第40話 飛び出せ!爆発大作戦
アカネはパーティーを二手に分けることにした。正直ただでさえ少ない戦闘員をさらに分けるのには反対意見もあったが、「危なくなったら自分の命優先で逃げる」ことを条件に作戦を強行する。
パーティーはアマランテ、チクニー、ダンズールの自由革命軍の砦強襲組、アカネ、ビシド、エピカの村の防衛組に分かれた。
強襲組の戦力は実質的にはアマランテ一人で、チクニーとダンズールは彼女への指示係とサポートである。
アカネとビシドが村に来た革命軍の徴発組を足止めしている内にアマランテの強大な魔法で相手の砦を焼き払う。徴発組が撤退もしくは砦に加勢しに行こうとすれば、アカネ組とアマランテ組で挟撃するという流れである。しかし、もしアマランテの魔力が弱くて砦強襲時に思ったような成果が出せないと今度は逆にアマランテが砦にいる革命軍とと徴発組に挟撃されるという諸刃の刃でもある。アマランテの最大魔力がまだ未知数なのが不安材料ではあるが、「いざとなれば逃げる」前提で作戦を立てれば多少は無茶な作戦でも実行できる。
アマランテ組はすぐに村を出て砦に向かう。アカネ組は1メートルほどの細い布切れを数枚用意して村の若い者に持たせた。
片方の端を手首に巻いて、反対側を手に持つ。その状態で袋状にした部分に石を包んで振り回し、十分遠心力を付けた状態で手を離し石を投射する。投石器である。
「何の練習もなしにいきなり実践か…まあしかたないか。」
せめて準備期間が2,3日あればアカネも含めて十分な訓練ができたのだが、愚痴をこぼしながらも自由革命軍のいる町のメインストリートの両側にある家の屋根の上に投擲部隊を展開する。
両側にそれぞれアカネとビシドをリーダーとして村の若者を5人ずつ従えて投石を行う手筈である。攻撃はアカネの投石を合図に一斉に始めることとなる。
足止めが目的とは言え明確に殺意を持って人を攻撃するのは実はアカネはこれが始めてである。ベッコの時は偶発的な殺人、いわば業務上過失致死であった。今度のは間違いなく殺人だ。
ふるえる手をマッサージでほぐしながら機を待つ。手のふるえは恐怖からばかりではない。温暖なノルア王国とは言えこの時期の夜は冷える。
アルディは自由革命軍のリーダーとおぼしき男と交渉の真っ最中だ。村の苦しい食糧事情を説明しながら徴発の量をなるべく少なくして貰うよう懇願している。
「おかしら、こいつら協力する気ないんじゃないですか?反革命勢力って奴っすよ!」
革命軍の太鼓持ちがリーダーに進言する。
「おかしらじゃなくて、バハルディン将軍と呼べ、と言っただろ…
本部のボスも言ってただろう?まずは話し合い、それが民主主義って奴だ。というわけで言い分だけは聞いてやる。だが、協力に応じる気がない、と俺が判断したら…分かってるな?」
バハルディン将軍、と自ら名乗った男はスキンヘッドで筋肉質、鎧を身にまとった男だった。
威圧されたアルディが必死に弁解する。
「だから、協力しないなんていってないじゃないですか、ただちょっと、こちらの食糧事情も考慮してほしいな~、という…」
アルディも時間稼ぎに必死である。しかし、問題は…
「問題は、アルディとなんの話し合いもできてないことなんだよなあ…」
アカネには交渉がどうすすんでいるか分からない。
ビシドならこの距離でも声が聞こえるだろうが、彼女は道を挟んだ反対側の屋根に陣取っている。
一方、アマランテの方はダンズールとチクニーの引率で相手側本拠地に向かっていた。
「アマランテさん、作戦は分かってますよね?」
チクニーがアマランテに確認をする。森を歩いている内、本拠地を探している内に手段と目的が入れ替わって本来の目的が分からなくなることはよくある。
