってプルプルと震えている。表情は確認できないがおそらく必死で笑いを堪えているのであろう。
「いいですよもう笑い堪えなくて!」
エピカがふてくされながら言い捨てた。
「い、いや、ごめん。エピカちゃん。なんか初めて見たときとイメージ変わっちゃうなあ。
ああ、こんなに笑ったの久しぶりかも。」
笑いながらエイヤレーレがそう言った。そりゃイメージくらい変わるだろう。性別が違ったのだから。
「ああ、なんかこのパーティー凄く居心地が良いわ。」
「分かってもらえた!」
エイヤレーレの言葉に突然アマランテが会話に入ってきた。
何事かとエイヤレーレが驚いているが、アマランテはおかまいなしに話し続ける。
「私は言葉の裏を読むのが苦手、人が何を考えているのかが分からない。
でもこのパーティーはそんな心配する必要ない。みんな思ったことは全て話すから。」
なるほど、という顔でエイヤレーレが頷く。
「アマランテさん、あなたを誤解していたわ。おっぱいが大きいからイヤな奴(※個人の見解です)だと思ってたけど、あなたも苦労してるのね。」
そのままエイヤレーレが話し続ける。
「私はね…仕事中は『できる女』を演じてるんだけど、こう見えて結構ドジなところがあるのよ。」
(知ってる)
(「こう見えて」じゃない)
(イメージ通り)
各々が心の中でつっこむ。
「でもここじゃ自分を取り繕う必要なんて無い。ありのままの自分でいられる。」
(ありのままの乳じゃないだろ)
(パッドは取り繕ってないのか)
「あの…ところでエイヤレーレさん。」
エピカがおそるおそる口を開く。
「その、ふたなりになる方法について、何か知ってることはありませんかね?」
「ふたなりかぁ…」
眼鏡をかけた長身の『できる女』風の女性が腕を組んで「ふたなりかぁ」と呟きながら考え込んでいる姿はなかなか見られるものではない。
「ふたなりについては知らないけど、ここから帝都に向かう途中の山の中に、モンスターの研究をしている人がいるのよ。」
一見ふたなりとは関係なさそうなエイヤレーレの情報だ。これに対し、アカネは…
「エピカのちん○んはモンスターじゃないよ?」
「勇者様は黙っててください!」
エピカの突っ込みに余裕がない。
「噂ではその人ね、複数のモンスターを合成して1匹にしたり、モンスターを改造したりしてるらしいのよ。
そういう人なら、性別を変える方法なんてのも、もしかしたら知ってないかなあ?って思ったんだけど、どうかな?」
「う~ん、モンスターに改造されたりしないですよね?」
エピカはかなり不安そうな顔で答えた。それも当然だ。今の説明を聞いて「よし、じゃあその人に性別を改造して貰おう!」なんて言えるような奴がいたら性別よりも脳味噌を治した方がよいだろう。
「まあ、とりあえず行くだけ行ってみればいいんじゃない?ダメそうなら引き返せばいいし、今後のヒントになるかもしれないし。」
アカネはやはり楽観的だ。おそらく他人事でなく、自分のことでもこの態度は変わらないであろう。
「もしヤバい奴でも大丈夫よ。なんせこっちには四天王がいるんだから。」
エイヤレーレはいつも根拠のない自信にあふれている。いや、根拠はあるのかもしれないが、今のところそれを感じさせるほどの力を見せつけたことはない。
「いや、お前が一番心配なんだよこのポンコツ。」
とうとうアカネが言ってしまった。誰もが思っていたが黙っていたことを。
「はあ?この私がポンコツ?
確かにちょっとドジっ娘な部分はあるけども!」
エイヤレーレが反論するが、はっきり言ってドジっ娘という年齢でもないだろう。
「自覚無いのお前?
そう言えば四天王でアンタだけ二つ名がないよね。あたしが付けたげよーか?
『ポンコツのエイヤレーレ』ってどうよ。」
意地悪そうな笑いを浮かべながらアカネがそう言った。
しかしそれを黙って聞いているようなエイヤレーレではない。
「あら、じゃあ私もアカネさんに二つ名を付けてあげないとね。
『乾いた大地のアカネ』ってどう?」
「誰の胸が『乾いた大地』だ!?」
「ま、まあ落ち着いてください、二人とも。いずれにしろ用心するに越したことはないですから。」
エピカが慌てて二人の仲裁に入る。それでも二人のにらみ合いはとまらなかったが…
「性別変えられるくらいならおっぱいも大きくできたりしてね。」
流れを無視してビシドが発言する。
これに二人はバッと振り向き、ビシドを凝視した。
「ひっ」
あまりの迫力にビシドが小さい声を上げる。
「ビシド…あんた良いこと言うじゃない…」
アカネの発言であるが、その目は人を褒める目ではなく、獲物を狙う野獣のそれである。
「アカネさん、ここは一時休戦ね。」
「そうみたいね。同じ目的に向かう仲間同士、反目しあったって利はない。敵の思うつぼよ。」
アカネの発言だが、敵とは誰か。
エイヤレーレが握手を求めて手を差し伸べると、アカネがその手をガシッと力強く掴んだ。
友情が生まれた瞬間であった。
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