第45話 自由解放戦線

 謁見を終えた次の日、宿をチェックアウトしてからアカネ達一行は町の広場に来ていた。以前自由解放戦線と思しき連中が演説をしていた広場である。


 目的は自由解放戦線、もしくはステファン一行と接触すること。


 アカネの左手の人差し指には赤い宝石のはめ込まれた指輪を着けられており、時折それを眺めたりしながら人を探している様子だ。

 これは、昨日の夕方に王宮より届けられた自由革命軍を討伐した褒美にもらったものである。


 指輪を眺めるのと人を探しているのは直接関係はない。指輪を見てナクカジャ王のことを思い出したりもしているのだが、単純に普段アクセサリーの類を着けないのでなんとなく気になっているだけである。


 広場でうろうろしているとある男が声をかけてきた。


「こんどこそ珍しいところで会うね、アカネさん。」

 ステファンであった。


「やっぱりノルア王国に来てたんだな。探したよ。」


「一昨日は逃げたように見えたのに、不思議なことを言うね。」

 アカネの返答に対し、落ち着いた口調でステファンが答える。その言葉には裏があるようには見えない。実際この男には裏などないのだろうが。


「事情が変わったんだよ。アタシに会わせたい人がいるんじゃないの?連れてってよ。」

 予想外のアカネの言葉に一瞬たじろいで、ステファンが答える。


「やはり君の言動はいつも唐突だね。でもそれも何か深い考えあってのことなんだろうね。OKだよ。君たちに自由解放戦線の幹部にぜひ会ってもらいたいんだ。ついてきてくれるかな。」


 エピカは宿を出てアカネが「自由解放戦線を探しに行く」と言った時からどうも腑に落ちない様子だった。一昨日は彼らと関わりを持ちたくなさそうだったのにいったいどのような心変わりがあったのか、それが理解できなかったのだ。

 今も一緒に歩きながら、アカネの様子をうかがっている。


 しかし、アカネの行動原理としては単純である。アカネの目的は魔王を倒すことではない。「仲間みんなで生きて帰る事」ただそれだけである。

 その『仲間』にナクカジャ王も加わった、これに他ならないのだ。


 その目的達成のために自由解放戦線の情報が得たい、できればその背後に何がいるのかも知りたい。これがアカネの考えである。


 自由解放戦線のアジト、いや、事務所は大通りから一本入った道の赤い屋根の大きな建物であった。王が「合法組織だ」と言っていた通り、堂々と町中に居を構えていた。


 アカネ達一行が2階の会議室に通されると、中央に背の低い、鋭い目つきの青年がいた。その横には帽子を目深にかぶったひげ面の50代くらいの中年男性と黒髪のショートカットの女性や腰の曲がった老人など、数名の党員らしき人物がいた。


「中央の彼が自由解放戦線のリーダー、デディ・マヌンガル氏だ。野党第一党の自由ノルア党の党首でもある。」


 ステファンがそう紹介すると鋭い目つきの男は軽く会釈をした。


 アカネたちも自己紹介をすると、さっそく本題に入った。


「自由革命軍の一派を殲滅したそうだな。」

 低い声でマヌンガルが話し始めた。その声からは怒っているのか、そうでないのか、判然としない。


「村を略奪しようとしていたから戦闘になった。ただそれだけよ。」

 事も無げに言うアカネに対し、マヌンガルが少し考えてから話し出した。


「彼らの無法は私も知っている。別にそれを責めているのではない。

 重要なのは君たちがこの国に自由をもたらすための戦いに協力的なのか、それとも敵対的なのか、ということだ。」


「結論から言うとどっちでもないわ。村での戦闘は金銭と引き換えに助けを求められたから協力しただけ、ビジネスライクな関係よ。」

 ビジネスライクというか、ビジネスである。


 アカネの返答に対しこちらの感情を読み取ろうとするように真っ直ぐ目を見ながらマヌンガルが語る。


「光の勇者一行は協力を表明してくれた。君たちは違うのか?」


 はあ、とため息をつきながら天を仰いだ。


「そんなこったろうと思ったわ。このお人好しならね。」


「もう一度言うけどアタシ達は中立よ。そもそもイルセルセの国王の特命を受けた勇者が他国の政治に介入なんてするわけないでしょうが。そこののっぽはそこまで考えてないんだろうけど。」


