第47話 乾いた大地のアカネ

「いい?落ち着いた?もう大丈夫?」

 アカネが声をかけているのは―――


「すんません、大分取り乱しました。」

 エイヤレーレである。


 もぞもぞとパッドを服の中に入れてから立ち上がった。

「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。」


(結局パッドは戻すのか…)


「エイヤちゃんこれからどうすんの?」

 四天王をすでにエイヤちゃん呼びのビシドである。


「んん…まあ、あなた達が本当に魔王様と戦う気がないというなら、一旦帝都に戻ろうかな…」


「じゃあ目的地一緒だね。一緒に行かない?」

 ビシドのこの提案にはさすがに一同が驚愕した。


 アカネにそのつもりがないとは言え、一応魔王軍と勇者は一般に敵対関係にあるということになっている。その両勢力が特に理由もなく、いや、理由はあるが「目的地が一緒だから」という理由で同行しようなど、誰が考えようか。

 「トイレ行くなら一緒に行こ?」程度の軽いノリである。


(ど、どういうことだ?

 これを機にこちらへ乗り換えるつもりか?そう言えば闇の勇者と王国は険悪な雰囲気だと聞いたことはあるが…

 それとも私を籠絡して仲間にできるとでも思っているのか…?)


 一瞬の間に考えを巡らすエイヤレーレだが、ビシドはもちろんそんなことは考えていない。

 こいつと一緒に旅をすれば馬車や宿のランクが上がるかもしれない、という打算からである。


(まずいぞ…この流れ、仲間になる感じだ。

 勇者様はこういうとき感情じゃなくて論理で判断し、論理で行動する。

 そしてビシドさんの提案は、一見荒唐無稽なようでいて、その実、論理的破綻は存在しない…!!)


 そう考えたのはチクニーである。

 他のメンバーにとってはただのポンコツ四天王だが、彼にとってはトレントの仇、決して許すことのできない敵である。


「まあ、ガイドも必要だしその方が効率いいか…」

 アカネがそう言い終わる前に、チクニーが口を挟んだ。


「いいですか、勇者様!

 当面のところ敵対するつもりがないとはいえ、ですよ!

 俺たちはイルセルセ国王から魔王討伐の依頼を受けて行動してるんですからね!?

 それを踏まえた上で…」


「受けてないよ。」

 最後まで言い終わる前にアカネが応えた。


 全員がこれに対し首を傾げて、「何のことを言っているのか?」と、話の流れが掴めずに疑問を抱いたが。


「魔王討伐の依頼なんてそもそも受けてないって。」

 これがアカネの答えである。


「え?いやいや、嘘はいけませんよ勇者様!!さすがにそれはないですよ!!

 そんないい加減な嘘ついても信用を無くすだけですよ!!」

 うろたえながらアカネにくってかかるチクニー。


(ど、どういうことだ?勇者は嘘をついている?でも、それに反論してるのも勇者一行の男だし…

 これはいったいどういう状況?)

 エイヤレーレも状況が把握できず狼狽する。


「アカネちゃんさすがにそれはないって。私国王から直接言われるところ聞いてたもん。」

 ビシドも同様にアカネを咎めるが…


「いや、確かに依頼はされたけど、アタシ『やる』なんて一言も言ってないよ?」

 アカネの答えに全員の脳髄に衝撃が走った。


 あれだけ一国の王に対してでかい態度をとっておいて、何度も金を強請っておいて、それで出てきた答えが「『やれ』とは言われたが『やる』とは言っていない」である。完全にヤクザのそれである。


(この女ヤバい…サイコパスだ…)

 エイヤレーレもドン引きだ。


 しかし、しかしである。


 言っていることには矛盾はない。


 同行することに関しても、確かにアカネ達はガイド代わりになるエイヤレーレがいると助かるし、エイヤレーレも勇者を間近で監視できる。しかも目的地が同じである。ウィンウィンの関係にあたる。


 パンパン、と衣服に付いた土を払いながらエイヤレーレが答える。

「まあ、じゃあ一緒に行きましょうか?」


 チクニーががくっと膝に手をついた。またも彼の意見は通らなかった。ここはいっそスケベ心全開でエイヤレーレの加入に賛成してアカネの反感をかった方がまだ同行を阻める手であったが、彼にそこまでの頭の回転は見込めない。


 緩い感じで同行の始まった新メンバー加入の闇の勇者一行。3時間ほど歩くとやっとヘイレンダール国境の関所が見えてきた。


「おお~、やっと国境か。もう結構近いとこまで来てたんだね。」

 このアカネの言葉にエイヤレーレが驚いた顔で聞き返す。


「え?あなた達まさか地図も無しに旅してたの?ガイドもいないのに?」


「ええ…まあ、行く先々で市民に道を聞きながら、というか。

 細かい目的地でもないのでなんとかなるかと…」

 エピカが少し恥ずかしそうはにかみながら答える。


「慎重なんだか大胆なんだか分からないわね。

 まあいいわ。関所は私に任せて。」

 そう言って門番の傍に歩いていくエイヤレーレに全員がついて行く。


「これは、エイヤレーレ様、お疲れさまです。

 エッレク様の方は一緒ではないんですか?」


「バカお前!…」

 門番の言葉に慌ててエイヤレーレが口をふさぐ。


(エッレク…?確か四天王の一人だったか?そいつもノルア王国に入国してたのか?

