第43話 花咲くパレンバンの都

「ホントにあれでよかったんですかねえ?」


 チクニーはまだなにかすっきりしないような顔でつぶやいた。


 確かにアカネがベッコを殺したのは正当防衛であるが、その後金品を奪ったのは犯罪だ。しかしそれを理由にダンズールを許すのは別問題だろう、という主張をチクニーはしている。


 「それはそれ、これはこれ」という奴だ。しかしそういうダブルスタンダードはアカネが最も嫌う判断基準でもある。それにチクニーの個人的な感情も見え隠れする。


 三度登場したダンズールがこの先も何かあったときにまた現れて自分達の邪魔をするのではないか、とチクニーは危惧しているのである。


 チクニー個人はダンズールを人間的に嫌っているわけではないが、二度襲撃されて、三度目はインクの加入の邪魔をされた。一言で言うと「いい思い出がない」のである。


 パレンバンの都へ続く道を歩きながらの雑談であった。自由革命軍との戦いのあった村からすでに3日ほどが過ぎている。山をおりて平地を進んでいるせいでもあるが、南へ行くほど暖かくなり、緑も豊かになっていく。おそらくこの辺りも夏になれば鬱蒼と茂るジャングルの如く成りそうなことが見て取れる。


「まあ、ガイドはいなくなっちゃったけど、ノルア王国のことも大体分かったし、あとはなんとかなるでしょ。」


「いや、ガイドが居なくなったことではなく、彼を許したことなんですけど…」

 アカネの的外れな答えに対しチクニーが力なく突っ込むが…


「それに…ガイド料も浮いたし!」


 アカネの言葉に対し、全員が目を丸くして驚いた。そう、ダンズールへの報酬は後払いだったのだ。

 結局この女はタダでダンズールにガイドをさせたあげく、革命軍との争いに巻き込んでおいて、村から多額の謝礼を巻き上げ、自分だけが大もうけをしたのである。


「こ…これが弱者のための戦い…?弱者からいいように巻き上げてるだけのような…」

 どん引きしているチクニーに気付いたのか、アカネが話題を変えようと前を指さしながら叫んだ。


「ホラ!見えてきたよ!花咲くパレンバンの都!どんなとこなんだろ?楽しみだね!!」


 ノルア王国の首都パレンバンは『花咲く都』と形容される美しい都市である。一応、魔王軍と和平を結んだという王国の首都に行くことで情報を得る、という表向きの理由があるにはあるが、正直に言えば完全に観光気分で一行はこの都市を訪れた。


 町はイルセルセの王都のように城壁で囲まれてはおらず、いくつかある大きな街道に関所のような物があって、通行人を形だけの審査で役人が確認しているようであった。


 もちろん大きな馬車などではいるのでなければこれを無視して小さい裏道や、道でないところから進入することもできるのだが、今回アカネ達は特にやましいところもないので、関所から堂々と入った。


 アカネが職業と目的を聞かれて「闇の勇者」、「観光」と答えると役人の声がパッと明るくなって「もしかして、闇の勇者アカネ様ですか?」と聞いてきた。


「え?いや~参ったな、バハルディンも言ってたけどアタシ本当に有名になっちゃってんのね。何?サイン欲しいの?」

 承認欲求の強いアカネはにやにや笑いが止まらない。


「先日は国内にはびこる不穏分子から国民を守って頂いたそうで、国王陛下が是非お話をしたいと。」


「自由革命軍のことですかね…」

 エピカがアカネの方に振り向きながら聞くと、アカネは異様にきらきらと目を輝かせていた。


「とうとうアタシの働きが…他国にまで認められて…」

 承認欲求の固まりであるアカネは今にも絶頂射精しそうな勢いである。


「長かった…本当に長かった。

 このふざけた世界に呼び出されて半年余り…誰にも期待されないどころか厄介者扱いされて王都を追い出されて、行く先々でバカどもを引き連れて必死に戦って、それがやっと報われるなんて…」

 まだ魔王に会ってもいないのに今にもエンディングにでも入ろうかという雰囲気である。


 役人と話して、二日後の昼食時に席を設けて貰うよう調整できた。それまではノルア王国側に用意して貰った高級宿に泊まることになった。


「すごい!見てこのベッド!!ふっかふかだよ!!

 これ本当にベッドだよね!?なんかの罠じゃないよね?」

 天井に届きそうなほどにベッドの上でビシドが飛び跳ねている。


 しかしテンションが上がっているのは彼女だけではない。冒険を始めてから今まで最低限の安宿にばかり泊まっていた。いや、それどころかどちらかというと野営をしていることの方が多かったのだ。


「まあ、今まで安宿しか泊まってこなかったからね。資金も限られてるし。

 ステファン達なんかは高い施設使いまくってんだろーな…なんか段々腹立ってきたわ。」

 アカネがベッドの上にぼーっと大の字になって寝っ転がりながら話す。

 おそらくこれまでの道程を思い起こしているのだろう。自分の働きが他者に認められたことが嬉しかったのだが、それと同時にぞんざいな扱いを受けていたイルセルセへの怒りも湧いてきていた。