 マヌンガルはじっくりと考え込んでからアカネに発言する。

「…時間を取らせたな…すまなかった。私はそれを確認したかっただけだ。」


 他の一行のメンバーより一歩前に出ていたアカネはみんなの場所まで戻って、気付かれないようにビシドに囁いた。


「ビシド…ここにいる全員の匂いをよく覚えておいて…」


 そういうと、部屋から出ようとしたが、思い出したようにまた部屋の奥まで戻ってステファンに話しかける。その後ろにはぴったりビシドがついている。部屋を歩き回って匂いを覚える魂胆である。


「あんたが何しようが知ったこっちゃないけど、ちょっと話がある。メンバー全員集めて話をさせて。」


 ステファンはマヌンガルの方を見ると、こくり、とマヌンガルが頷いた。それを確認してからアカネ達と一緒に建物を出た。


「経緯を聞きたいんなら僕だけでいいんじゃないかな?他のメンバーも必要なの?」

 質問するステファンに対しアカネは怒り気味に答える。


「あんた一人じゃ判断つかないことだからよ!早くどこにいるか案内しろ。」


「分かったよ、宿に案内するからついてきて。」


 一行はステファンについて彼らの宿泊している宿まで来た。アカネ達が泊まっていたところほどではないが、やはり思った通り高級宿だった。


 部屋に入ると全員で打ち合わせか何かをしており、インデクトはちょうど報告書をまとめているところだった。部屋に11人が入るとさすがに狭かったが、アカネはお構いなしに怒りを露わにしながら話し出した。


「あんたらね、他国の政変に荷担するなんてどういうつもりなの!?ノルア王国と戦争するつもり!?」


「落ち着いて、アカネさん。彼は協力と言っていたけど、彼らの主張に同意を表明しただけで、それ以上のことをするつもりはないよ。」


「それだけで十分だっつうの!今をときめく『光の勇者』が協力を表明した、ってだけで民衆の支持なんて爆上がりなんだから!」


 ヒートアップしたアカネはさらにつかつかとインデクトの前まで歩いていき、彼の向かいの席にどかっと座って問いつめた。

「こういうことにならないように、コントロールすんのがあんたらの仕事じゃないの?

 それとも…あんたがコントロールしたから…こうなったの?」


 アカネがじっとインデクトの目をのぞき込みながら反応を伺う。


「何のことか分からないな…なぜ俺なんだ?」

「………」


 二人の間にしばし沈黙が流れる。

 インデクトは全く表情を変えずに答えていた。目は真っ直ぐアカネを見ている。汗もかいていない。


「ふうん…まあいいけど。」

 そう言って部屋から出ていこうとするアカネをステファンが呼び止めた。


「待ってくれ、本当に君は協力する気はないのか?目の前に自由のために戦っている人がいるというのにそれを見捨てる気か?」


 アカネがゆっくりと振り向き、ステファンに近づき、目をのぞき込みながら聞き返す。

「あんたは、それが本当に民のためになると思ってやってるの?

 それが弱者のためになると思ってるの?」


「もちろんだ。それが僕の正義だ。」

 しかし、このステファンの回答がアカネの逆鱗に触れた。


「正義!?正義だと!!

 正義を語るならおまえを雇ってるイルセルセは王政だぞ!!なぜそっちを先に止めない!?

 自分に都合良く正義を出したり引っ込めたりするな!!

