第42話 全ての弱きものの為に
明け方、村の入り口でアカネとエピカたちが鉢合わせした。エピカ達はもちろん、ビシド、チクニー、エピカ、アマランテ全員がそろっており、アカネは気を失ったダンズールを肩に担いでいたので、これで闇の勇者一行が全員そろったことになる。
「アカネ様!!心配した!!」
アマランテが革命軍の返り血を浴びて真っ黒になったアカネに泣きながらガシッと抱き着いた。その衝撃でダンズールは地面に落とされた。
話を聞くとチクニー達はアカネの救出に向かうところで、エピカを代表としてバハルディン達と交渉をし、その隙に可能であればビシドがアカネを救出するつもりであったという。
正直、直球勝負のあまり褒められた作戦ではないが、エピカなりに考えたうえでのものだったのだ。
アカネたちが戻ったことでその立案も徒労に終わり、まずは一安心ということで一行は村の集会場に戻った。
アルディ達はさらに落ち武者狩りをすべく投石器と農具を手に自由革命軍の砦に向かった。
集会場ではダンズールも目を覚まし、彼を中心に一行が事のあらましを聞いていた。
「裏切り者には死、あるのみ…」
アマランテが物騒なことを口にする。怒気をはらんだ目をしている。
「落ち着いてください」と、エピカがアカネの治療を続けながらアマランテを諫める。
チクニーは横目で「それ見たことか」という表情である。もうすこし感情を押し殺した演技はできないのか。
「もう十分だろ…殺せよ」
ダンズールは全てを諦め、投げやりな態度になっていた。
「俺みたいな奴が自由になろうなんてのが間違いだったんだ。俺には奴隷がお似合いだったのさ…」
「随分自暴自棄になってるけど、アタシはあんたを殺す気も、罰する気もないよ。」
アカネの一言に、まわりが騒然とした。「殺さない」はまだしも何の罰も与えないのは誰も予想していなかった。当然ダンズールもそうである。
「何故だ?俺はあんた達を裏切って、陥れようとしたんだぞ?死んでもおかしくなかったんだぞ!」
怒鳴るように疑問を口にするダンズールにアカネが答える。
「簡単な話、『アタシだったら同じ事をした』からよ。
正直なとこ言うと、自分の命惜しさにあんたの弟のベッコを殺したアタシが責められる義理はないんだから。」
アカネの話にチクニーが反論する。
「その時とは状況が違うじゃないですか!殺さないのはともかく、何の罰も与えないのは間違っていますよ!」
「じゃあ、殺した野盗から金品を奪うのも罰せられるべきじゃない?」
アカネのこの言葉にチクニーは言葉を失ってしまった。
「私はまあ、アカネちゃんと同意見かな。もうダンズールが私たちを狙う理由もなくなったんだし、正直別にどうでもいいかな?」
人懐っこい普段の態度と違ってドライなことを言うのはビシド。しかしこれもいつものことである。
「理由さえあれば人を殺そうとしてもいいってことですか!?」
チクニーはビシドに対しても同じように噛みついたが…
「理由があれば人を殺す、ってのは別にダンズールに限らず誰だって同じじゃない?
その理由がもう無くなったんだから無理して罰する必要もないんじゃないかな。」
頭の悪いはずのビシドにまで言いくるめられてしまい、チクニーには立つ瀬が無くなった。
「余裕の態度だな…強者の余裕ってやつか?
同情したふりしても、お前等に俺たち弱者の気持ちは永遠に分からねえよ。」
ダンズールの卑屈な態度にアマランテが怒りを露わにした。
「アカネ様が広い心で許そうというのに…」
それをアカネが制した。
「アタシは別に『許す』なんて言ってないよ、おあいこ様って言ってんの。
続けて、ダンズール。」
「俺はな、奴隷から解放されて野盗になって、今回の自由革命軍を見て、はっきりと分かったんだ。
『弱者に自由なんて必要ない』ってな!」
「そんなことは…!!」
口を挟もうとするエピカを無視してダンズールが続ける。
「そりゃあいいよな!お前等は!強いから!!
…だが俺たちはどうすればいい?弱者はどうすればいい?
俺たちに必要なのは自由なんかじゃない!今日食べるパンだ!!
パンをくれる強い主人が必要なんだ!!
なのに『強者』は自由を押しつけようとしてくる。無責任に『自由を勝ち得ろ』と言ってくる!!
弱者が何考えてるかなんて知ろうともしないで!!」
この言葉はチクニーの胸に突き刺さった。
ギヤック領でのことを思い出したのだ。あの時彼は降って湧いた自由に怯え、おののき、「こんな厄介なものいらない」とすら思った。強者からの善意の圧力にその身を焼かれたのだ。
ダンズールの思いの丈はまだ続くようだった。
「アルディ達を見てみろよ。自分たちに自由をもたらすはずの革命軍をおまえ達に殺させて、被害者面してやがる!
今は何してる?落ち武者狩りだぞ!