 とりあえず聞かなかった振りするか)

 アカネは素知らぬ顔で気づかなかった振りをした。


「…?すいません、ご同行の方々は…?」

 何が何だか分からない、といった感じの顔で門番が応対する。


「闇の勇者一行。帝都まで案内することになった。」


「…?………!?…?」

 情報を処理できず門番がウェイト状態になる。ウィンドウズで言うと青い丸がくるくる回っている状態である。


「ペンと紙をくれ。陛下に手紙を書く。」

 フリーズしている門番を無視してエイヤレーレが話を進める。


「…よし、と。この手紙を早馬で陛下まで届けてくれ。

 それと、馬車はないか?」


 門番が言うには今日は無理だが明日になれば準備ができるとのことだった。

 一行は関所の簡易宿泊所に泊まり、次の日帝都に向けて出立することにした。


 その日の夜、一行は今後の方針を決めるため、関所の詰め所で打ち合わせをしていた。今夜からエイヤレーレも一緒に打ち合わせに参加する。


「…だからね、牛乳とか、揉むと大きくなるとか、そんなのは迷信なのよ。」


「そうなの?私毎日やってるのに…」


 アカネとエイヤレーレがなにやら真剣に話し合っている。


「唯一できることといったら、腕立て伏せね。

 基本的な構造として、骨の上に大胸筋があって…」

 アカネが紙に図を描きながら説明する。


「その上に乳腺があって、乳腺の周りに脂肪がある。」


 先ほどの説明を訂正する。打ち合わせではなく雑談であった。


「でも脂肪を増やそうとすると、アンダーも増えちゃうのよね…」


「そう!だから腕立て伏せ。

 結局自分の意志でどうにかできるのはここだけなんだから。

 事実、この世界に来て筋トレ初めてから大分効果あったわよ!」


「本当に?そんなことで変われるの?」


「変われるよ

 現にアタシは変われた」

 アカネがさわやかな笑顔で言う。


「変わってない。平坦。乾いた大地。」

 ビシドがそれを打ち砕いた。


「なんでそういうロマンのないこと言うかなあ!希望がなきゃ人間は生きていけないんだよ!!」

 アカネがビシドに対して切れる。何の話をしているのかは判然としないが、どうやらアカネとエイヤレーレに共通する悩み事のようだ。


「ビシドさんやアマランテさんみたいな『持つ者』には『持たざる者』の気持ちは分からないのよ。

 エピカさんは分かってくれるかもしれないけどね。」

 エイヤレーレがエピカの方にウインクしながら言った。


「エピカは代わりの物がでかいけどね。」


「ちょっ」

 迂闊なことを言うアカネをエピカが咎めようとする。


 代わりの物とは何か、エイヤレーレがアカネに問うと、話題を変えようとしてエピカが喋り出した。


「明日は、馬車を用意していただけるんですよね?本当に有り難うございます。」


「ええ、チクニーさんが御者の経験があるのよね?」

 エイヤレーレがチクニーに問いかける。


「はい…」

(とうとうヘイレンダールにまで俺の変な名前が…)


「ヘイレンダールの帝都コテルまでは馬車で2週間くらいです。まあ、急ぐ旅でもないんでゆっくり行きましょう。」


「ヘイレンダールがどんな国かも気になるけどさ、魔王の…なんだっけ?クルーグヘイレン?ってどんな人なの?」

 唐突にアカネが核心を突く質問をした。


「ふっふっふ、まあ、会ってもらえれば分かりますが、聡明で、尊大で、とにかく、素晴らしい方よ。きっとあなた方も会って話してみれば敵対しようなんて気持ちは無くなるわね。」


 エイヤレーレが自分のことのように自慢げに話す。どうやら部下の信頼は厚いようだ。

 しかし、「尊大」は褒め言葉ではない。


「まあ、そっちの主張は直接会ってから聞いた方がいいか。」

(こいつ微妙にポンコツで信用できないしな)

 アカネが心の中でエイヤレーレへの不信感を表した。


 実際、エイヤレーレは外見上、長身で細身、めがねをかけており、いかにも「できる女」風であり、噂でも「できる女」だと聞いていたのだが、会ってみるとコルピクラーニの森で大火事を起こしたり、胸に非常識な量の詰め物をしていたりと、ポンコツぶりが目立った。


 ベンヌもその実力は凄まじい強さだったが、妙に緩いところがあった。

 ひょっとすると魔王軍は聞いているような非情な集団ではなくもっとふんわりした組織なのかもしれない、とアカネは思った。


「他の四天王、キラーラと、ヴァンフルフとそれに…エッレクだっけ?どんな奴らなの?」

 アカネは先ほど一瞬出た『エッレク』の名を出すときにエイヤレーレの反応を注視しながら聞いたが、特にエイヤレーレは不審な反応はなかった。


 もしエッレクがノルア王国で工作活動をしているなら何か反応が見られるかもしれない、と思ったのだが、期待したような物はなかった。


「それはさすがに言えないわ。まだあなた達が敵になる可能性もあるんだから。」


「ま、そりゃそうか。

 さて、明日も早いしそろそろ寝るかね。」

 アカネが締めて、その日の打ち合わ…雑談は終了した。


 アカネとエイヤレーレは腕立て伏せを限界までやってから就寝した。

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