 そんな都合のいい正義を振りかざすくらいなら!アタシがお前を殺してでもそれを止めるぞ!!」


 怒りに身を震わせながら興奮して怒鳴りつけるアカネに対し全員が恐怖を露わにした。

 その空気に気付いたアカネは「クソッ」と小さくつぶやいて宿から出て行った。ビシド達もそれに続く。


 宿から出てしばらく歩くとアカネはその場にへなへなと腰が抜けたように座り込んでしまった。あわててアマランテがアカネを抱き抱える。


「アカネ様…無茶をしすぎ。」

 優しく頭をなでながらアマランテが慰めるようにアカネに語りかけた。



 一行は少し離れたところにある広場のベンチに腰掛けて一息ついていた。チクニーが温かいお茶を屋台で買ってきてアカネに手渡した。


「勇者様、あんなに取り乱して怒るなんて…『正義』という言葉に、過去に一体何があったんですか…?」

 エピカがおそるおそる先ほどの一件について聞いてきた。


「いや、特にないけど…」

 温かい飲み物でだいぶ落ち着いたようで、少しずつアカネが答え始めた。


「勇者様、隠さなくてもいいんですよ。俺たちは仲間なんですから。

 勇者様の過去に何があっても受け止めますよ。」

 チクニーもいつになくアカネを気遣う姿勢を見せながら問いかける。


「いや、だからなんもないって。

 あのお気楽勇者見てたらムカついてきただけだって。」


「………」


「………」


(え…?何もないのにあんな恐ろしげなぶち切れ方してたの…?)


 全員の顔が恐怖にひきつる。


「それでアカネちゃんさあ、何か分かったの?

 自由解放戦線のバックにいるのがイルセルセかどうか確認するために宿に乗り込んだんでしょ?」


 この空気を壊したのは頼れる自由人、ビシドであった。それにしても頭は悪い癖にこう言うことの勘はよく働くようだ。


「アタシの見立てじゃ、ステファンは嘘はついていない。アイツの言葉には嘘はないよ。

 それが正しいことだと、心の底から信じてあんなことを言ったんだよ、アイツは。」


「じゃあシロかあ…」

 ビシドがつまらなそうに呟くが…


「だからこそクロだ。」

 アカネの答えは意外な物だった。


「え?大丈夫ですか?ステファンは嘘はついてないんですよね?純粋に市民の自由と民主主義のために戦ってるって事ですよね。」

 チクニーの言う「大丈夫ですか」とは、先ほどの取り乱し様から、まだ正気でないのではないか、という意味である。


「アイツの言葉に嘘はない。

 でも、アタシは言葉なんて信じないから。」

 まるで禅問答のようになってきたが、「人は言葉通りに行動するわけではない」ということである。


「インデクトは?」

 ビシドはアカネがインデクトとの会話で何かをつかんでいたことに気付いたようである。さすがに勘が鋭い。


「アイツは嘘をついている。」

「そうは見えませんでしたけど…」

 アカネの見立てに対し、エピカが反論するが、そのままアカネが続ける。


「アタシが『あんたがコントロールしたんじゃないか』って聞いた時、一瞬だけど瞳孔が拡大した。急に核心を突かれてうろたえたんだ。動物は生命の危機を感じたりピンチになると瞳孔が拡大する。生き残るための情報をより多くかき集めるために本能的にそうなるんだ。」


「アカネちゃんの勘も微妙に当てにならないからなぁ…」

 ビシドが地面の石を蹴りながらつまらなさそうに呟く。チクニーの過去の件やエルヴェイティの件を思い出しているのだ。


「結局、自由解放戦線のバックにいるのは何なんですか?なんかよく分からなくなっちゃいましたけど。」

 チクニーの疑問も当然である。「ステファンは嘘をついていない」と言い、「インデクトは嘘をついている」と言う。それは一体何を指し示すのか。


「まず、あいつら一行の中にそういうことをしてる奴がいるとすれば、適任なのはインデクトの他にはいない。報告書書いてるのアイツだし、王国と連絡してても不自然じゃないからね。

 他のメンバーがそれに荷担してるかどうかはまだ分からない。」


「おそらく間接的に、ステファンが自由解放戦線に同情的になるように思想誘導してるんだろうね。

 消極的な破壊工作ってところか。」


 言い終わったアカネにビシドが感想を言う。

「アカネちゃんなら絶対そんな誘導に引っかからないだろうね。ひねくれてるし。」


「言い方が引っかかるけど、まあね。アイツはフランス人だから『自由』とか『平等』とか言われたらコロッといっただろうね。」


 一行は結局具体的な証拠は何もつかめなかったが、ステファンの仲間が彼の行動をいさめないことからも、何らかの関与があることは明らかであった。


 ナクカジャ王に「イルセルセ王国にも注意しろ」という内容の手紙だけ書いて、この花咲く都を後にすることにした。

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