第41話 エロ同人みたいに

 妙に温度の低い、薄暗い部屋でアカネは目を覚ました。いや、部屋ではない。鉄格子があることがここが牢屋であることを物語っていた。


 しばらくして自分が自由革命軍に捕らわれたことを理解すると、アカネは自分の身体の状態をチェックし始めた。


 どうやら手足に骨折はない。大きく息を吸い込んで深呼吸をしてみると、すこし蹴られた鳩尾が痛んだが、あばらも折れていないようだ。鳩尾はおそらく打撲になっているが、大した傷ではない。


 次に、どのくらいの時間が経っているのか?ということが当然気になった。しかし、空腹具合から考えてもそう長い時間は経っていないようだ。おそらくまだ夜中だろう。

 しかし、手首を後ろ手で固く縛られていて自由がきかない。しばらく引っ張ったり捻ったりしてみたが、そう簡単に外れそうにはない。


 見渡してみると、牢屋の外にある丸テーブルの上に自分の剣とベルトが無造作におかれていることに気づいた。当然であるが、それが『オリハルコンの剣』であることには自由革命軍は気づいていないようだ。


「さて、どうするか…イヤ、どうされるのか?」

 アカネが独り言をつぶやくとそれに答える声があった。


「命だけは助けて貰えるように交渉する…」

 ダンズールの声であった。


 あまりにも意気消沈しており、生気を感じなかったため、先ほど回りを見渡したときは気づかなかったのだ。


「結局、俺は…ダメなんだ。堅気に戻ろうなんて思ったのが間違いだった。逃げようとしても、結局こうなっちまうんだ。」


「随分落ち込んでんのね?最初からここで裏切るつもりだったわけじゃないの?

 なんか事情があんの?」

 アカネは自分でも驚くほど冷静だった。


 言いながら、村に今日たどり着いたことも、依頼を受けて革命軍に敵対したことも、ダンズールにはコントロールしようのない偶然だったことを思い出した。最初から裏切るつもりで近づいたのではなく、成り行きでこうなったのだろう、と想像する。


「あいつには、奴隷商から逃がして貰った恩があるんだ。その後野盗をやってたことも知られてる。これを通報されれば、俺の身分は元の所有者に戻される。いや、その前に野盗の罪状で死刑か…」


「ふぅん、災難ね…」


「俺を責めないのか?」

 あまりにもあっさりしたアカネの言葉にダンズールが意外そうな顔でアカネの方を見る。


「責めたら逃がしてくれんの?」

 他人を責めるどうこうは二の次、今はここからどうやって脱出するのか、アカネの最優先事項はそこに尽きるのだ。


「コンコスールが羨ましいよ。あんたみたいな、理知的で冷静な主人に買われて…」


 現実主義過ぎる、というよりはもはや浮き世離れしたようなアカネの反応に困惑しながらそう言うと、ダンズールは牢屋のある部屋から出ていった。


 それと入れ違いに入ってきたのはバハルディンである。


「お目覚めか、勇者殿?

 あんたあの有名な『闇の勇者』アカネだろ?」


「え?有名なの!?」

 意外なところに食いついてきたアカネに一瞬たじろいでからバハルディンが続ける。


「ふん、その余裕がいつまで続くかな?お前には人質としての利用価値がある、すぐに殺しはしない。

 だが、それ以外のことなら、…分かるだろ?」

 下卑た笑いを浮かべながらバハルディンがアカネをなめ回すように見定める。


「あ、アタシにいやらしいことする気でしょ!?エロ同人みたいに!!」


「部下どもはここに拠点作ってから随分ご無沙汰なんでな、まあ、楽しみにしてるんだな。」


 そういい残すと、バハルディンも部屋から出ていった。



「勇者様が…いない…!?」

 村ではエピカがショックを受けて顔面蒼白になっていた。アマランテはあまりの事態に腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「ええ、まあ…というか、ダンズールもついでにいませんが。」

 村の集会所にはアルディ達村人とアカネとダンズールを除く闇の勇者一行が集まっていた。


「革命軍の残存戦力は差し引きして二十名弱ってとこですかね?このメンバーなら力押しで戦えないこともないと思いますけど…」

 アルディがさらなる殲滅作戦を提案するが…


「それは絶対にダメ!アカネ様が人質になってる可能性がある!!」

 必死の形相でそれを諫めるアマランテ。


「そうすると、交渉するか、潜入して救い出すか、ですけど…」

 チクニーが辺りを見回した後、エピカの方を見た。


「な、なんですか…?」

 エピカが不安そうな顔でチクニーに何の用か聞くが…


「今、うちのパーティーにそういう作戦を考えられそうな人材が、エピカさんくらいしか居ません。」


 深刻な人材不足である。



 バハルディンが牢屋のある部屋から出て2時間ほど経った。


 アカネは後ろ手に縛られていた手をなんとかして尻の方から回して前に持ってくることに成功していた。

「ふぃ~、これでちょっとは楽になった。」


「器用な奴だな。」

 牢屋のある部屋へ来たのはまたもバハルディンであった。

「ふっ、どうだ?たっぷり可愛がって貰えた…か…」


 言い終わってからアカネの衣服が全く乱れていないことに気付く。

「…あれ?

