第44話 謁見
アカネは豪華絢爛な昼食を予想していたのだが、思っていたよりもずっと質素な食事であった。王宮自体も質素な木造であり、装飾もあるが、王家の威厳を示すものとしては最低限のものにも満たないような、そう感じられた。
アカネ達は礼服など持っておらず、平服どころか旅装束での謁見となったので、こちらとしては逆に助かるものであったが。
「王宮も食事もあまりにも質素なので驚いておられるかな?」
低く、落ち着いた声で話すその人こそ『慈悲王』ナクカジャである。
「いえ、そんなことございません。民のため倹約につとめる、素晴らしい王だと思います。」
誰の発言であろうか、エピカではない。
「そう言って貰えると私としても救われる。
勇者殿は忌憚のない意見を言う方だと聞いている。貴女がそう言うのなら、きっとそう思っていただけているのであろうな。」
「ありがとうございます。」
アカネの発言である。
普段あまりにもぞんざいな扱いに慣れすぎているため、こういった歓待に対してどう対応したらいいのか分からないのだ。
加えてこのナクカジャの丁寧な態度である。相手によって対応を変えるアカネは完全に空気に飲まれてしまって本来の力を発揮できずにいる。
それは一人を除いて、一行も同じである。ナクカジャの丁寧な対応と、それに飲まれていつもの態度からすると「気持ち悪い」としか形容のしようのないアカネの対応に大いに困惑し、ほとんど喋れないでいる。
「うん!この魚のフライすごいおいしい!アカネちゃん、そっちの果物まだ食べてないからとって!」
ビシドである。
「ははは、なかなか痛快なお嬢さんだ。他の方もこれくらい砕けてくれるとよいのだがな。」
ナクカジャは気にしていないどころかこれに喜んでいるようですらある。
食事も終盤になり、デザートと酒を楽しんでいるところでやっと本題に入った。
「ヒヒテの村で自由革命軍との戦闘になり、これを殲滅した、と聞いたが、たった5人でかね?」
「いえ、そのときは6人いましたし、村人にも協力していただきました。」
一瞬何のことか分からなかった。革命軍と戦った村の名が「ヒヒテ」だったことも今知ったのだ。
「ああいった革命を企んでいる派閥は多いんですか?昨日も広場で演説しているグループを見ましたが。」
酒が入ってアカネも少しずつ調子が出てきた。
「それはおそらく自由解放戦線だな。革命軍と違って彼らは合法組織だし、元老院の野党第一党の母体組織でもある。その演説もおそらくきちんと申請を出した集会だろう。」
「随分物騒な主張をしてましたけど?国王を引きずり降ろすとか何とか。」
言いながら一瞬アカネは(これは言っていい情報なのか?)と逡巡した。あまりこの国の政治に深く関わる気はなかったからだ。
「他の国ではどうか知らないが、この国は基本的に思想の自由がある。違法行為でなければそれを主張することもまた自由だ。」
「王位を脅かすことが違法ではないのですか?」
エピカが話に入ってきた。事も無げに言うナクカジャに対しさすがに疑問を押さえられなかったのだろう。
「元老院の決議は基本的に私の修正と承認を経てから施行される。しかし、議会で5分の4以上の賛成票を得られた物はその限りではない。「王位を廃止する」という法案が5分の4の賛成票を得られれば私はそれに従うよ。」
さすがにこの発言には一同は唖然としてしまった。
しかし、少し考え込んでアカネは納得したようで、発言を続けた。
「陛下は、国民に自分で考えて、政治に参加して欲しいと思ってるって事ですか?」
「そこまで理解していただけるか…噂通り理知的な方のようだな。」
ここでアカネが思い出したのはダンズールの一件である。
アカネは国民にそこまで重大な責任を負わせてもよいものかと、ナクカジャに問いかけた。それに対し、ナクカジャは眉間にしわを寄せて、少し考え込んでから話し始めた。
「私が悩んでいるのはまさにそこなのだ。これまでは基本的に最終的な決定責任は私にあった。しかし、王政廃止となればそれも全て国民が負うこととなる。それは少し国父として無責任ではないのか、とも考えるのだ。」
しかし最終的には国民が『自由』『民主主義』『王政廃止』を望めば法に則って決まった物には横やりを入れずに全て従うつもりである、とナクカジャは続けて語った。
「それが国民の意思であるならば、だ。」
「国民の意思でないなら…?」
アカネのこの問いかけに対しエピカは「不思議なことを言うな?」と首を傾げた。元老院で決まったことなら「国民が願ったこと」に違いないからである。
「貴公は一体どこまで知っているのやら…」
それに対しナクカジャは大きなため息をついてから答えた。
「そなたの危惧の通り、この一年の民主化運動はあまりにも性急すぎるのだ。その間何か民衆が不満を募らせるような事件があったわけでもない。
なにかあったとすれば、魔王軍との戦争か…和平は一応成ったが…」
誓ってアカネは何も知らない。ただ単純に、ダンズールとの一件で「民衆が本当に自由と民主主義を願っているのか?」と疑問に思っただけである。
ナクカジャは民主化勢力の背後に外国の影があるのではないか、と危惧していた。そしてそれが魔王軍ではないか、とも。和平はフェイクであり、その間にノルア国内での工作活動により内部から破壊するつもりではないのか、という危惧である。
しかしアカネは民主化勢力の背後にいるのはイルセルセ王国ではないかと考えていた。ステファン一行を広場で見かけたからだ。隣国の力が弱まって得をするのは魔王軍だけとは限らないのである。
「さて、今日は非常に有意義な話ができた。アカネ殿、感謝いたす。」
「いえ、こちらこそ、『慈悲王』と呼ばれる理由がよく分かりました。」
「ふっ、そうかしこまらないでくれ。
そうだ、これは王としてではなく、一個人としての話だが、この私と友人になって、相談に乗ってはくれまいか。貴公のような聡明で、物事を中立に俯瞰して見ることができる人間が私には必要なのだ。」
「勿体ないお言葉です。旅人故常に転々としておりますが、この花咲く都の近くを通ることがあれば必ず訪問することを約束いたしましょう。」
「有り難う。あとで宿に何か褒美のものを届けさせる。無法者共を誅してくれた礼だ。」
これにビシドがグッとガッツポーズをした。「もう一泊あそこに泊まれそうだ」という喜びからである。
会食を終えてアカネ達は宿に帰る道すがら感想を語り合っていた。
「いや~、ナクカジャ王、大物だったね~、アタシが聡明って事も見抜いてたし!!