自分たちを上から見下ろしてた強者が今度は弱者に成り下がったんだ。そりゃ痛快だろうな!自分たちの手を汚さずに全部上手くいったんだから!!
民衆ってのはそんなもんなんだよ…助ける価値なんてねぇんだよ…
なんで…あんたは俺たちを見下さねぇんだよ…」
とうとうダンズールは両膝を床について涙をこぼし始めた。
「言ったでしょ…アタシもあんたと同じだって。見下せる訳ないじゃん。
何度も言ったけどアタシはあんたを罰する気も糾弾する気もない。
もうさすがに一緒に冒険するのは無理だけどね。」
少しはにかみながらアカネはそう言った。
「後悔することになるぜ…俺を見逃すことじゃない。弱者にいいように使い捨てられる勇者を続けることを、だ…」
そう言い残すと、ダンズールは集会所を出て行った。
「本当によかったんですか?…これで」
「さあ?何がよかったかなんて全部終わらないと分かんないでしょ?」
チクニーの問いになんとも頼りない答えをアカネが返した。
「でもね、自分のルールに従って判断したんだ。それだけは胸を張って言える。
自由とは自律、自分を律すること。自らの課したルールに従って行動した結果なら、たとえどんな結果になっても後悔はない。」
決意したような顔でさらにアカネは続ける。
「それに…アタシがこの世界に来て、何をすべきなのか…その答えが何となく分かった気がする。」
全員が言葉を発することなく、次のアカネの言葉を待っている。アカネがこの世界で何をするのか…
「アタシは、全ての弱きもののために戦う。勇者がどうとか関係ない。それがアタシの使命よ。」
決めゼリフを言ったアカネにビシドが怪訝な顔つきで聞く。
「え…?前にも言ったような気がするけど、アカネちゃん弱者を助けた事なんてないよね?今回のも結局謝礼は貰うんでしょ?」
それに対しさわやかな笑顔を見せながらアカネが答える。
「ビシド、世界中の困っている人を一人で助けられると思う?」
質問の意図が全く分からなかったが、「そんなことはできない」とビシドが答えると、一層笑顔を輝かせてアカネが返す。
「このパーティーのメンバーはみんな何かしら『弱さ』を持ってる。
アマランテは他人に理解して貰えない、他人を理解できない、という弱さを。
エピカは同性愛者としての弱さを。
チクニーは奴隷としての弱さを。
ビシドは亜人としての身分の弱さを。あと、ついでに頭も弱い。
アタシには、何の力も持たない弱者が魔王と戦わなきゃいけないっていう理不尽がある。」
一部単にディスってるだけのような気もするがさらにアカネが続ける。
「アタシが『全ての弱きものの為に戦う』ってのは『一人一人弱者を助ける』ってことじゃない。
アタシ達弱者の戦いをみんなに見せることで、『弱者でも戦えるんだ』ってことを教えてあげるのよ。」
それは、アカネがこの世界に来てから見せたどんな表情よりも晴れ晴れとした笑顔であった。自分の使命に気付いたのだ、天啓を得たのだ。霧に隠れていた山道が日に照らされ、全てが露わになったかのような気持ちであった。
しかし
チクニーがしきりに首を傾げながら小さく手を挙げた。
「はい、チクニー!なに?」
「えっと…それって、具体的には『何もしない』ってことじゃないですか?
今までと特に何も変わりませんよね?」
「もちろんそうよっ!!」
全力の笑みであった。
山道に暗雲が立ちこめた。
さて、そうこうしているとアルディ達が集会所に集まってきた。
「いや~、掃討作戦も大成功ですよ。これ、少ないけどアカネさん達への謝礼です。」
そう言って金子を手渡した。
先ほどまで笑顔だったアカネは真顔になりこう言った。
「いや、謙遜じゃなくホントに少ないんだけど。」
たじろぎながらアルディが弁解する。
「え?いや…元々革命軍の徴発に応じるだけの体力がないからアカネさん達に依頼したんですし、これ以上出すとアシが出ちゃうと言うか…」
「出ないだろ。」
アカネがアルディの目を真っ直ぐ見て話す。
「アシなんか出ないだろ?こっちが気付いてないとでも思ってんの?
お前等落ち武者狩りで相当儲かっただろ?」
『落ち武者狩り』という単語が出るとアルディの目玉がぎょろり、と逸れ、冷や汗が噴き出してきた。
そう、あれだけの規模の戦闘があったのだ、数十名分の革命軍の装備と物資を売り払えば結構な金額になるはずなのである。
「い、いや~そんなことは…ないと思いますけど。」
「ああそうか、まだ換金してないから手元に現金はないわな。儲かるのはこれからか?
でもこれは少なすぎるだろ?なに目的も達成して、なおかつ黒字にしようとしてるんだよ。」
見よ、これが弱者の戦いである。
「ダメな気がしてきた。」
ビシドの心の声は外に漏れていた。
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