とくにアスペ相手に何度も確認を取ることは有効な手段だ。
「分かっている。本拠地を見つけ次第最大魔力で炎を叩き込んで焼き払う。
魔法を放ったらすぐに引き返して今度は徴発組をアカネ様と挟み撃ちにする。」
唯一の価値判断基準がアカネである彼女は他の人間を殺すことに一切躊躇はない。自動音声のように感情無く話す彼女にチクニーは若干の恐怖を感じていた。
暫く早足で歩いていると、それらしき砦が見えてきた。アルディの情報通りだ。
砦の門は開かれているが、両脇には歩哨が立っている。しかし、装備は統一されておらず、そのことが練度の低さを物語っている。
アマランテは魔力をオリハルコンに込めながら無造作に門の正面に歩み寄っていく。
「ちょ、ちょっと…」
チクニーが一瞬それを止めようとしたが、やめた。よくよく考えてみればガワごと最大魔力で焼き払おうというのだ。正面からでも特に不都合はない。
「ん?なんだお前?」
歩哨がアマランテに話しかける。
「もしかしておかしらが気を利かせて娼婦を呼んでくれたのか?」
「アイツがそんな気の利く事するかよ。」
「ハハハハ!」
歩哨のくだらない会話を無視してアマランテは魔力を高め続ける。
「ん?お、おい、なんだ?お前…何を…」
村の方ではバハルディンがいい加減アルディの引き延ばし作戦に気づき始めていた。
「おい、てめえ、何か企んでやがるな?時間稼ぎしようってのか?」
「そろそろ限界だな。あとはアルディがアイツ等から距離を取ってくれると助かるんだけど…
なんの打ち合わせもなしに上手くいくかな…」
アカネが独り言を言いながら、そういえばアマランテの方とも何か合図を決めておくべきだったな、と砦のある方角を眺めていると…
森の中の方から轟音とともに爆炎が上がった。一瞬その音と衝撃波に呆気にとられたアカネであったが、すぐにバハルディン達の方に向き直る。
見ると、彼らもその爆炎に驚いている。アルディは何があったか察したらしく、バハルディン達から距離を取った。チャンスである。
アカネが石を投石器につがえて投げつけると村人達もそれを合図に次々と石を投げつける。
怯んだバハルディン達はあわてて撤退をしようとする。
「退け!一旦本拠地の方に…」
バハルディンが撤退の指示を出そうとした瞬間であった。
ボンッという爆発音とともにバハルディンの横にいた男の上半身が四散し、肉片が飛び散った。
ビシドのオリハルコンの矢である。
その破壊力も凄まじいが心理的なダメージはそれをさらに上回るものであった。恐慌状態に陥り我先にと散り散りに逃げる革命軍。
それを投石と弓矢で追撃するアカネ達。
散り散りに逃げたため撃退には成功したが掃討、とは行かなかった。始末できたのは8人ほどであった。一旦村の広場に集まって作戦を立て直す。
「怪我人が出たときのためにエピカは村で待機。ビシドはアタシと一緒に森に入って掃討戦を続けるよ!
最低でも大将首だけは取らないと戦いは終わらないわ!
それと、村人は3人一組くらいで落ち武者狩り!もし魔導士かアーチャーを見かけたら戦わずに逃げること。いいね?」
「う…一体何が…」
地面に突っ伏して倒れていたチクニーがゆっくりと起きあがった。
記憶を掘り起こしてみると『何が起きた?』という疑問はすぐ消え去った。アマランテの魔法だ。その衝撃波か何かで吹き飛ばされて気を失っていたに違いないのだ。
「なんて威力だ。直撃どころか全く違うところで爆発したにも関わらず衝撃で意識を失うなんて…」
辺りを見渡すと、砦は大部分が崩壊しているが炎はほとんど消えている。消火されたのか、もともと炎上しなかったのか?