スルヴ王に爪の垢を煎じて飲ませたいわ!!」
一番好感触だったのはやはりアカネである。王にべた褒めされた上「友達になってくれ」とまで言われてこれまでになく上機嫌である。
「ナクカジャ王とアカネ様は友達になった。つまり私とも友達。アカネ様をシェアする仲。」
アカネを褒められたのが嬉しかったのか、アマランテもめずらしく笑顔だ。
基本的には悪感情を持った者は一人もおらず、皆、終始笑顔での帰り道であったが、宿に着くとアマランテの顔が少し暗くなった。なぜか。
「アマランテ様に手紙が届いております。」
フロントの者からそう言われたからである。なんとなくイヤな予感がした。
アマランテはロビーのテーブルで手紙を広げ、皆と一緒にそれを読み始めた。
「拝啓
親愛なるアマランテ様
梅のつぼみも膨らみはじめ、春の息吹を感じるころとなって参りました。
噂ではノルア王国にいらっしゃるとお聞きしました。そちらでどのような花が咲くかは存じませぬが、
温暖な気候故きっと貴女の笑顔のようにかわいらしい花が咲いていることと思います。」
ここまで読んでアマランテは手紙をくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
「え?ちょっと!良かったんですか?アマランテさん!」
差出人すら確認せずに手紙を捨てたアマランテをエピカが咎めるが…
「いい!見なくても分かる。どうせサウロムの中身のない手紙!」
アマランテはせっかく気分良くなったところをぶち壊されたような気がして怒っている。
「例の、季節の挨拶から始まる果たし状か。
一人で勝手に果ててろよ…」
アカネもうんざり、という顔である。
「いや、でも実際いつまでも無視し続けられるもんなんですかね?」
チクニーが心配そうに尋ねる。
「やっぱりオムニア地方を通ったときに顔くらい出した方が良かったのかもしれないですね。
なんか、結構しつこそうじゃないですか?そのサウロムさんて。」
「確かにアイツはしつこい。」
チクニーの問いに対し、アマランテが爪を噛みながら不快そうな顔で答える。
「あの~…」
エピカがおそるおそる手を挙げる。
「とりあえず、返事の手紙を書けばいいんじゃないでしょうか…」
「それはイヤ。」
にべもなくアマランテが拒否する。
「アイツの手紙を読んで、さらにアイツが納得できるような手紙を書く、となると私の精神が大幅に削られる。
私の精神衛生を優先して欲しい。」
「まあ、とりあえずは放っといていいんじゃない?」
アカネはこの件に関しては妙に楽観的だ。
「どうせうちらは一カ所にとどまってることはないんだし、直接何かしてくることはないでしょ。
前回はソンダッの村に長く滞在してるときで、今回は自由革命軍を撃破したことで、首都に寄るって予測して手紙出してきたんじゃないかな?
となると、基本的には一カ所に長くとどまるか、予測しやすい動きをするときだけ狙って手紙を出してるんだから、そこだけ気をつければいいってことだよね?」
「つまり、相手が直接来るときはこちらでもその時期は何となく分かる。なら、いきなり奇襲されたり、暗殺されたりしなければ、正直言ってオリハルコンを手に入れた今のアマランテが正面切って戦って、魔法で負けるなんて想像できないんだよね。」
「こないだの砦を強襲した魔法、あの四天王のエイヤレーレってやつより凄くなかった?」
う~ん、と全員が首を傾げながら考え込む。確かにアカネの言うことは理にかなっているのだ。
さらに補足するならこちらには危機察知能力に優れたビシドもいる。そもそも奇襲などできないのだ。
「アカネ様の言うとおりだと思う。それにサウロムは勝負するとき絶対に卑怯な手は使わない。正面切って実力勝負で相手の体も心も屈服させるのが好きな人格破綻者。その点は心配しなくて良いと思う。」
結論として、今回も無視することとなった。
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