第46話 エイヤレーレと二つの丘

 一行は王城の守衛にナクカジャ王宛ての手紙を託した後パレンバンを後にし、その道すがら今回の件について話し合っていた。


 手紙には自由解放戦線にイルセルセの影があるかもしれないこと、光の勇者に気をつけろ、という内容が記されてある。


「まあ、ナクカジャ王ならもう気づいてることかもしれないけどね。もう少し時間があればな…」


「とりあえず、今の私たちにできることはここまでですね。」


無念そうなアカネの発言に対して、なぐさめるようにエピカが答えた。


実際に資金援助などの具体的な証拠があればもちろん外患誘致罪に問うことができる。しかしそんな証拠は素人のアカネ達につかむことは難しい。


 アカネは自身の言った「思想誘導」という言葉が気になっていた。もし1年以上前からそういった世論を作るための工作を行っていたなら、この証拠を見つけるのは容易ではないし、アカネ達が旅を急ぐ必要がある以上、これに対抗することもまた難しい。


 ノルア王国に入る前、イルセルセの王都ニーベルフでチクニーが言っていたことをアカネは思い出す。

 「綺麗事を錦の御旗にされると反対しづらい」

 此度の民主化など、まさにそれである。


「でも腑に落ちないなあ…」

 アカネはまだ納得のいかないことがあるようだ。


「隣国が民主化すればその動きが自国にまで波及することは十分考えられるよね?イルセルセがそんなことするかな?」


アカネの疑問に対し、チクニーが自分の考えを言う。

「工作を仕掛けてるのはヘイレンダールで、イルセルセはその尻馬にのって煽ってるだけかもしれませんね。

 もしくは、民主化した後、それが失敗することまで計画が立てられているか…」


 考えていけばきりがない。確かな物証がない以上仮定でしか話せないのは変わらないのだ。


「そういえばさあ…」

 次に口を開いたのはビシドであった。


「自由解放戦線の事務所に一人、匂いの違う人がいたんだよ。」


 アカネが前のめりになって、それはどういうことか、と問い詰める。


 ビシド曰く、人は食べ物によって匂いが変わる。ノルア王国は高温多湿であり、食物の腐敗を防ぐ目的で香辛料が多用される。ビシドは香辛料が苦手なのであまり辛い物は避けていたが、事務所に一人、あまり香辛料の匂いのしない人間がいたのだという。


 また、ノルア王国では主に鳥と魚がよく食べられるが、その人物からは少し強い獣臭、牛や豚を食べている人間の体臭がしたという。


「でもそれではただ食習慣の違うだけの人かもしれませんよね?見た目では、あの場にいた人たちはみんなノルア人の特徴を備えていましたし。」

 これはエピカの発言であるが、それも一理ある。そもそも人種が違ったからと言って怪しいというのも早計だ。なんにしろその程度では決定打にはならないのだ。


「まあ、何が手掛かりになるか分からないからその匂いは覚えておいてね。」

 アカネがそういうと、一行は次の町への歩みを進めていった。



 パレンバンを出てから1週間ほどが過ぎ、町も二つ越え、ヘイレンダールに向けて西に西にと進路をとっている道中、道の真ん中に一人の長身の女性が立っていた。袖無しのタートルネックのセーターに豊満な胸をたたえている。


 この国では長身の女性は珍しく、同じく長身のアマランテが町を歩いていると大層目立っていた。この女性も外国人なのであろうか。


 邪魔だなあ、と思いながらアカネが道の右側に避けようとするとその女性も右に、左に避けようとすると左に移動する。通せんぼしているのだ。


 一瞬イラっとしたアカネであったが、ビシドと二手に分かれて左右から進むとその女性は「あっ、あっ、あっ…」と言いながら、わたわたし始め、その間に一行は通り過ぎて行った。


「無視すんなー!!」

 一度通り過ぎたが、その女性が叫んだので一行は振り返った。


(なんかこの人アカネちゃんに似てるな)

 ビシドはそんなことを考えていた。


「ああっ!!」

 そんな中チクニーが大きな声を上げた。どうやらこの女性に見覚えがあるようだ。


「何?チクニー、知り合い?」

「知り合いって、エイヤレーレですよ!コルピクラーニの森で出会った!」


 アカネのリアクションに対しチクニーは叫ぶように返した。アカネにとっては以前一度会っただけの人物であるが(燃やされそうになったが)、チクニーにとっては憎っくきトレントの仇である。二人の間に温度差が生じる。