 その日は宿に入ると、もう何処にもゆかずにゆっくりと休みを取ることにした。夕食の後はなんと共同浴場で風呂にはいることもできた。今まではよくて湯を沸かして体を拭く程度だったので、大変な進歩である。


 何が、とは言わないが、風呂に一緒に入ったビシドとアマランテの重量感は凄まじく、アカネの劣等感を大層刺激することとなった。ちなみにエピカはアカネ達と入るのもチクニーと入るのも憚られたので深夜に一人で湯に浸かった。


 会食まではもう1日あったので次の日は首都を観光することとなった。やはり一国の王ともなるとスケジュール調整も大変なのだろう、ただ昼食時に会食するだけといえども簡単にはいかないのだ。しかし、高級ホテルにもう一日泊まれるとあって不満のある者はいなかった。


 昨日は宿までの道しか見られなかったが今日はゆっくりと首都の観光ができる。見てみると、話に聞いていたとおり美しい都だった。建物は木造の低層建築物ばかりだったが、全ての建物に花が飾られており、道にも花壇があり、花が咲き乱れている。道行く人に聞いてみると、この花壇は季節ごとに咲く花が植えられており、いつ来ても花が絶えることはないのだという。


「本当に、話に聞いていたとおり美しい都ですね。町も平和で、暖かくて、こういうところに住みたいですね。」

 エピカがその風景にいたく感動したようで笑顔でチクニーに話しかけた。


(何アピールなんだこれは…)

 チクニーは聞こえないふりをしてそれを凌いだ。


 町の広場まで来ると、なにやら大声で演説している人がおり、人だかりができていた。


「どうやら平和でもない人もいるみたいね。」

 演説の内容が不穏な内容でることにアカネが気付いたようだった。


「王政側の進めている民主化など、ごまかしに過ぎない!餌を小出しに与えて引き延ばしているだけなのだ!

 あの愚王を政治の場より引きずり降ろして、真の民主化が訪れるまで、我々の戦いは続くのだ!!」


 とてつもなく不穏な内容の演説であった。


「ありゃりゃ、凄い内容だね。アカネちゃん、こういうのは絶対に近づいちゃダメだよ。トラブルの元だよ。」


「お前がいうと前振りにしか聞こえないんだよ…」

 ビシドの発言に対し、内容としてはアカネも同意ではあるようで、集会を遠巻きに見ていた。


 しかし、随分人が集まっており、そのことが演説が長時間に及んでいることを物語っていたが、特に役人や兵士が集まってくるわけでもない、まさかとは思うがこんな内容なのに合法的な集会なのだろうか。


「ん?今の?」

「どうかした?ビシド?」

 突然声を上げたビシドに対し、アカネがどうしたのかと訪ねる。


「いや、なんか、見たことのある人がいたような…」

「どんな特徴?」

「2メートルくらいある大男で編み笠被ってる」

「ルウル・バラじゃねえか!どこにいたんだよ!?」

「あっちの、演説してる人たちのグループの中にいた。」


 イヤな予感しかしない。ビシドの言うことが確かならステファン一行が民主化グループの一団の中にいたことになる。


 アカネも探してみるが、建物の陰か何かに入ったのか、見つけることはできなかった。この国の成人男性の平均身長は170cmに満たないので2メートルの大男がいれば相当目立つはずだ。

 必死に探すが見つからない、暫く辺りを見回していたが、アカネは皆の方に振り返ってこう言った。


「いや、これダメだな。向こうの方からトラブルが近づいてくるパターンだ。逃げよう!」

 そう言った瞬間だった。


「おや、珍しいところで会うね、アカネさん。」


 聞き覚えのある声だったが、言い終わる前にアカネは声のした方向と逆方向に全力で逃げ出した。

 それに続いてパーティーの全員が走り出す。突発事項への対処は皆もう慣れたものである。


「はぁ、はぁ…ここまでくればいいだろ…」

 広場から離れた屋台街まで走り、息を切らしながらアカネが辺りを確認した。


「はぁ…勇者様…なんで逃げたんですか…?」

 エピカの疑問にアカネが答える。


「今の状況で分かんないのかよ…意外と鈍い奴だな…はぁ…」

 呼吸を整えながらアカネがさらに続ける。


「ステファン達が民主化勢力と一緒にいるってことはだよ…多分だけど、民主化グループにあいつら力を貸してるってことだよ、それに今アタシ達は巻き込まれるところだったんだよ!国王との昼食を前日に控えたこのタイミングでだ!!」


「仮にアイツ等と接触するにしてもだ!今日じゃない!!」

 他人の事情など一切鑑みない心づもりである。


「最低でも!王宮でうまい飯を食って!褒美を貰った後!その後ならいい!!」

「最低はアカネちゃんだよ…」

 自分のことしか考えていないアカネにビシドが突っ込みを入れる。


「いいだろおお!たまにはよおおおお!!!!

 こっちゃ半年間辛い思いしたんだからさあ!!たまにはご褒美があったっていいじゃあん!!」


 アカネ、魂の叫びであった。

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