しかし、それ以上にマズいことに気がついた。
ダンズールとアマランテの姿が見えないのだ。
「しまった…俺はどのくらい意識を失ってたんだ…?」
立ち位置から言えばアマランテはチクニーよりも爆発に近い位置にいたはず。しかし近くには居ない。記憶の中でアマランテの居た場所を探そうとしたが、そもそも地形が変わっていてそれがどこだったのかもよく分からない。
「まずい、まずいぞ…!!」
チクニーは砦の人気のある場所を避けて、本格的にアマランテと、ついでにダンズールも探し始めた。
爆発から1時間程たっていた頃、アカネとビシドはそれぞれ散開して逃げる革命軍を別々に追って各個撃破を続けていた。あの程度の練度の兵なら単独で追っても負けることはない、と調子に乗っていたのである。それが後々思わぬしっぺ返しになるとも知らずに。
森を走っているとアカネは革命軍兵士と思しき者に遭遇した。軽装で、杖のようなものを持っているのでおそらく魔導士だろう。村人には「魔導士を見たら逃げろ」と指示したがアカネは当然逃げない。
相手もこちらに気づき、魔法の詠唱を始めたが、アカネの方が早い。
「アイスジャベリン!」
そう叫ぶとアカネの前に1メートルほどの氷の槍が現れる。それを魔法で飛ばすのではなく、ひっつかんで、投石器につがえ、相手に投げつける。
相手は胸の前あたりに炎の塊を出現させていたが、アカネの槍はその炎ごと相手の胸を貫いた。
「やっぱり全部魔法で処理するよりは、物理攻撃と組み合わせた方が効率良いな。」
独り言を言うとアカネは次の獲物を探してまた森の中を駆けだす。しばらく走っていると鎧を着た大男の背中が見えた。
(いた!あれは敵の将軍、確かビシドがバハルディンとか言ってた奴だ。)
「待て!話を聞け!拠点をこの辺りから撤退させるなら見逃してやるぞ!」
アカネお得意の心理戦、もちろん見逃す気などない。しかしそれに応じるどころか振り返りもせず逃げ続けるバハルディン。
このまま追いかけっこになっても日々の鍛錬を怠らないアカネは前走のバハルディンに負ける気はしなかったが、袖の中からあるものを取り出して頭の上で振り回し始めた。
王都でマチェーテ、配管と同時に購入した鎖分銅である。
アフリカで『ブーラブーラ』と呼ばれる武器がある。これは一本のロープか、またはそれにさらにロープを結び付けて三又にしたロープの先に石を縛り付けて重しにして、相手の足に投げつけて巻きつかせ、拘束する武器である。主に野生動物を狩るときに使用される。
アメリカの警察が暴徒の鎮圧に使用するおもりのついた投網のような武器も同様の物である。
この武器の最大の利点は投石器や弓矢のように細かい狙いをつけなくてよい所にある。アカネも走りながら、鎖分銅をバハルディンの足のあたりに大雑把に投げつけて使用した。すると、鎖分銅はバハルディンの両足に絡みついて、彼は転倒した。
「ふう、てこずらせやがって…」
アカネが転倒したバハルディンの前に仁王立ちし、剣を鞘から抜く。
バハルディンは慌てて鎖を解くが、すでにこの距離で、尻餅をついているバハルディンと剣を構えているアカネ、実力差を鑑みても『詰み』である。
「ま、待て!俺たちに協力しないか!?村人に雇われたんだろ?あっちの倍出す!」
そのセリフを聞いてまだ謝礼の金額を詰めてないことを思い出したが、当然アカネはこの申し出を無視する。金に目がくらんで依頼者をころころ変えるのは一番やってはいけない悪手である。
アカネが剣を振りかぶった瞬間、何者かがアカネとバハルディンの間に割って入った。
「ま、待ってくれ!こいつは俺の親友なんだ!」
ダンズールであった。
一瞬止まったアカネの隙をバハルディンは見逃さない。立ち上がる勢いを利用してダンズールの陰に隠れながら、脇から前蹴りをアカネの水月に飛ばす。
意表を突かれたアカネは蹴りを受けてその場にうずくまり、気を失った。
「助かったぜ、ダンズール。持つべき者は友だな。」
バハルディンがダンズールに話しかけながらアカネの手首に縄を掛ける。
「こ、これで俺が盗賊だったことも、奴隷としてイルセルセに登録されてることも、王国には黙っててくれるんだよな…?」
「もちろんだ、それどころか自由革命軍に幹部候補として迎えてやってもいいぞ!」
バハルディンは上機嫌で笑いながら話しかけたが、ダンズールの表情は重く、沈痛なものであった。
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