「ああ、そういえば会ったことあるわ。エイヤレーレさんね。

 で、そのエイヤレーレさんがアタシ達になんか用?」


 アカネのあまりにもそっけない対応にエイヤレーレも調子が狂う。

「よ、用も何も…あれ…?」

(勇者って…魔王様を倒すのが目的なんじゃなかったっけ…?私の勘違い?おかしいな…)

 考え込んでしまった。


「用が無いならもう行くよ?」

 アカネがまた道を進もうとするが、エイヤレーレが食い下がった。


「ま、待て!待ってくれ!あ、いや、待ってください。

 貴様らは…あなた達は魔王様を倒すために旅をしているんでしょう?」

 途中で口調が丁寧になったのは「もしかしたら敵対的でないのかもしれない」可能性に対しての保険である。


「………」


「…人違いだよ。それアタシ達じゃない方の勇者。」

 少し間があいてからアカネが否定の意を示した。


「え…え?でも、この道は、ヘイレンダールを目指してるんじゃないの?」

 なおもエイヤレーレは食い下がる。


「しつっこいなあ…たしかに魔王に会いに行くつもりだけど戦うつもりはないの。話がしたいだけよ。」


 アカネの返答にエイヤレーレが考え込む。

(たばかっているんだろうか…でももし、本当に戦うつもりがないとしたら)


(ないとしたら、私が困る!

 だってコルピクラーニの森で私は敵でもない一般市民にいきなり炎を浴びせようとしたことになる!)


 エイヤレーレの中で一つの答えが出た。

(よし、ここは一つ「敵になって貰おう」

 無理矢理にでも向こうから手を出させて、なし崩し的に戦闘まで発展させれば何の問題もない!)


 実際にはアカネはエイヤレーレに炎を浴びさせられそうになったことも忘れており、気にする必要などないのだが、暴走の始まったエイヤレーレは止まらない。


 エイヤレーレを無視して進んでいくアカネにしつこくまとわりつきながら話しかける。


「ねえ、本当に戦うつもりないの?

 そんなこと言いながらいざ魔王城についたら『せっかく来たんだし、ちょんの間だけでも』とか言って戦うつもりなんじゃないの?

 あやしいなあ~、私を騙そうとしてない?」


 警察とかがウザ絡みしてきて、相手が突き飛ばしたり手を払ったりすると「公務執行妨害だ」とか言って別件逮捕するアレである。


「ねぇねぇ、ちゃんと聞いてる?」

 エイヤレーレがそう言いながらアカネの肩に手をかけた時であった。


「ああ!もう、鬱陶しい!!」

 アカネが肩に掛けられた手を彼女の体ごと力任せに薙ぎ払った。


「キャッ!」

 と、叫びながらも「してやったり」といった表情で吹っ飛んだエイヤレーレであったが…


 ぽふっ、ぽふっ


 アカネとエイヤレーレとの間になにやら半球状の柔らかい、布か綿の固まりのような物が二つ落ちた。


 こんなもの何処にあったのか?何処から落ちたのか?と、アカネが不思議そうにしていると…



「あ…」

 ビシドがエイヤレーレの方を見ながら小さな声を漏らした。



 見ると、彼女の胸が、平坦になっていた。



「え…?…あっ…」


 その場にいた全員が驚嘆の声を漏らしながら気まずい雰囲気になる。「見てはいけない物を見てしまった」といったふうである。

 地面に落ちたのは彼女の胸に入っていた詰め物だった。


「いけないかよ…」

 エイヤレーレが小さな声を漏らした。


「年上長身のお姉さんキャラが貧乳じゃいけないのかよッ!!!!」

 自分でいけないと思ったからパッドを入れたのであろうに。


「いや…うん、どうでしょうね…」

 アカネが微妙な表情で適当な言葉を返す。何とも答えようのないエイヤレーレの逆ギレであった。


「エイヤレーレ…これを見て」

 そう言いながらビシドがアカネのシャツを胸までめくり上げた。


「いやホント…ビシドさん、これセクハラっす…」

 力なく、されるがままのアカネが呟く。


「あなただけが辛いんじゃないわ…ここにも乳無し人ちちなしびとがいるのよ…」

 それを無視してビシドが続ける。


「この世界は強者の為だけにあるんじゃない。弱者だってこうやって必死に生きているの。

 その、弱者の戦いを見て、貴女にも弱者の生きる道を学んで欲しいの…」


「いや、ビシドさん…胸が小さいだけで弱者ッスか…ハハッ…」

 弱々しくアカネが呟く。


「私が…私が間違っていたわ…」

 エイヤレーレがパッドを回収しながら涙を流した。


 アカネの戦いが、一人の弱者を救った瞬間であった。

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