 もしかして、まだ誰も来てないのか…?

 …え?…本当に…?」

 バハルディンが口に手を当てながら哀れむような目でアカネを見る。


「え…?え…?」

 アカネも困惑した顔で疑問符を浮かべる。誰もエロ同人みたいなことをしに来ないのは、てっきりバハルディンが「今はまだ我慢しろ」とか手下に言い含めているせいだろうと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。


「嘘だろ…?アイツら…いくら貧相な体してるからって…

 逆に失礼だろ…」

 バハルディンが眉間にしわを寄せながら独り言を言う。


 部屋の入り口の方をにらみながらさらに独り言を続ける。

「アイツら…!!

 ちょっと待ってろ!アイツ等に一言言ってくる!俺はパスだけど。」


「お、おい!言わなくていい!!

 っていうかパスってどういうことだ!?お前が一番失礼だろ!!」

 アカネは部屋の外に消えていったバハルディンの方に暫く文句を言っていたが、戻ってこないことを確認すると、牢屋の錠前に視線を落とした。


「この南京錠、…真鍮製だ。」

 真鍮、オリハルコン製なら魔力を溜めて爆発させることでビシドの矢尻のように破壊できるかもしれない。

 そう思って錠前に手を触れて精神を集中する。


 するとボンッと、小さい音を立てて錠前が破裂した。

 手を縛っていたロープを炎で断ち切ると、すぐに扉を開けてテーブルの上にあったオリハルコンの剣を持って部屋の外に駆け出た。慎重に行動するよりはスピードに全てを賭けて混乱のうちに脱出する心づもりである。


 建物を出る瞬間、入ってこようとする者が居たので剣で切りつけ、さらに魔力を込めてその体に火をつけた。パニックを起こして、痛みからか、火を消すためか、転げ回る男を後目にアカネは砦の外を目指す。


「追え!勇者が逃げやがったぞ!!」

「ダンズール!お前もだ!お前が逃がしたんじゃないことを証明しろ!!」

 何者かの怒号が後ろで聞こえるが、そのまま無視してアカネは全力疾走する。


 バハルディンはダンズールも含めて5人のグループでアカネを追っていた。残りは砦防衛のために残している。アマランテとアカネの襲撃で大打撃を受けたため、もう砦には10人ほどしかいない。


 村に逃げ込まれたら終わりである。交渉材料が無くなればもうあの戦闘集団と互角に渡り合える方法は存在しない。


 暫く走っているとついにアカネの背中が見えた。なにやら草むらでうずくまっている。


「見つけたぞ!やっちまえ!!」

 バハルディンが檄を飛ばす。


 バハルディンに気付いたアカネが慌てて立ち上がりさらに逃げようとする。先行した二人がアカネに襲いかかるが、二人とも草むらに足を取られて転んでしまった。


 両手を地面についたところを即座にアカネが上から剣で突き刺して始末する。

 さらにもう一人がアカネに襲いかかるが、なんとこれも草むらに足を取られて転び、背中にアカネの剣を突き立てられて絶命した。


 さすがにこれはおかしい、とバハルディンが立ち止まるが後の祭りである。追っ手のうち半数以上を失って、やっと自分が罠にはまったことに気付いた。それも原始的で簡単な罠だった。


「このアマ、うずくまってたのは草を結んでやがったのか…」


 先ほどアカネを見つけたとき、草むらにうずくまっていたが、別に腹が痛かったわけではない。

 葉の長い草を結んでアーチ状の足を引っかけるトラップを複数作っていたのである。冷静であれば、昼間であれば絶対に引っかからないような簡単なトラップだ。


 足の速いアカネに村にたどり着く前に簡単に追いつけたときに「何かある」と気付くべきだった。普通に走っても逃げられるのに、わざわざ追いつかせたのは逆にバハルディンを逃がさずに確実に始末するためだったのだ。


 剣を構えたダンズールが一歩前に出て、トラップに気を払いながらアカネに襲いかかる。


「待て、同時に…」

 バハルディンの提案もむなしく、ダンズールの剣を危なげなくかわしたアカネの剣の峰が顎をとらえる。今度は前のように頭を強打して意図せず殺すような真似はしない。


「どうする?もう一人だよ?」

 ダンズールが倒れると、アカネは余裕綽々という感じでバハルディンを挑発する。


「貴様のせいで!この国の民衆が『自由』を得るのが遅れるのだ!!」

 破れかぶれで襲いかかってくるバハルディンの剣をいなして胸に剣を突き立てる。


「『自由』を押しつけるんじゃないよ!!」


 一瞬のうちに革命軍5人が倒れた。知に於いても技に於いても圧倒的な強さであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る